ぼくが始めて話した言葉は、ワンワンだった。母上や父上はママ、パパというのを期待してたみたいで、どっちのことを先に呼ぶか競争してたのに、お前がワンワンって言ったから二人してずっこけたんだよってよく笑い話にされる。ちなみにワンワンっていうのは父上の仕事場にいるとても大きな犬のこと。ぼくは定春のことが生まれたときから大好きだった。

「ぜーん!買い物行くけど一緒に行くか?」

白い頭をひょこ、と傾けて父上が声を上げる。やった。お外にいける。うん!と大きく返事をしてぼくは父上のところへ駆けた。

「あ、ちょっと銀さん?余計なもの買ってこないで下さいね」
「何だよ余計なものって」
「羊羹とかケーキとかお酒とか」
「だいじょうぶだよ、母上。ぼくがちゃんと見てるもん」
「まあ頼もしいわね」
「ふん、手懐けられちまってよォ。んじゃあ行ってくらァ」

玄関を開けて飛び出した。走るなよ。と後ろから父上の声が聞こえる。

「ホレ、手」
「うん」

手を伸ばしたら、父上の大きな手に包まれた。ぶらぶらと振りながら二人ならんで歩く。

「見てー。アリがいっぱいあるいてる」
「おおー。働きモンだな。父ちゃんみてえ」
「ねえ、なに買うの?」
「無視かよ。風呂桶だよ。こないだ壊しただろ?水全然溜まらなくなったじゃん」
「ふーん」
「興味なさそうね、ぜんちゃん」
「ねえぼくたい焼き食べたい!」

通りの向こうにある屋台を指差す。よく買うところだ。

「マイペースか!つかさっき余計なもの買うなって言われただろ母ちゃんに!んでお前見張り役するっつったじゃん」
「ようかんとケーキじゃないもん。お酒じゃないもん」
「…お前ってほんとしたたかだね。」

父上は笑って、ぽんぽん頭を叩いた。母ちゃんにはナイショだぞ、って屋台まで肩車してくれた。ぼくは父上の肩車がだいすきだ。ふわふわの白い髪の毛がだいすき。

「おっぜんちゃん。お父さんとお出かけかい?いいねえ」
「ウン。父上が買い食いしないよーに見張りなの」
「くぉら。お前がたい焼き食いたいっつったんだぞ」
「ウン、ぼくたい焼き食べたい」
「ははは、男同士の秘密だね」
「親父、あんことカスタードひとつずつね」
「あいよ。まいど〜」

あんこは父上でカスタードはぼく。だって絶対カスタードのほうがおいしいよ。父上の肩に乗ったままおじさんからたい焼きを受け取った。

「いただきます」
「ハイ、どうぞ。しっかし本当かわいいね、善ちゃんは。」
「日に日にでかくなるのよ。成長早すぎだわ」
「でも良かったね」
「あ?」
「髪の毛サラサラで目も大きくて、お妙さんそっくりじゃないか」
「女みたいだろ」
「きっと美少年になるよ。お父さん、遺伝子を抑えてくれて良かったねえ、ぜんちゃん」
「おい、どういう意味だコラ」
「そのままの意味だよ」
「あっやべ。遅くなると寄り道がバレる。行くぞ、善」
「うん、ばいばいおじさん」
「ああ、またね」

たい焼き屋のおじさんに手を振った。あったかいカスタードがおいしい。父上はもうとっくに食べちゃったみたい。街を歩くといろんな人に声をかけられる。仲良しだね、って。良かったね、って。仲良しだよ、いいでしょう。ぼくは笑って答えるの。だって父上のことだいすきだから。いろんな人によく言われる。ぜんくんはお母さん似だねって。うれしいけど、ふわふわの髪の毛だけ父上みたいになりたかったな。父上はそれが嫌みたいだけど、ぼくは好きだもん。でも、絶対ぼくと父上の見た目は似ないんだって。そう聞いた。

「早く帰るぞー。今日は雨だかんな」
「なんでわかるの?」
「髪がうずくのぉ」
「ふーん」

血がつながっているって、どういう意味かよくわからない。でも、ぼくが父上と似ていないのは血がつながっていないからだって聞いた。血がつながっていなければどうなるのかな。その話をするとき、父上はとても真剣な目をする。それから、ちょっと痛そうな顔をする。だからあんまり聞かない。いつの間にか手に力が入ってて、たい焼きのカスタードクリームがしっぽのほうから出た。はやく帰ろう、ってぼくが急かすから、父上は困ったように笑った。


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