新八と神楽
とても深い蒼の空の下。
白い腕が伸びてきて、僕の腰に巻き付いた。小さい体いっぱいに、僕に抱きついてきた。
神楽ちゃんが僕に甘えてくるときは、いつも切羽詰まったような顔をしている。まるで縋るように、何かを確かめるように。
僕はいつだってそれをどう宥めてあげればいいかわからない。
「どうしたの、神楽ちゃん」
きっと返事のない問いをそれでも投げかけた。
「怖い夢でも見た?」
神楽ちゃんは姉上の寝間着を着ていた。
銀さんが長谷川さんと飲みに行ったきりなかなか帰って来ないし、姉上も今夜は仕事がやすみなので三人でごはんを食べようということになったのだ。そしてそのまま神楽ちゃんは志村邸に泊まっている。
少しサイズが大きいそれを見て、神楽ちゃん用に可愛いパジャマでも買おうかと姉上は笑っていた。彼女や銀さんがこの家で寝泊まりする事もすっかり珍しくなくなっている。
「大丈夫だよ、もう夜明けだよ」
ほら、顔上げてよ。空がちょっと白んできた。
「ね、神楽ちゃん」
「…見た」
「え?」
僕の胸に顔を押しあてたまま、くぐもった声で呟いた。
「…怖い、夢…見たアル…」
「どんな夢?」
ぎゅう、と一層強く僕の寝間着を握り締める。
「わたしが…いないのヨ」
そこは何も変わらない、いつもの歌舞伎町で、万事屋銀ちゃんがあって、銀ちゃんは天パで、新八はメガネで、定春はでっかくて、ババアはスナックやってて、姐御はすまいる行って、さっちゃんは銀ちゃんをストーカーして、真選組はヅラを追い回して…。
「でも一つだけ。」
わたしが、いないアル。
わたしはいないのに、みんな普通で、何も変わらなくて、それが余計怖くて。
でも、ね。
でも、新八だけは覚えてるのヨ。わたしの事探してるアル。
みんな忘れてても新八だけは。だから夢の中で私は必死で新八に見つけてもらえるように呼ぶのヨ。
わたしはここアル
はやく見つけろ、って
いつもそこで目が覚めるから、わたしはすぐに新八のところに行くアル。新八がわたしを見て笑ったら、そしたら安心するネ。ちゃんと声が届いたって。
「…だけど、今日は違った。」
全部反対になってた。
いつもの歌舞伎町なのにわたしはいなくて、でもみんなわたしのこと覚えてて探してたアル。
新八をのぞいて。
新八だけ何も覚えてなかった。
「誰ですか、それ」って、笑ってた。
それが怖くて、こわくてこわくてこわくて。いつものあの夢なんかよりもずっと。わたしは新八の名前だけ呼んでた。新八に手を伸ばしてた。
だけど届かなくて、聞こえなくて、
「…しんぱ…ち?」
思わず神楽ちゃんの小さな体を抱きしめた。
きつく抱きしめた。僕も彼女の寝間着を握り締める。
「ねえ、新八ィ」
細い肩に自分の顔を乗せながら、ゆっくりと神楽ちゃんの頭が上がるのがわかった。
「ねぇ…」
きっと彼女のきれいな瞳には、いまにも朝を迎えようとしている空が、ぼやけた月や星が、映っているのだろう。
「わたしのこと、忘れないで」
暗くて寂しいその夢から彼女を救いだす言葉をぼくはまだ知らないでいる。
ニーナ(2011/11/15)
修正(2014/11/20)
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