銀時と妙(夫婦)


今年も寒い冬が来た。銀時はコタツに入り、ワイドショーを見ながら熱いほうじ茶を啜る。冬は何もせず猫のようにじっとしているに限る。歳をとると冬の厳しさが身に沁みるんだよなあ、とまた茶を啜った。

「うおっ、なんだボウズ」

そんな銀時の脇から頭を出して、懐にするりと入り込んできたのはまだ五つ程の少年である。坂田家の近くに住んでおり、頻繁に遊びに来ていた。にっこり笑ってそのまま銀時の膝にすわる。また何か変な質問をされるのではないだろうか。何でも不思議がる年頃であるからしょうがない。

「なあなあ」
「ああ、なんだァ?」

幼児の暖かい体温を抱きながら頭を撫でる。柔らかな髪は少しカールしており、自分と同じ境遇に少し同情してしまう。

「ぎんちゃんはどうしてあねごとけっこんしたんだよ」

銀ちゃん。アネゴ。その呼び方をするのは一人しかしない。おそらく彼は神楽のマネをしているのだろう。ちなみに先週は旦那、姐さん、と呼んだりして沖田のマネをしていた。

「ああ?そりゃあ、お前。あいつがどうしてもっていうから結婚してやったんだよ」
「え〜ほんと?」
「マジマジ、本当。あいつすっげえ俺に惚れてたからね。つか俺かなりモテてたんだぜ」
「うそだ」
「嘘じゃねえよ。みんな銀さん銀さんって言って大変だったんだからな」
「じゃあどうしてほかの人とけっこんしなかったの?」
「それはだなァ、周りの陰謀だよ」
「いんぼう?」
「そ。ハメられたの」
「なに、それ」
「だまされたってこと」

当時、銀時と妙の関係をもどかしく感じていた人間はどれほどいただろうか。銀時の大家の登勢、飲み仲間の長谷川、旧友の桂。妙の同僚のおりょうや阿音、志村家の近所の八百屋の店主、豆腐屋のおばさん、おでん屋の親父、さらには自立した新八や神楽さえも。しかし当の本人たちは関係を壊したくないが為に一歩前へ進むことを躊躇っていた。

「どうやってだまされたの?」
「あー?あれだよ、落とし穴に落とされたの」
「お、おとし穴…」
「お前、落とし穴ってすげえ怖えんだぜ。真っ暗だし登れねえし」

真っ暗だった。暗く冷たい土の中に落とされたように。

「ほんとビビったわ」

銀時はあの時のことを思い出す。その日はたまたま会ったおりょうにすぐ妙の家へ行くよう言われた。行かないとまた後で厄介なことになるわよ、とも。言葉を受け、制裁を受けたくないので仕方なしに志村邸へ向かった。新八が一人で修行に出ていた為、日頃から何かと訪れていたし、理不尽に呼び出されることもよくある事だった。
そうして着いた家には肝心の妙はおらず代わりに図ったように電話が鳴った。なんだよ面倒だなぁ、と思いながらしつこい電話の音に受話器を取ると、

”志村妙さんのご自宅ですか”

切迫した女の声が聞こえた。

”ご家族の方ですか?こちら大江戸病院ですが、いま志村さんが…”

早口の声に状況がよく飲み込めなかった。ただ、妙の身が危ないということだけが理解できた。あとはよく覚えていない。気づけば病院で、電話で聞いた部屋の前に立っていた。エレベーターを待つのも惜しく、長い階段を登ったと思う。息が切れていた。どうしよう、と思った。彼女を失くしたらどうしよう、と。目の前はたしかに真っ暗だった。

(ご家族の方ですか?)

受話器越しに聞いた言葉を思い出す。その問いに俺は一体何と答えただろうか。

(ごかぞくのかたですか?)

何度も深く空気を吸った。そうしないと息をする事も忘れそうだった。くだらない意地や臆病さでぬるい環境に甘えていたことを酷く後悔する。こんなに近くにいるのに家族だとも言えない。こんなに、ずっと近くにいたいのに。そんなのは馬鹿馬鹿しい、と心底思った。

「それでどうなったんだよ?」
「まあ、待て。慌てるな」
「だ、だって落とし穴は深いんだろっ」
「ああ。とてつもなく深いさ」

冷たい廊下、薄暗い照明、古い壁の汚れ。全部が今でも思い出せる。恐怖しながらも思い切り開けた扉の向こうには、だけど怪我ひとつない妙が立っていた。

”え、な、お前、なんで…”

重体だと聞いていた彼女が立っていることに混乱したが、とりあえずその身体に異変がないかを確認する。そうしないと気が済まなかった。

”銀さん、あなた”

妙の状態を確認し、安心していると彼女の目が充血している事に気がつく。信じられない、と言ったふうに俺のことを見ていた。

”また事件に巻き込まれて今度こそ重体だって…”

冷静になって聞くと、妙は登勢に銀時を呼んできてくれと頼まれ万事屋へ行くと、これまた図ったように電話が鳴ったらしい。内容はもちろん俺の重体を知らせるものだ。ちなみに知らされた共通の部屋番号は仕事で怪我をした長谷川のものだった。つまり、はめられたという事だ。

「結局俺たちは同時に落とし穴に落とされたんだよ」
「ぎんちゃんも、あねごも?」
「そ。悪い奴らだろォ?」
「ちょーわるいじゃん!」
「そうだよ」

銀時は芝居がかったように悪者の顔をつくる。
くだらないと思った。幸せにできないかもしれないとか、自分みたいな奴が側にいてはいけないとか。そういう言い訳と踏み出せずにいた臆病さなんかは。本当に失くしてしまうことだってある事を痛いほど知っていたはずなのに、曖昧な距離で近づくことも離れることもしなかった。妙はいつでもそこにいると信じて疑わなかったからだ。自分より何より大切なくせに家族とも呼べないだなんて本当に馬鹿らしい。

「で、それでな、結婚しねえと穴から出してやんねぇよって悪い奴らが言うから、仕方なーく結婚したの」
「しかたなく?」
「本当はもっと素直で可愛くて料理上手で巨乳な女と結婚したかったんだよ」
「じ、じゃあ、ぎんちゃんはあねごのこと好きじゃないのか?」

不安げな表情をした少年は銀時の腕を掴んで揺する。銀時はそんな彼に不敵な笑みで答えた。

「ああ。全っ然好きじゃないね」

煎餅でも食うか、と銀時は少年に聞いてコタツから立ち上がった。少年はそんな彼を半泣きの状態で見上げる。台所に向かった銀時は洗い物をしている妙に話しかけていて、その様子をコタツから這い出た少年は手をついて覗き見ようとした。よく見えなくて体勢を何度も変えていると、頭上からやさしい声が自分の名前を呼んだ。

「あっ、母ちゃん!」
「どうしたの?泣きそうな顔して」
「泣いてねーもん!ぎんちゃんと話してただけ」
「こら、またそんな呼び方して」

母は息子を叱ると、呼び方を訂正させた。ちゃんとおじいちゃんって呼びなさい。

「なあ母ちゃん。じいちゃんが、ばあちゃんのこと好きじゃないっていうんだ」

言ってるそばから涙が出そうになる。自分の好きな祖父が自分の好きな祖母を嫌いならばとても悲しい。

「ほんとかな?」

母は、あらあらと息子を抱き上げて廊下に出る。口調は生意気でも、所詮は子供なのだ。銀時と妙の姿が見える位置まで来ると、見てみなさいと息子に優しく話しかけた。

「あんなに仲良しよ?」
「でもほっぺたつねられてる」
「ふふ、そうねえ」
「やっぱり嫌いなのか」
「ほんとはね、おじいちゃん頬っぺたつねられるの嬉しいのよ。おじいちゃんがあんなふうに笑うの、おばあちゃんの前だけだもの。」

息子は母に抱かれながら、自身の頬を撫でる祖父の横顔を見た。確かに、いつも生気のない表情をしている祖父が穏やかに笑うのは祖母の前でだけだ。

「それに、」
「え?」
「昔の人は簡単に好きだなんて言えないのよ」

なんで?すきなのにすきって言えないの?母は息子の純粋すぎる言葉に少し困ったような顔をする。

「そうよ、とっても難しいの」
「じゃあ、ばあちゃんは?すぐ怒るよ?じいちゃんのこと」

極上の笑みで鉄拳を下す祖母に敵う者は一人もいない。その対象は大半が祖父である。

「じいちゃんが怒ることばっかするから嫌いにならないの」
「そうねえ」
「怒ってばっかだもん」
「今までずーっと怒らせたり怒ったりしてきたんだから。そうやって一緒に暮らしてきたんだから」
「…うん」
「それって、それでもずっとずっと一緒にいたいってことなのよ」

母は二人に視線をやって微笑む。よくわからないけれど、今は母が言った事を信じよう、と少年もまた祖父母を見た。巨乳じゃなくてすみませんでしたね。え、あ、違う違う冗談だって。別に離婚したっていいんですよ。でもあの時泣きながら結婚してくれって頼んだのは誰でしたっけ?バカお前声でけぇって!別に泣いてないだろ。泣いてました。いやお前が泣いてたね。何で私が泣かなきゃいけないんですか。ニコニコと笑う妙の正面で銀時は悪態をついている。喧嘩ばかりだけどそんな二人が好きだと思った。祖父と良く似た天然パーマの髪を母が撫でてくれるので、少年は猫みたいに目をつむって微睡んだ。もうすぐ日が沈む。夕飯はとびきり温かい鍋が食べたい。もちろん家族全員で。



死ぬときも君が側にいたなら


ニーナ(2014/11/23)


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