銀時と妙


ひやりとしたのは白い指の赤い傷。ぞくりとしたのは見つめる女の横顔。
ひとさし指の皮膚から解放された血が爪に流れて卓上に落ちる。男は裏庭からそれを見ていた。偶然だった。女は彼に気づいていない。慌てる様子はなく、なおも自分のゆびを見つめている。

「…っおい」

何だ、この感じ。
坂田銀時は焦る自分がわからなかった。血の気が引く。いや、ちょっと指先を切っただけだろ。なんて事はない。すぐにふさがって、なかった事になるような傷だ。
女が声の方へ顔を向けた。

「銀さん、どうされたんですか?」
「血、お前」
「え、ああ…」

動いた事で広範囲に血が飛ぶ。何してるんだ。イライラする。動悸が激しい。たまらず縁側から家へ入った。ずかずかと進み、妙の手をとる。

「血、落ちてる」
「ほんと」

手首をつかむとその細さにも目眩がしそうになる。止まれ、もう一滴も落ちるな。

「何ぼーっとしてんだよ馬鹿」
「馬鹿って何ですか。ちょっと切っただけでしょ」
「何で切れたわけ」
「お裁縫してて。布切り鋏でやっちゃいました」

その言葉に、裁縫箱と切りかけの布があることに初めて気づいた。銀時はゆっくりと腕をはなす。

「…待ってろ」

勝手知ったる何とやらだ。棚から救急箱を取り出した。薬や道具の独特な匂いがする。自分が手当をされる時によく嗅ぐものだった。

「まあ、すみません。手当して下さるの?」
「誰かさんがいつまでもぼーっとしてるからな」
「そんなにぼーっとしてたかしら」
「うん」
「見てただけよ」
「何を」
「傷」

手当なんてたいそうなものじゃない。消毒をして絆創膏を貼るだけだ。彼女がいつも自分にしているような処置はもっと厄介である。なのに、妙は申し訳なさそうに頭を下げた。

「なんか、ほら。あまりにもぱっくり割れてて、そこから血が溢れ出て…っていうの見てたら何か人間の指って変だなーって思って。」
「はァ?」
「こんなに赤い液体がたくさん指先に流れてるのよ。不思議だわ。それに、すぐに治る。かさぶたになって剥がれて綺麗な皮膚が再生されるのって、すごいと思いません?」
「…当たり前だろ」

じわりと絆創膏に血が滲む。思ったよりも切れていたかもしれない。

「お前は生きてんだから」

冷たい手を、ゆるく握る。手当の過程を見ていた妙の瞳がこちらを向いた。

「そうですね」
「うん」
「銀さん」
「んー?」
「ありがとう」
「ん、」
「いつもと反対ね。あなたが私の傷を手当してくれるなんて」
「しゃーなしな。礼は高いぞ」
「まあ。図太いのね。」

ぱ、と手をはなした。いつまでも触れているのはおかしいし必要ない。たとえば女の手がひんやりとして気持ちいいとしても。
こんな絆創膏は、俺が日頃かけてる迷惑に比べたらお返しにすらなっていない。ここに並んでる包帯だってほとんど自分に使われるものだ。

「銀さん」
「何?」
「お茶とお菓子でもどうですか」
「いる」
「お礼です」

ふふ、と笑って台所へ向かう妙の背中に、さっきのような焦りの感情は覚えなかった。何だったのだろう。あの焦燥と、それからくる動悸は。
こっそりと彼女の腕を握っていた手を見た。一筋赤い跡がある。いつのまに付いたのだろう。彼女の血だ。
唇をくっつける。舐めると鉄の味がした。

「銀さん」
「なにー」
「大福とみたらしどっちがいいですか」
「どっちも…」
「おやつは一つよ」
「…大福」
「銀さん」
「なにー」
「ありがとう」

台所から盆を持って妙が返ってくる。お茶と、大福と、みたらし団子が乗ってる。団子、一つくんないかなァ。思いながら彼女を見た。

「別に、大した怪我じゃないだろ」
「でも落ちそうだったから」
「は?何が」
「わたしが」
「どこに」
「どっか、暗いとこ。」

急須から湯のみに注がれる茶から湯気がたつ。いい匂いがした。

「暗くて下のほうに落ちちゃいそうだった。あのままだと」

白い湯気を見る。裏庭から見た横顔を思い出した。焦りと動悸。妙は、あんな顔をするのかとその瞬間途方に暮れた。一人であんな顔を。
それを知った時、大きな焦りを感じたのだ。ダメだよ、お前はそんな怪我を眺めていてはいけない。驚いて、急いで、じれったく絆創膏を貼らなくてはいけない。受け入れてはいけない。見入るように眺めては。落ちて、しまうだろ。だからあんなに焦ったんだ。

「でも良かった」
「あ?」
「だって私が怪我をしたら、あなたどこへいたって駆けつけて、甲斐甲斐しく手当してくれるのでしょう?」

どうぞ、と上機嫌に笑いながら湯のみを差し出す。それをズズッと啜って、卓袱台の上に顎を乗せた。そんな約束した覚えはないよ。だけど冗談で言った彼女が、次に負う傷にもいち早く気づいてしまいそうな予感がするので何も言わずに大福餅をまるごと口に入れた。





ニーナ(2013/12/21)claplog



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