銀時と妙(中学生)


言いたいことが言えなかったり、思ってることが伝えられなかったり、世界はそういう言葉で溢れかえっている。相手を傷つけないように、あるいはより傷つくように、人間は喉の奥で言葉を選び、そのあとで削りとったり肉付けしたり裏返したりして舌にのせる。ほんとうに思っていた一番シンプルな気持ちはすとんと胃に落ちて、ため息や笑い声に乗って空気になるのだ。
世界は、言えなかった言葉で満ちている。

「スカートが短い」
「は?」

しかし思ったことを主語もなしに言うのはどうだろうか。ポロリと気持ちがそのまま出てしまった。そういうこともある。稀に。訝しげな彼女の目がこちらを見ていた。ああ、ひさしぶりだ。スカートが、みじかい。

「二回も言わなくていいよ」
「スカートが、」
「わかったってば」
「あ、そう?」
「何なの?久しぶりに顔見たと思ったら急に身だしなみチェック?わたし、坂田くんにだけは服装のこと言われたくないんだけど」

妙はピシッと人差し指を銀時の顔に向けた。シャツは出てるし、ズボンもだらしない。上履きのかかとぺしゃんこよ。それから、

「グレたの?髪の毛が白いわ」
「それ生まれつき」
「あとパーマも禁止」
「それも生まれつき。ちなみにコンプレックス」
「あらそれはゴメンナサイ。で?何なんですか、急に」
「委員長」

わたしはもう委員長じゃないよ。呆れて言う彼女の声を無視して続ける。だって、今更それ以外どう呼べばいいかわからない。

「スカートが」
「もう。だから、何で、坂田くんに身だしなみの注意をされなきゃなんないの」
「…」
「だいたい短くないわよ。先生に注意されたことだってないし」

小学校のころは気にも止めなかった。今は絶対に出来ないが、むしろスカートめくりを率先していたぐらいだ。これも思春期というものなのだろうか。世間一般で言われるその時期は何とも厄介で、小学生まで簡単に出来ていたことが難しくなる。これからそういう事がもっと多くなるのだろうか。何かを会得するたびに一つずつ紛失してしまうのだろうか。中学に入り、二年がたった。距離ができた。まともに話すのは、本当に久しぶりだ。

「どうしたの?何か隠してるの?」
「ちげーよ。別に何もない」
「じゃあ何よ、急にスカートが短いだなんて変じゃない」
「だーかーら、いま委員長が通りすがったのを見てスカートが短いと思ったんだよ」
「じゃあ坂田くんは本当に純粋にただわたしのスカート丈が短いのでそれを注意しようとしたの?」
「そうだよ。まあ人の身だしなみについて言えない事は忘れてたけど」
「意味わかんない。わたしより短い子たくさんいるでしょう。ホラ、あそこの二人組なんかすっごい短い」
「あいつらはいいんだよ。スタイルいいからな」
「は?」
「…あ」
「今のどういう意味?」
「い、や…あの」
「そう。つまり、スタイル悪いくせにスカートの丈が短いのが見苦しいってこと?」

にっこり笑った委員長の笑顔に悪寒が走る。あ、この感覚久しぶりだ。

「わー!違う、待て!誤解だって!」
「あら、何が誤解なのかしら」
「だ、からァ…」

弁解しようと思って言葉に詰まる。自分だってわからない。なんで急にそんな事言ったのか。何て言ったら許してもらえるだろう。だって本当にスタイル悪いなんて思ってねえもん。でも、それ言うのってキモくね?俺がずっと委員長の身体見てるみたいじゃん。いやキモい。絶対引かれる。つーか別に見てねえし。ただ紺色のプリーツスカートから見え隠れする膝がきれいで、揺れると見えそうになる腿のシルエットにヒヤリとした。何だそれ。やっぱり気持ち悪い。これはもしかしてあれか、保護者的な意識か。でもなんで?いや、どう転んでも怪しまれる。それに信じてもらえない。だいたいこいつが悪いんだ。ほんの一、二年前まではうるさくてガキくさくてバカみたいな言い合いをしてたのに、急に大人っぽく女らしくなるから、だから声がかけづらくなる。どんどん置いてかれる気になって面白くない。でも何故それが面白くないのか。つまりはどうしたいのか。自分でもわからない。うだうだ考えていると頭がおかしくなりそうだった。言いたい事は、だから何なんだ。

「おまえが…」
「わたしが、なに?」
「委員長が、悪いんじゃん」
「は?意味わかんない。何でわたしが悪いのよ」
「だって…」
「なに?」

イライラしている委員長の顔をまともに見ることは出来なかった。だって、の次に続く言葉も言えなかった。

「やっぱり変よ。今日の坂田くん」
「…うるせ」

ああ、ダメだ。やはり言葉は頭の中でよく熟考すべきだ。小学校を卒業したなら特に。俺は口から漏れそうになった言葉を飲み込む。深く深く沈める。

「と、とにかく、お前が悪いんだからな!俺は謝らないからな!バーカバーカ」
「なっ、ちょっと!」

捨て台詞のように叫ぶと、踵を返して走り逃げた。これ以上あの場には居られない。ぐんぐん加速しながら廊下を走る途中、叱る教師の声や呼び止める友人の声は頭に入って来なかった。行き着いた階段を一段飛ばして登る。二階の踊り場、三階の踊り場、やがて辿り着いた屋上の扉を開けた。暗く閉塞感のある空間から放たれて、青い青い空が広がる。

「あー!!!」

聞こえない。なにも聞こえない。眉を吊り上げた教師の声も、不思議そうな顔した友人の声も、外で遊んでるクラスメートの声も、全然、なにも、聞こえない。わからない事が多くなる。出来ない事が多くなる。躊躇って飲み込んだ言葉は形を失くして叫びと共に空へ吐き出された。聞こえない。頭の中がうるさくて外の音は何も聞こえないんだ。

”さかたくん”

彼女の声以外は、なにも。

(だって)

(だってさ委員長)

(短いと、男に見られるじゃん)


世の中は、言えなかった言葉で溢れている。


ニーナ(2015/1/10)



back
[TOP]










×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -