その日はとても激しく雨が降っていた。ボロい万事屋では隙間風が容赦無く部屋を通り道にしていく。あのとき玄関の戸を引いたのはどうしてだろうと、今でも思う。寒くて動くのも億劫だったのに、何故訳もなく戸を引いたのだろう。

そこに居たのは、志村妙だった。会うのは三ヶ月ぶりだった。

「びっ…くりした」

いつもどこかで探していたくせに、言いたい事は山ほどあったのに、実際会うと何も言えない。妙は三ヶ月前とはまるで別人のようだった。細い身体はさらに痩せ、目に光がない。そして、何よりも

「お前…髪」

高く結んでも肩に届くくらいの長い髪が、ばっさりと切り落とされていた。細い顎のあたりまでの短さになっている。

「銀、さん…?」
「おま…今まで何してたんだよ。新八は旅行に行ってるとかなんとか言うけど様子おかしいし。店だって辞めてんじゃねぇかよ」
「ぎんさん」
「あのな、ずっと心配して…」

ふと見たその唇が青く戦慄きはじめ、異変を感じさせる。

「わたし…やっぱりダメだわ」

ゆっくりと顔を上げて、こちらを見る妙の瞳が石のようだった。なにが、一体何があったというんだ。冷たい何かが心をざらりと撫でる。

「やっぱり弱い」
「何言って」
「知らない間にここに来てたの」
「…」
「もう二度と会わないって決めたのに、絶対、あなたには…」

硬く冷たい石のような瞳が、その瞬間揺れた。

「ずっと会いたくてたまらなかった」

掠れた声は最後息になった。憎からず思っている相手にそう言われて、自惚れるなという方が無茶だ。一体なにがあったのかと彼女の肩に手を伸ばす。しかしその手がたどり着く前に細い肩が揺れて一歩遠ざかった。二人のあいだに距離がひらく。

「触らないで」
「お妙?」
「わたし、銀さん、もうダメなの。さよならなの」
「何言ってんだよ。何があったか知らねーけど俺はっ…」

妙は震える手で自分の口を覆った。

「…わたし、


         ーーーーー。」




雨が、止んだかのと思った。そう錯覚するほど辺りは静かだった。何も聞こえない。彼女が言った言葉以外は。口元を手で抑えた妙のくぐもった声は、それでもちゃんと鼓膜に届いて脳に届いた。そして最後に心臓をえぐって行った。


"子供が出来たの"


雨は止んでなんかいない。今もずっと冷たく地面を叩いてる。
だけど俺の世界にある音や色は、その時確かに姿を消した。こんなにも寒い日の、雨の中。身重の女が駆けていくのも追えなかった。


臆病な俺は、惚れた女にただの一度も触れたことがなかった。



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