銀時と妙


「結婚式ィ?」

それは夕飯時に投下された。
新八の作った肉じゃがと味噌汁に、先日俺が作った大量の切干大根やらひじきなどが卓上に並んでいる。(彼女が料理を作らないようにみんなで心がけているのだ)いつものように四人で食卓を囲んで、めいめい一日の報告をしたり、他愛ない話をしたり。
妙の報告はそれらに紛れて一瞬受け流してしまいそうになった。

「ええ、以前すまいるで働いてた同僚なんですけどね。すごいお金持ちと結婚するみたいなのよ。いいわよね〜」
「え、何それイヤミ?」
「まさか。羨ましいだけです、すっごく」
「…イヤミだろ」

だから明日から結婚式に行くので。よろしくお願いしますね、と二度目の報告をした。

「いや、さ。明日からって何。から、って。」

それではまるで旅行にでも行くみたいだ。すると妙は湯呑みを静かに置いて話し始めた。

「挙式をね、はわいって星でするんですって」

旅行代もあちらに持っていただけるのよ、すごいでしょ。式は一日ですけど、片道丸一日くらいの時間がかかるみたいなんです。それでもう三日でしょう?で、ね?その子がどうせなら久しぶりに女同士で会いたいって言うものだから、独身最後にみんなで遊ぶ事になって。式の前夜はまずいじゃないですか。だから、式の三日前に。

「というわけで明日から一週間あけるので」
「…聞いてないんだけど」
「ええ、今言ったもの」

あまりの内容で、しかも突然の話で何と言えばいいのか分からず、銀時はとりあえず膝を立てて座りなおした。いつもは行儀が悪いとたしなめる妙も銀時の機嫌を損ねないために黙認している。

「まあ、銀さん。洗濯やら掃除やらは僕がしますから。家事は心配ないですよ」
「そうアル!定春の散歩は私がするネ」
「え、なに。お前ら知ってたの」
「はい」
「もちろんアル」
「なんで」
「だって銀さんにお願いしておく事、特にないですし。長谷川さんと飲みに行ったりしてなかなかいなかったから」
「…あっそ」

むす、と口を尖らせて自分の脚の上で頬杖をついた。銀時に目線を合わせるように頭を傾けた妙の姿が見える。

「だめですか、銀さん」

くそ、この女は俺という人間を俺より知っている。

「銀さんが嫌だって言うなら行きませんけど」

そうされると何も言えなくなることも、そう言われると反対出来なくなることも、この女は知ってるのだ。

「…別に?嫌だなんて言ってねえし。いいよ、全然。いいに決まってんじゃん」
「そうですか、よかった」
「お前ばっかずるいって思っただけだし。はわい?あのリゾートの星だろ?いいよなァ。土産買ってこいよ、土産。」
「ええ、それはもちろん」
「だいたい週二日くらいは万事屋で寝てるし、それ以外も飲みに行ったりしてるし、普段から顔合わせてねえ事多いし、あんま変わんねえよ。別に一週間お前がいなくたって」
「そうですよね」
「新八さえいれば家事に困んねえし。何の問題もないわ、ウン。楽しんでこいよ。俺もうるさいのがいない間たのしむし?あ、浮気しちゃうかも知んないね。まあお互い楽しもうぜ」
「あら、女の方に騙されたりしないで下さいよ」

くすくすと笑う妙のしろく柔らかい頬を眺めた。新八と神楽はとっくに夕飯を食べ終え、テレビに夢中になっている。

「……明日の、何時?」
「九時にお迎えが来ます」
「さっさと風呂入って寝たほうがいいんじゃね?」
「ええ、じゃあお先にお風呂いただきますね」
「…おー」

かちゃかちゃと食器を手際よく片したあと寒い廊下をゆく足音を背に、すっかり冷めた茶を啜った。

「…不味い」






風呂に入った後はつまらないテレビ番組を垂れ流し、妙が楽しみにしているアイスでも食ってやろうかと考えてやめた。(しかし帰る前に賞味期限が切れるんじゃないのか)(やっぱり食ってやればよかった)部屋に入るともちろん妙はすでに布団の中だ。もう眠ったのだろうか。暗いままの部屋ではわからない。すこし覗いている黒髪をしばらく見つめた後、無意識にため息をついた。なにやってんだ俺は。

「…銀さん」

布団に入った瞬間、隣から声がかけられた。もちろん妙だ。

「…」

まだ起きてたのかよ、とか、早く寝ろ、とか思いつく言葉は声にならない。おそらく寝たと思っていた人物から話しかけられたから驚いたのだ。

(変なこと口走らなくて良かった)

「お土産、甘いお菓子でも買ってきますからね」
「…うん」
「今度は一緒に行きましょう」
「…うん」
「浮気しても新ちゃんや神楽ちゃんに悪影響与えないでくださいね」
「…」
「…?」

返事がないことを不思議に思った妙が体をひねってこちらを見やる

「…いーのかよ」

彼女はまるい大きな瞳でぽかんとこちらを見ていた。

「…っ俺が、浮気してもいいのかよ!」

まくしたてて言ったが、布団に潜ったままでは迫力も出ない。

「いいですよ」
「なっ…」
「したら殺しますけどね」

本当にこの女は俺の全てを知っている。じわじわと体があつくなるのがわかった。にやけ顔がばれないようにゆるむ頬に力を入れる。満たされてしまうのが、面白くない。だって、癪じゃないか。

「…あっそ、こわ。」

殺すと言われて喜んでるなんざ、ドSの称号は外したほうがいいらしい。

「ふふ、一週間なんてすぐよ」
「は?何も言ってねーし。言っとくけど別に寂しくなんかないからね」
「はいはい」
「…でもさー、一週間家開けるってのに、前日の晩に報告っていきなりすぎるだろ。なに?俺に言うの忘れてたの」
「いいえ、銀さんには初めから今晩言うつもりでしたよ」
「は、?なんで…」
「だってアナタ、事前に言ったら出発までの間うるさいでしょう」
「…」
「ねえ」
「…なに」
「新居は豪邸らしいですよ。それに、いろんなところに別荘あるんですって」
「なにそれイヤミ?」
「まさか」
「うそつけ」
「だって私は銀さんがいればそれで幸せですから」

不意打ちの愛の言葉に返事が出来なかった。こいつは本当にずるい。欲しいことばも、そのタイミングもぜんぶ完璧だ。わかってる、どうせ敵わない。触れたい、と思った。体温を、柔らかさを感じたい。昔のように行き場のない想いにやきもきしなくて良いのだが、彼女に触れる瞬間は何故か今でも怖い。俺が触っていいのか。そばにいていいのか。そんな事を未だに思ってしまう。恐らくそういう感覚は一生付きまとうだろう。それでも、自分は妙なしではやっていけない。
明日から一週間もいなくなる。この家から、この街から、この星から。考えるとたまらなくなり、妙の腰に腕をまわして小さな体をだきしめた。

「ふふ、どうしたんですか」
「…別に。寝付けないならこのまま抱きしめてあげてもいい、けど…」
「じゃあ、お願いします」

妙を抱きしめると、腕の中にいるのは彼女のはずなのに、自分が包まれている気になる。

「…うん」

土産も甘い物もいらない。
一緒に行けなくてもいい。
だから、はやく帰ってきてよ。

そんなことが言える日は来るだろうか。

とにかく今は、 完了することのない充電をするしかないのだ。



幸福で憂欝な午前二時
(明日の九時なんて一生くるな。ばーか)

ニーナ(2011/11/22)
修正(2014/11/22)



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