さて、突然ですが今日は家族の話でもしようと思います。

まずは一家の大黒柱の父上。父上はとても適当な人です。寝るのとパチンコが大好きで仕事をしょっちゅうサボっています。でも本当に困ったときは必ず助けてくれると新ちゃんが言っていました。新ちゃんとは母上の弟で、叔父にあたる人ですがずっと新ちゃんと呼んでいます。この人は優しくて真面目で、でも損する性格です。だからダメガネなんだよ、と神楽ちゃんが言っていました。神楽ちゃんは父上と新ちゃんと一緒に万事屋をしているお姉さんです。一番強くてとっても綺麗です。それから神楽ちゃんの相棒で万事屋のマスコットの定春も大事な家族です。可愛いけれどびっくりするくらい大きいのです。床が落ちないか心配だとおばーちゃんは言っていました。おばーちゃんは、万事屋の下でお店屋さんをしています。料理上手でまとめ上手なので町の人に慕われているのです。ああ、でも父上と血は繋がっていません。育ての親とも違って、でも母親みたいなものらしいです。それから、ええと、そうだ。母上です。母上は街でも有名な美人です。いつもニコニコ笑っています。家事は得意ですが、料理だけは苦手です。お店で一番の人気者だった母上が、どうしてぐうたらな父上と結婚したんだろうと思いますか?でも案外二人はお似合いです。喧嘩みたいな言い合いをすることも、本気の喧嘩をすることもあるけれど、息はぴったりの夫婦だと思います。あ、そうだ。もう一人忘れていました。その人は、

「りん」

わたしの兄上。名前は善と言います。

「起きたの?」

起きていません。眠ってしまったわたしは兄上におんぶをしてもらっているのです。夕日がまぶしいです。でも起きません。兄上は優しいけど怒ると怖くて、そこは母上に似ています。でも顔が広くて面倒な時は適当な事を言うところは父上に似ています。起きていることがバレたら背中から降ろされてしまうでしょう。

「なあ、鈴」

なんですか、兄上。

「また髪の毛のことからかわれたの?」

薄く目を開けます。黒くてさらさらの兄の髪が視界の端にあります。わたしとは全然ちがう。母上みたいな、綺麗でまっすぐな髪。すぐに広がる癖っ毛に加え、母の黒と父の白の間のような冴えない灰色の髪が、わたしの最大のコンプレックスです。

「くるくるネズミって、まだ言うバカいんの?お前いい加減言い返せよ」

自然とくちびるが尖る。ムリです。わたし、みんなみたいに強くないし、口も上手くないし、すぐ赤くなるし、泣き虫だし、父上みたいに慕われてないし、母上みたいに綺麗じゃないし、兄上みたいに要領良くないし、ぜんぜん、ホント、意気地なしだもん。悲しくなるくらい普通だ。個性的で楽しいみんなを見てると思うの。わたしって、本当に普通だなって。だから、それが二番目のコンプレックスです。

「あのさ」

兄上が上を向いた。頭と頭がこつん、とぶつかった。

「たぶん羨ましいんだよ、そいつ」

そいつって、わたしをからかった人のこと?

「お前の髪が羨ましいの」

自然と、次は眉間に皺が寄る。そんなわけないじゃないですか。どんな髪型も似合わない。くるくるでボサボサで、ネズミ色なんですよ。

「やわらかくて、ふわふわしてて、日に透けると溶けそうに光るんだよ。知らないだろ、お前」

兄上の足が止まる。目をつむっていても強い西日が眩しかった。

「少なくとも俺は好きだよ」
「ほん、と…?」
「やっぱタヌキ寝入り」
「う…ご、ごめんなさい…」

どもりながら謝ると、しょうがないな、というように笑った。

「俺はね、そんなふうになりたかった」

ばっ、ともたれていた兄上の背中から顔を上げる。

「う、うそだ!」
「嘘じゃないよ」
「じゃあ…交換してください」
「出来るならしたいな」

その返事に、しゅんとなってまた兄上の背中にもたれかかる。顔を肩に押し付けて、目をぎゅっとつむった。わかった。もしも交換できたとして、わたしが兄上の黒髪を手に入れても、たぶん何も変わらない。黒くてまっすぐで綺麗な髪は、この顔ではのっぺりと浮き出るでしょう。わたしの最大のコンプレックス。グレーの癖っ毛は、わたしが持つから冴えないのです。兄上の髪がそうだったなら、きっと綺麗に輝くの。いつだってそう。兄上は何をしたって上手なの。わたしは何をしたって下手くそなの。

「おい、鈴」
「…なんですか」
「また暗いこと考えてるだろ」
「だってぇ」

そりゃあ、ネガティブにもなります。勉強も運動もダメ。楽しいお話だって出来ない。お友達も先生もご近所さんも、きっと家族のみんなも、わたしなんて好きじゃないんだ。

「バカだなあ。お前は世界一かわいいよ。俺たちみんな、鈴が生まれてくるの待ってたんだから」

どういう意味ですか。聞こうとしたとき、自分を呼ぶ声がした。

「りんちゃん」

窺うような、心配するような声。母上だ。急に恋しくなって顔を上げた。

「どこか怪我したの?」

母上はすこし小走りで駆け寄り、わたしの顔を覗き込んだ。無言で首をふる。怪我なんてしてないです。ただ自分のつまらなさを噛み締めてるのです。母上、わたし、またイジメられちゃいました。

「ほら、おいで。りん」

目の前に手が差し出された。兄上よりもずっと大きな手。

「父上」
「肩車してやるよ」
「い、いいです。自分で歩きます」
「まあまあ、いいじゃん」
「ひゃっ、父上…!」

ふわりと身体が浮く。夕日が染み込むように顔を照らした。小さい子みたいに肩に乗せられたので、父上の頭を持って、落ちないように足に力を入れる。兄上の背中から離れるとき、その瞳が眩しそうに、おこがましく言えば、羨ましそうに細まったように見えました。

「大きくなったなあ、鈴も」
「だから、いいって言ってるのに…」
「いいじゃん。どうせもうすぐ出来なくなるんだから。な、善」

父上がくしゃりと兄上の頭を撫でた。照れくさそうに、うるさいなあ、と顔をしかめる。そっか。いつか、これも出来なくなっちゃうんだ。父上のふわふわの髪の毛にほっぺたをくっつけて目を閉じる。あったかくて、安心する。怖いことや嫌なことが全部、大丈夫になる気がします、父上。

「あにうえ」

手を伸ばした。ねえ、さっき言ってたこと。わたしのこと、みんな待ってたって本当ですか?兄上がわたしの手を握った。

「いつかわかるよ」

やさしく笑って、手をぶらぶらと揺らす。本当?いつか、わかる日がくるでしょうか。

「あら、ずるい。わたしもまぜて」

母上が兄上の腕に手を回す。いつのまにか二人は同じくらいの身長になっている。母上はとても楽しそうに笑っていました。

「さっき新ちゃんと神楽ちゃんが帰ってきたから、今日はみんなですき焼きよ」

ああ、そうでした。
今日は久しぶりに、家族みんなでご飯なのです。もしかしたら、父上や母上のお友達も来るかもしれない。たくさんお話聞きたいな。わたしの生まれる前のこととか、兄上の小さい頃のこととか、二人が結婚した時のこととか。白くてやわらかい髪の毛がキラキラゆれる。兄上の言ったこと、いつかわかる日がきた時は、素敵な人になれてたらいいなあ。わたしのコンプレックスはこの癖っ毛と、強くて楽しくて優しい家族に対する劣等感。だけど、この家族に生まれたこと、わたしのいちばんの自慢なのです。
では、今日はこのへんで家族の話は終わろうと思います。




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