銀時と妙

その日は快晴だった。指定された時間に指定された場所で『依頼主』を待ちながら銀時はため息を空に吐き出す。場所は自分たちの街とは随分離れた駅の時計台の下。恐らく知り合いに見つからないための対策だろう。

「銀さん」

聞き慣れた声が自分を呼んだ。やっと来たか、と視線を上げるとそこには確かに依頼主がいた、のだが。

「な、おま…」

キョロキョロと周りを気にしながら近づいてくる。目の前にいるのは志村妙だ。間違いなく今日の依頼主であるが、その姿がいつもとは違っていた。

「な、なに、その格好」
「変装です」

膝丈の紺色デニムスカートに白のタートルネックのニット。上着はキャメルコートでパールのネックレスまでしている。髪型だっていつものポニーテールではなく複雑な編み込みをしていて、普段の彼女を知っている人物からすれば別人だった。

「お前そんなの持ってたの」
「買いました。マネキン一式」
「上京してきた田舎モンかよ」
「だってしょうがないでしょ。洋服なんて…パーティでドレス着たくらいでカジュアルなのってわからないんですもの」

落ち着かないのであろう。髪の毛を何度も触りながら妙は銀時の腕を掴む。

「うぉっ」
「さ、銀さんも着替えますよ」
「はああ?なんで俺まで」
「依頼です。つべこべ言わない」
「依頼って、お前」

”私とデートをして下さい。一日だけでいいんです。新ちゃんとか神楽ちゃんとか…とにかく絶対他の人には言わないで”

先週、新八も神楽もいない時間に妙が万事屋に来た事を思い出す。彼女が依頼をしてくるなんて初めてだった。絶対面倒な事になる。瞬時に察したが有無を言わせないあの笑顔に逆らえるはずはなかった。
強引に連れてこられた服屋で強引に着替えさせられる。ジーンズにTシャツにダウンジャケットというラフな格好だが、これまたマネキン一式という恥ずかしい買い方だ。元のいつもの服は駅のロッカーに入れて、満足そうに笑う彼女が言った。

「ばっちりです」
「それは良かったですねぇ」
「それで稲葉さんのお面をしてくれたら完璧なんですけどね」
「お前はそんな奴の隣を歩けんの?」

早くも疲れきった様子で銀時はもう何度目かわからないため息をつく。お構いなしに妙は言った。

「ではデートを開始します」
「どこ行くの」
「そうね、とりあえず映画でも見ましょう」

嬉しそうににっこり笑う妙の頬が少し赤く染まっている。おそらくは寒さからであろうが、不覚にもどきりと胸が鳴った。あほか。自身の胸をドンと殴る。ときめくわけねーだろ。


「お好きにどーぞ、おねーさん」


ファー付きのショートブーツが先を歩く。11時上演の映画はベタな恋愛ものでカップルが多く、いたたまれない気持ちになった。約二時間我慢し、やっと終わったと思えば、次行きますよ、と妙は銀時を急かした。生まれ持った直毛があるのにわざわざカールさせる神経がわからない。思いながら彼女のくるくるした柔らかそうな髪を見る。一体このデートの依頼にはどういう魂胆があるのだろう。

「カフェに入りましょう!銀さん」

パッと振り返り、指差したのはいかにも女子が好みそうなおしゃれなカフェだった。妙はキラキラと目を輝かせて銀時に訴える。洋服を着ているからだろうか。それとも髪型が違うからだろうか。普段よりも随分子供っぽく、というより年相応の振る舞いになっているような気がする。いつもとは違うその様子に、何故かゆるみそうになる口元を引き締めて曖昧に返事をした。二人してカフェの中へ入ってゆく。

「銀さんはいちごパフェ?」
「いや、腹へったから飯食う」
「わたしも。ランチプレートにしよう」
「じゃあ同じやつ、二つね」

かしこまりました、とハンディを閉めてウェイトレスは颯爽と去っていく。店内は暖房が効きすぎて暑かった。無理やり着させられている黒のダウンジャケットを脱ぐ。

「結構似合いますね、そういう格好も」
「そーかあ?ま、男前なんでね。何でも似合っちゃうんだよね」
「ふふ、はいはい。そうですね」

頬杖をついて上機嫌に笑う。妙が着るタートルネックには細かくラメが入っていたらしい。彼女が動く度に小さく光るのだ。洋服のせいで体のラインがよくわかってしまうのが落ち着かないが、他の男が妙に見惚れることに銀時は少し優越を感じていた。

「お前も、」
「はい?」
「いや、まあ、お前も似合ってんじゃね」

何気なく言うつもりだったのに、何故か言ってる途中で気恥ずかしくなってしまった。急いで窓の外を見る。暖房があついんだよ。

「本当ですか?よかった」
「…さっきの映画面白かったか?」
「え?ああ、ありきたりでしたけどハッピーエンドで良かったと思いますよ」
「ああいうの好きなわけ」
「ホラーとか暗いのよりは。ベタな展開っていうのは飽きる事もありますけど、心は軽くなります。だから使い古されてるんでしょうね」

どうやらご機嫌な妙は、あの俳優が格好いいとか、あのシーンはイマイチだとか楽しげに話しだすと止まらない。しばらくしてランチプレートが二つやって来る。ごゆっくりどうぞ。ウェイトレスは愛想良く笑って去って行く。

「つうかよー、最後まで教えてくんないの?」
「何をですか?」
「デートの意味」

サラダのレタスをフォークで刺して、妙は銀時を見た。何かを考えるように黙ったままレタスを食べる。それを飲み込んだあとで口を開いた。

「…笑うから言わない」
「は?」
「馬鹿にするから言いません」

むくれた様子で水に口をつけた。カラン、と氷が鳴る。

「馬鹿にしねーよ」

ちら、とこちらを見たが妙は銀時の言葉を無視して黙々と食べ続ける。おーい、お妙ちゃーん。普段とは違う呼び方をしても答えてはくれない。諦めて銀時もまたサラダにフォークを刺す。お洒落とヘルシーを全面に売り出したランチプレートは明らかに量が少なかった。これであの値段かよ。腹の足しにもなんねえよ。

「次はあそこに行きましょう」
「え、おい、あれって」

昼食を終え、カフェを出ると妙は銀時をぐいぐい引っ張ってゲームセンターへと入っていく。

「ちゃんと来たことないんですよね」
「うわ、若い奴ばっかじゃん」
「あ、あれ可愛い」
「どれ」
「あの、うさぎの」
「お前うさぎ好きな」
「どうやって取るんですかね?やってみようかな」

妙は小銭をUFOキャッチャーに入れた。上下と左右の書かれているボタンを押してクレーンはぬいぐるみを狙う。なんか十代がしそうなデートコースばっかりだなァ、と銀時はあくびをしながら機械にもたれかかった。どうせ取れないだろう。だいたいクレーンが弱々しい。取る気がない。これはアレか?彼女が欲しがってなかなか取れないぬいぐるみを彼氏が簡単に取ってプレゼントする場面を再現しろってか?いやいや、彼女じゃねーし。彼氏じゃねーし。UFOキャッチャー得意じゃねーし。でも、どうしても欲しいって言うなら、

「取れた!」
「…え?」
「ほら、見て銀さん。結構簡単なんですね」

妙はうさぎのぬいぐるみをUFOキャッチャーから取り出して銀時の顔の前にやる。なんだよ、お前。一発で取っちゃう?普通。ほんと可愛くねえ。

「どうしたんですか?銀さん」
「…何でもねぇよ」

目の前にあるうさぎのぬいぐるみから視線を外した。代わりに見えた妙の笑顔が脳を支配していく。らしくない格好と髪型で、らしくない振る舞いをするから、こっちもらしくない事を考えてしまうんだ。

(取ってやるって、もうちょっとで言うとこだった)

「ねえ、銀さんは」
「あ?」
「人生で初めてのデートってどんなでした?」
「デート?」
「はい」
「デートって、お前」
「あ…そっか。銀さんってロクな恋愛してないんですよね。まともなデートなんかしたことないか」
「おい!いやあるからね!ロマンチックなデートいっぱいしてきたからね!」
「強がらなくていいですよ」

ずいっと何かが目の前に差し出された。さっき取ったうさぎのぬいぐるみだった。機嫌を取るように銀時の鼻先をくすぐる。妙はくすくす笑ってそれを動かしていた。

「それなら、わたしが初めてね」
「なにがだよ」
「わたしが銀さんの初めてのデート相手ですよ」

何なんだよ、こいつ、マジで。からかってんのか。こんなこと言われて、自惚れるなという方が難しい。うさぎを銀時から離して抱き寄せる妙はにこり笑って言った。


「つぎで最後です」



最後までベタだな。銀時は心の中で呟く。オレンジ色に染まった空を背景に彼女のキャメル色のコートが揺れていた。今日はずっとこの背中を後ろから見てばかりいる。普段とは違う角度だ。ビルやショッピングモールの隙間に真新しい観覧車があって、振り向いた妙は嬉しそうにそれを指差した。

「乗りましょう、銀さん」

輝きはじめるイルミネーションが都会の冬を励ます。人々は家路を急ぎ、誰も観覧車なんかに目もくれない。二人は向かい合わせに座ったまま街や人を見下ろしていた。ゴンドラが上昇するにつれて小さくなる。遠くなる。二人だけが切り離される。

「これで最後ですから」

妙は景色を見ながら呟いた。満足したように微笑んでいる。それに、どうして俺が悔しく思うんだろう。

「わかってるよ」
「楽しかったですね」
「疲れた」
「ふふ、お疲れ様でした」
「…なあ、お前好きな奴でも出来たの」
「え?」

銀時は、妙が依頼をしてきた時から考えていた可能性をぶつけてみた。

「その予行演習に付き合わされてるわけ?俺」

そうだとしたら、俺はどうするんだろう。肯定されたとしたら、彼女に本当に意中の相手がいて相談でもされたら、おれは。うだうだと考えているうちに妙の笑い声が聞こえてきた。

「まさか」
「…違うの?」
「ええ、もちろん。そんなわけないじゃないですか」
「じゃあ、」
「このあいだね、お店の女の子が話してたんです」
「は?」
「初デートは何歳だったとか、あの時はドキドキしたとか」
「ああ…へぇ。好きだな、女はそういう話」
「ええ。それでね、これからどんな素敵なデートをしても、人生で初めてのデートの時よりときめくのは難しいだろうなあって言ってたの。それ聞いて、なんか、いいなあって思って」
「デートが?」
「初デートが、ね。たくさんの男の人とお酒飲んできたけれど、デートってしたことなかったから。若い頃にしか出来ないようなベタで貧乏なデート。きっとそんなもの私は一生しないんだろうなって思ってたから」

ずっと、妙はずっと小さくなる街を見下ろしていた。

「全然憧れてなんかなかったし、結婚したとしてもお見合いだろうから、ドキドキしたり、ときめいたり、そんな人生の中で宝物になるようなデートはないだろうなって」

ゆっくり、ゆっくりとゴンドラがのぼる。二人でこんなに高くまで上がってしまっている。もうすぐ頂上だった。

「だから形だけでも体験したいと思ったんです。でもやっぱりダメね。銀さんなんかにときめいたり出来ません」

妙は銀時の方へ視線を戻し、悪戯っぽく笑った。

「依頼、稲葉さんとデートさせてくださいにすれば良かったかな」
「無理だって。万事屋は魔法使いじゃないからね」
「役立たずですね」
「…その代わりさ、デートの約束事教えてやろうか」
「約束事?」
「うん」
「なんですか?教えてください」
「観覧車に乗ったカップルは、頂上でキスをする」
「…は?」

狭いゴンドラの中、銀時は正面の妙が座る椅子に両手をついた。前屈みになるため、やや妙を見上げる形になる。

「どうする?」

もうすぐ頂上だけど。
地上から切り離された二人は空に近づいていた。どうする?と聞いておきながら、銀時は妙との距離をどんどん詰めていく。やがてゴンドラは地上から一番離れた場所に到達した。

「しっ…しません!」
「ぐはっ」
「わ、すいません」
「いってぇ」
「だ、だって!あなたが…」
「ときめいた?」
「え?」

妙に押し上げられた顎をさすりながら銀時は彼女を見上げる。

「ちょっとはときめいたかって聞いてんだよコノヤロー」
「なっ…!か、からかったんですか!」
「お前がこんなイイ男一日中捕まえといてときめかねえとか言うからだろ!」
「サイテー!信じらんない。もう降りる!」
「降りたら死ぬだけだからね、バーカ」
「…〜〜!大っ嫌い!」

銀時を睨みつけた妙はふくれっ面のまま黙り込んでしまった。頂上を過ぎてしまったゴンドラは、あとはもう下がるだけだ。

「別にからかってねえよ」
「ウソ」
「ウソじゃないって」
「だいたい銀さんはいつもわたしのことからかって馬鹿にするんだから」
「してないって。つーかお前の方だろ」
「何がですか」
「俺のことからかってばっかだったじゃん、今日」
「は?」
「あ、着いた。ほら降りるぞ」

街はもうすっかり暗くなっていて、吐く息の白さも濃くなる。先にゴンドラから降りた銀時はおもむろに妙の手を引いて彼女を降ろした。冷たい手だと思った。にやり得意げに笑い、今度はこっちの番だと妙を自分のダウンのポケットに入れる。

「ちょっ…銀さん」

戸惑う彼女をよそに、今日初めて先頭を歩きだした。

「家に帰るまでがデートでしょ」
「え…遠足みたいに言わないでください」
「手ぇ繋ぐのも初デートの醍醐味だと思わねえ?」
「それは、」
「あと」

ぴたりと足を止めれば途端に妙の体温が近くなる。

「からかってないから、マジで」

真っ直ぐに目を見て言うと、妙はひとつ瞬きをした。彼女が言葉の意味を考えているうちに素早くその唇を奪う。初デートに相応しく、軽く重ねるだけのキスだった。仕方ないだろ。だって今日の仕事はつまり、このデートを最高の思い出にすることなのだから。


ニーナ(2015/6/7)


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