寺子屋で、血が繋がっていなければ家族ではないと言われたらしい。ババアから聞かされた話に、胸が千切れそうになった。その痛みは今までに何度もあって、そしてこれからも幾度となく訪れるはずだ。どれだけ大切にしても、さみしさを完全に埋めることはできないという事実を思い知らされる。真実を話すと決めた時から覚悟していたことだ。しかし、それでも痛い。この事実に息子は何度も悩み苦しむだろう。だけどそれ以上に大切にして愛していれば不安も悲しみも乗り越えられると、そう思っていた。小さい背中が丸まって、さらに小さくなっている。それを眺めていると、また、ぎゅう、と胸が痛かった。

「ゼン」

呼びかけると小さな頭がこちらを振り向く。息子は縁側に座ってシャボン玉を吹いていた。隣に腰掛け、その背中に手を当てる。熱いなあ、と思った。短い足は地につかずにぶらぶらと空を蹴っている。

「友だちから何か言われたんだって?」

勘のいい子だと、父親から見ても思う。その一言で何の話か察したようだ。困ったように眉を下げ、視線を庭に戻す。吹き口をシャボン液につけて息を吹くと、背中に当てた手が振動した。

「…これからさ、そういうこといっぱいあるかもしれない」

静かに言うと、小さな身体が強張るのがわかった。血のつながりなんか、と思っていた。そんなものなくても関係ない、大丈夫だと。でも、大切なことだったんだ。彼が傷ついたとき、その悲しみを打ち明けて泣いて甘えられる家族でいたいなら、こうして訪れる痛みと酷な現実に向き合わなければいけない。

「ごめん。俺がお前と血が繋がってないせいで、これから、寂しいこととか悲しいこととかあるかもしれない。でも、父ちゃん頑張るから。どんな寂しさも悲しさも吹っ飛ばすくらいに頑張るから。お前の親父は俺だけだよ。俺たちは親子で、本物だよ。ニセモノなんかじゃねえから」

必死だった。何といえば信じてもらえるのだろう。わからなかった。子どもだからといってはぐらかすのではなく、こうして真剣に言うしか出来ない。もっと上手く言えたならよかった。血が繋がっていたら、と何度も思った。血が繋がっていたら、その説明の出来ない絆のようなもので分かり合えるのではないか。じゃあ、そうではない俺たちは無理なのか。ニセモノなのか。違う、だろ。そんなわけない。自分たちがニセモノなら、世の中の親子みんなニセモノだ。そうして、気がついた。善が不安だったように、自分もまた不安だったのだ。自分ひとりだけが違うのではないかという焦燥がふいに襲う日だってあった。

「おれも怖かったよ」

ふわふわと浮かんでいたシャボン玉が、夕日に照らされ虹色に光ったあとでぱちんと割れる。黙りこくっていた息子が、父の方へ顔を向けた。

「…どうして?」

善を抱き上げ膝に乗せる。さらさらと流れる細い髪が指の間を流れた。

「父ちゃん、血の繋がってる家族っていなかったから」
「そうなの?」
「善は母ちゃんと血が繋がってるだろ。んで、新八とも繋がってる。でも俺は母ちゃんとも新八とも神楽ともバアさんとも、それからお前とも、血が繋がってない。それってさ、やっぱり寂しかったよ」

そんな気持ちを吐露するのは、息子が初めてかもしれない。今まで誰にも、自分自身にだって認めていない感情だった。

「家族がいないことが怖かったし、自分が誰だかわからなくなる時もあった。こんな俺が誰かの家族になるなんて、誰かの父親になるなんて出来るわけねえだろってずっと思ってたんだ。血が…」

一瞬言葉に詰まった。静かに息を吸い、ゆっくりと吐く。

「血がつながってないと家族じゃないって思ってた」

ぽんぽん、と息子の背中を叩きながら話をつづける。普通の家族を知らない。そんな自分が無闇に人の父親になってはいけないに決まっている。無意識にそう思うことで、他人との距離を一定に保つ癖が出来ていた。

「でも、そんな寂しさとか怖さとか超えるくらい、血の繋がりを超えるくらいの仲間がいたから不幸なんかじゃなかった」
「ふこう?」
「すっげぇ幸せだった、ってこと」
「ほんとに?」
「子供の頃は幼馴染と毎日遊んでたし、そいつらとは大人になって別々になっちまったけどバアちゃんとか新八とか神楽とか、それからお前の母ちゃんと出会って、んで善に会えた。嬉しかったよ」

話しながら、泣いてしまいそうになっていた。そうだよ、おれはずっと幸せだった。あの日、お前が生まれた日、生きていて良かったと心の底から思った。この子に会うために生きてきたのだと、そう思えた。

「父ちゃん、幸せ者だよ」
「…ちちうえ」

膝に乗せた善の手が俺の顔に伸びる。短い腕をいっぱいに伸ばして、俺の頬に触れた。

「ぼくのこと好き?」

にこりと微笑む頬が桃色に染まっていた。それを無性に愛しいと思った。

「うん、うん。大好きだよ。お前が父ちゃん好きなのよりずっとずっと好きだ」
「えー、ぼくのほうが好きだよ」
「いーや、違うね。」
「ねえ、父上」

まるく大きな瞳が俺を見つめる。はっとした。この子はこんな顔をするのか。守られて甘やかされてばかりの幼子が、とても遠くに感じられた。

「繋がるよ」

瞬く息子の睫毛と、柔らかな髪がキラキラと光っていた。ぼくが、と言った声が力強かった。

「父さんをひとりぼっちじゃなくさせてあげる」

胸が、千切れそうに痛かった。うれしくて、愛しくて、苦しくて痛かった。



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