銀時と妙



こういう状況って、本当にあるんだな。どこか的外れな感心をしながら彼女の背中に手を置いた。ご都合主義の少女漫画みたいだ。不可抗力の接触から近づく距離。くぐもった声が胸のあたりで聞こえた。

「す…っすいません」
「お妙さんてさァ」
「え?」
「案外おっちょこちょいですね」
「…バカにしてるでしょ」
「してねーよ」
「うそ。さん付けして呼ぶなんてバカにしてる証拠です」
「ふっ。それもそーだな」

高いところに手が届かなくて、バランスを崩し落ちたところの女とそれを受け止める男っていうシチュエーションね。今日は大掃除だ。朝からダラダラしていた俺は、志村邸の手伝いに問答無用で駆り出された。俺の担当は風呂場と窓ふき。妙の担当は道場。馬鹿みたいに広い道場を張り切って雑巾がけする姿は蟻みたいで微笑ましい。言ったら怒るから言わないけど。
しばらくして様子を見に行った。窓ふきが終わったから、そろそろ休憩はないのかと申し出に行ったところもあるが。戸を引いて声をかけようとしたらちょうどバランスを崩した脚立が視界に入った。やばい。思った時には身体が動いていた。開けっぱなしの引き戸から風が通り抜ける。幸い脚立は横に倒れたのでこちらに落ちてくることはなかった。受け止めた妙は小さくしがみついていた。

「あの、大丈夫ですか銀さん」
「ああ。大丈夫」
「良かった…ありがとうございました」
「うん」
「あの、銀さん?」
「ん?」

俺の胸に手を置いて、終始うつむきながら話す妙を見る。いつもよりずっと小さく感じた。顔を上げればきっとその距離の近さに狼狽するだろうな、と思ったら知らぬ間ににやけてる自分に気づいた。

「も、もう大丈夫、ですよ」
「ねえ」
「へ?」
「休憩しない?」
「え、あ、そうですね。そろそろ休憩しましょうか」
「うん」

その言葉を聞いて背中に回した手をぐっと押す。すると声にならない声が上がった。密着度はさっきよりずっと高い。だから、抱きしめる格好だ。

「ちょっ…ちょっと!」
「何だよ」
「何ですかこれ!」
「何が」
「なっ…なんで離してくれないの」
「だから言ったじゃん。きゅーけーい」
「な、な、何言って…こんなんじゃ休憩になんない」
「いーじゃんいーじゃん。たまにはさ」
「た、たまにはって…たまにこんな事するみたいに言わないで下さい」
「屁理屈ばっかだとブスになるよお姉さん」
「い、いい加減にしないと殴りますよ」
「いいよ」
「なっ…」
「殴れば?出来るんならな〜」
「…もうっ!離してってば…。そうだ、銀さん、ロールケーキがあるんですよ。ね、だから居間に行って休憩しましょ。で、ちょっと熱でも計りましょう。今日のあなたすごく変だもの、だから…」
「お妙」

耳元の近くで名前を呼ぶと、彼女の身体がびくりと動いた。わー、やべえ。さっきから気づいてはいたけど。コイツ、めっちゃ可愛い。こんなに可愛いかったっけ。ただのゴリラ女でしょ。なのに、いちいち焦ってる彼女に夢中になってる。にやけていく表情を見たら、怒るかな。

「こっち向いてよ」
「…っ」
「妙」
「ぎ、銀さん、何か、ヘンです」

みるみる赤くなる耳が可愛い。狼狽えて震える声も可愛い。どんどん俯くお前が可愛い。うん、確かに変だな。つーか変態?
脱出しようと彼女はもがくけど、解放なんかしてやんない。滅多とない機会だ。一層強く抱いて、笑った。

「な、何で笑う…」
「いや、焦ってるなぁと思って」
「当たり前でしょ!もう…離して下さいよ。新ちゃんや神楽ちゃんに見られたら」
「見られたら?」
「ごっ…誤解されちゃうでしょ!」
「誤解ねェ。あ、じゃあさ、誤解じゃなくしたらいーんじゃね?うん、そうだよ俺って頭いーな」
「は?な、何言って…もしかして酔っ払ってるんですか?」
「んなワケねーだろ。朝から掃除手伝わされてんだから」
「…っ、じ、じゃあ仕返しなの?」
「何のだよ」
「私が無理やり手伝わせた仕返し」

ふっ、と笑う。何にもわかんねえのな。

「バカ、逆」
「逆ってなに、が…ーー」

思わず顔を上げた妙は、俺を見て目を見張った。しまった、ってそんな表情をしてる。やっとこっち見たな。逃がしてなんかやるかよ。距離を詰めて、猶予も与えず彼女の唇を塞いだ。目を閉じるのも忘れてる。半泣き状態だ。どんどん赤くなる顔が面白い。可愛い。愛しい。惜しむようにそっと唇を離して額をくっつけた。
逆だよ。仕返しじゃなくて、

「がんばったご褒美」
「…〜っ!」


そのすぐ後、天井まで殴り飛ばされた挙句庭の木に吊るし上げられそうになったのは言うまでもなく。そこに新八と神楽がやってきて呆れ顔で何をしたんだと尋ねられたので、正直に答えようとすると全力で口を押さえられた。休憩にしましょうと吃りながら言って台所へ向かう彼女の耳がまだ赤いので、訝しげな二人を他所に俺はまた笑っていた。

あの女がああも可愛いなんて、この俺がこんなにも惚れているなんて、ご都合主義バンザイ。少女漫画バンザイだ。


ニーナ(2013/12/21)claplog



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