決めるのは当人達だと思ってはいたけれど、そうなればいいとずっと願っていた。いつしか息子のように思っていたのだ。あんなぐうたらでちゃらんぽらんな男には、老いぼれの、子が一人もいないババアで十分だろう。それでも幸せになればいいと思っていた。年を取ると若者たちにどうにか幸せになってほしいと思うようになるらしい。昔の自分を見ているようだからだろうか。それともいないはずの子どものように思っているからだろうか。

「おばあちゃん」
「ああ、ゼン。どら焼き食べるかい」

カラカラ、と店の戸を引いて小さい子供が入ってきた。あの子によく似た大きな瞳でこちらを見て笑う。応えるようにこちらも微笑んだ。この子が生まれてから笑い皺が増えたかもしれない。昔も今も血のつながりがどこにもない坂田銀時は、何かを望むことをひどく拒んでいた。知らぬ間に人が集まってくるような性分だったが、一度でも自ら手を伸ばすことはなかった。それをすることで失ってしまうと恐れていたのだ。そんな男の孤独を吹き飛ばしたのが新八と神楽だ。二人に出会ってから厄介事を経て、男は更にたくさんの縁を結んでいった。その様子をいつも見守りながら、やっぱり若いってのはいいねと笑うことが、おそらく自分の幸せだった。やがて男は望むことを少しずつ始める。そしてついにあいつは一人の人間の手を掴んだ。とても強引に、そして傲慢に一人の少女を求めた。

『俺、お妙と結婚するから』

ある日、さらりと銀時は言った。大したことではなさそうに、まるで世間話でもするように。その場には新八と神楽もいて、二人も初耳だったらしい。神楽は驚いて騒ぎっぱなしだったが、新八のほうは青ざめた顔のまま黙りこくっていた。いくらシスコンだからって様子がおかしいと思ったのを覚えている。後に判明したことだが、そのとき妙には子供がいたのだ。

それも、銀時の子ではない子が。

『いい加減にしてください!断ったでしょう!?』

その翌日、妙の声が万事屋の玄関で響いていた。叫びに近い声だった。

『もう決めたんだよ』
『辞めて!そんなの、幸せになんかなれるわけ…』
『お前が俺の幸せ勝手に決めんなよ』
『…っわたしがあなたとなんか生きていけないの!もう放っておいて!』

しばらくして階段を乱暴に駆け下りる音がした。店の戸を引いて彼女の姿を確認した時、あたしは目を疑った。身体は痩せ細り、自慢の艶やかな髪は顎のあたりまで切られている。顔色も悪く、目の下にはくまがあり、彼女の周りだけ雨でも降っているようだった。花が咲いたみたいに笑い、陽が差すみたいに存在するあの子が。そのとき、思わず私は、。

「ねえ、おばあちゃん」

善の声にはっとする。どら焼きの餡子を口のすみに付けた善がこちらを見た。

「ついてるよ、餡子」

指摘をすると、ん、と小さな手で口を拭う。

「大きくなったら、ぼく、一人で住むの?」
「え?」
「ずっと一緒にいられないの?みんな、ぼくのこときらいになっちゃうの?」
「何言ってんだい」
「…てっちゃんが」
「ん?」
「寺子屋のてっちゃんが言ってた。血がつながってないと家族じゃないって。家族じゃないと一緒に住んじゃだめだって」

小さな手にどら焼きを握ったまま俯く。胸が痛かった。どうしてこの子がこんな思いをしなければいけないのだろう。何も罪のないこの小さな子供が、優しく素直なこの子が。だけどもう、この子はずっとそれと付き合っていかなければいけない。生きてる限り、逃げられないのだ。

「馬鹿だね。そんなわけないだろう?だいたいばあちゃんだってみんなと血つながってないんだよ」
「…うん」
「父さんや母さんがお前の事嫌いだと思うかい?」
「…ううん」
「ゼンは父さんと母さんの事嫌いかい?」
「ううん、好きだよ。みんな好きだよ」
「父さんと母さんがゼンに嫌われてるかもって思ってたらどうする?」
「…いやだよ。ぼく、父さんと母さん大好きなのに」
「一緒だよ。みんなゼンのことが好きなのに、嫌ってるんじゃないかと思われるのは悲しい」

身体中から血を流しているようなその姿。あの時、万事屋から降りて来た妙を思わず引き止めた。決して背の低くはない妙を、人目も憚らず店の前で抱きしめた。子どものない人生だった。子を産んだことも育てたこともない人生だった。それでも、この子は守らなければいけないと思った。茫然としたまま立ち尽くす妙の身体をさする。気づかないうちに背中を撫でていた。ぽんぽん、と一定のリズムでまるで親が子にするみたいに。知らないのに、そんなあやし方。わからないのに。

「ゼン」

あの時と同じだ。この子を守りたい。そう思った。


「お前と父ちゃんは正真正銘の家族さ」


守らなければいけない。周りにいる大人のぜんぶの手で。



back
[TOP]
















×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -