銀時と妙


このおんなは一体自分をどうしたいのだろう。あまい匂いを胸いっぱいに吸い込めば、じくじくとしあわせが全身に広がっていくのがわかった。

(すきだ、あいしてる、ほしいほしいほしい!)

こころが叫ぶ。ばかのひとつ覚えみたいにそれを繰り返す。 指をからめて握り、ひたとひっつけた頬を通過して頭をうなじにうずめた。 ぎゅうぎゅうに抱きしめると、もともとひとつだったんじゃないかと疑うほどぴたりとはまるのがわかる。

「ぎんさん」
「…なに」
「くるしいわ」
「がまんして」
「寂しいの?」
「ううん」
「かなしいの?」
「ちがう、こわい」

こわい、こわいこわい。おまえが好きすぎてこわいよ。いつかおまえを殺してしまいそうでこわい。

「ねえ、ぎんさん」
「なに」

くるしい、と言う彼女のことばを無視して、その手はさらにきつく抱きしめていた。

「顔をみせて」

そう愛おしい声がするので、名残惜しくも彼女のうなじから頭をはがす。 それでも腕はしっかり彼女の腰にまわしていて、近距離を保った。じぶんの右手とおんなの左手はなおもつながれており、ゆっくりと目が合うとその頬がほんのりと赤いのがうかがえる。(このほそい手が誰をも恐れさせる怪力をもつなんて!)
女はもう一方の手をおれの頬にあてて、やさしくなでた。

「わたしはここにいるわ」

ああ、おれはこいつのこの瞳がすきだ。なんだって受け入れてくれるような、そんな瞳が。たとえ、それはまちがいだったとしても、やはりたまらなく好きだ。くちびるをよせると、おんなの瞼がとじた。(ほら、やっぱり受け入れてくれる)彼女の髪を撫でながら何度も角度を変えながらくちづける。

「ぎんさん…」

諌めるように、咎めるように、女がおれの着流しをぎゅ、とつかんだ。 ああ、もう。

「…ね、ぎんさん」
「わーってるよ。…新八と神楽がかえってくるまで。」

古風で照れ屋の彼女は、もうすぐ帰ってくる従業員を思い、ひやひやしているのだろう。

(そりゃあ、おれだってさすがに人前でこんなことしない、できない)

「ちがうわ」
「え?」

おれの言葉に不満を抱いたようにうつむきながら小さく呟いた。さっきより、顔が赤いのは見間違いではない、自惚れでも、ない。

「…もういちど、し」

言い終わるよりもはやく、そのくちびるに食らいついた。ほんとうにこの女はおれをどうしたいんだ。もしもこいつが悪の手先(いや、もはや悪そのもの)だったとしても、おれは立ち向かえない。たとえばその瞳をみるだけで石にかえられるとわかっていても、目をそらすことはできないだろう。そんな莫迦なことを考えておれは舌を侵入させ、ふかくふかく絡めた。

「ん、…っ」

彼女の苦しげな声がきこえる。甘い吐息がかかる。堕ちていく、はまってく、侵食していく。どんなに抱きしめても、指をからめても、彼女のすべては手に入らない。どんなに愛しても、彼女は彼女で、自分は自分だった。

「おれはおまえを放さねえよ、ぜってえ離れねえ」

愛の囁きに聞こえただろうか。しかし自分はこの女を本気で放さないつもりだったし、この女から離れないつもりだった。むしろひとつになりたい。たとえばキスをして、そのまま溶け合うだとか、もしくは彼女をどろどろに溶かして飲み干すだとか(この場合逆でも可、だ)そんな欲求が顔を出す。そうなればこんな苛立ちからも解消されるのに。しかしそれでは彼女にふれることはかなわなくなってしまう。このしろくやわらかな肌に、やさしくここちよい声に、くろくかがやく瞳に。(それは困る、非常に!)
こんな不気味なことを考えていると知れば彼女はどうするだろう。恐ろしくなって逃げ出すだろうか。だけど、ぜったいそんなことさせない。

(可愛さ余って憎さ百倍、だなんて。先人はうまい事を言う)

おれは彼女より自分のほうが大切だから、泣こうが喚こうが放してやったりしない。もし死ぬほど嫌だと言えばおんなを殺しておれもしぬ。 (こわい、こわいこわい。ああこわい。)愛と憎しみがうらおもてのように、幸せと恐怖もまたうらおもてだった。女を愛せば愛すほど憎らしく、幸せだと感じるほど怖くてたまらない。成る程、世の中はむずかしい。

「すきだよ」

そういうと、おんなは驚いたようにおれの目を見た。すきだ、なんて滅多やたらに言わないからだ。そうしてまるで拗ねたこどものように唇を尖らせる。単純な愛のことばが気に入らなかったのだろうか。


「憎たらしいわ。わたしはあなたを殺したいほどすきなのに、どうしてあなたはそんなに余裕なの。」



そのことばを聞いたおとこは鳩が豆鉄砲を食ったかのように目をまるくするのだった。



人類は落下する
(人間は莫迦だ。)
(たったひとつの情に溺れる) 
(しかしその莫迦なところが愛おしい)


ニーナ(2011/11/24)
修正(2014/11/22)



もどる
[TOP]









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -