全蔵とあやめ


俺は無理してる女がすきでね。背伸びしっぱなしの意地っ張りな奴、見てるとほっとけなくなるんだよ。余裕ありげなフリして実はいっぱいいっぱいだったりとかたまんねェ。背伸びしてる足を膝カックンしたくなる。

「趣味悪いわね」
「ハハハ、まあリードしてくれるお姉さんも大好きだけどね」

鬱陶しい前髪が揺れた。
昔から一緒にいたが、未だにこの男の瞳の色をよく思い出せない。

「あたしはドSがすきよ」
「知ってる。つーか万事屋限定だろうが」
「当り前じゃない。あたしが心を許したのはただ一人だもの。運命なの。それ以外はあり得ないわ」
「…いっそ気持ちいいよ、お前。」

全蔵は笑った。
わたしは銀さんを想った。
世界で一番すきな、あの愛しい銀色。だけど、何故だろう。うまく思い描けない。おかしい、こんなのは。きっと酔っているのだろう。そうとしか思えないわ。

「なァ、お前は諦めんなよ」

全蔵は言った。

「忍が愛だの恋だのにほだされるなんざ褒められた事じゃねえけどよ、」

わたしはグラスに口をつけた。

「猿飛、お前はいいよ」

全蔵は笑った。わたしは笑えなかった。ムッとしている内心を、この男はわかっているだろうか。

「…あんたに言われなくてもそんな事しないわよ」

カラン、とグラスの氷が鳴る。

「あたしには銀さんだけなんだから」

タイトな忍の衣装で足を組みなおした。

「運命、なんだから」

横からぬっと手が伸びてきて、トレードマークであるメガネが外された。
視界がぼやけて、ゆれて、ぐらりと崩れる。

「さっちゃんよぉ」

メガネがないと目が見えない。何故だか聴力も落ちるらしい。ぐわんぐわんと雑音が鳴り響く。わたしは知っている。

これは、思考が崩れる音だ。

「銀さんに見えるかい」

ねえ、全蔵。
あたし、むかしから聞きたい事があった。

(あんた、誰かを愛したことはある?)

カラン、ともう一度氷が溶ける音がした、気がした。額のあたりに誰かの髪の毛が当たる。誰か、なんて、そんなの。

「かわいーよ、お前」

くちびるが重なった瞬間、わたしは目蓋を閉じると同時にまぬけな猿の絵を思い出していた。


見ざる言わざる聞かざる
(気づかないフリは、これからも)


ニーナ(2011/11/15)
修正(2014/11/20)



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