銀時と妙


じわじわと暑い夏の真ん中に、大江戸花火大会は行われる。

その日わたしは万事屋のみんなと一緒に人混みの中にいて、神楽ちゃんが欲しがった焼きそばの屋台を探していた。7時開始の花火。浴衣を着て髪を上げて待ち合わせたのは5時30分。二人とはぐれた事に気づいたのが恐らく6時過ぎ。神楽ちゃんだと思って話しかけた見知らぬ少女はりんご飴を食べていて、新ちゃんの音痴な歌声がいつの間にか聞こえなくなっていた。その10分後には澄ましていた空がぐずりだしたのだった。

「もおおお!サイっアク!土砂降りじゃないですか!新ちゃんたちとははぐれるし、髪だって折角セットしたのにぐちゃぐちゃだわ!銀さんのばかっ!」
「何で俺のせいなんだよ!さっきまで迷子んなってびーびー泣いてたくせに」
「泣いてません!だいたい貴方も迷子だったじゃない!」
「うっせえ!黙って走れ!」

二人とはぐれた後、ぽつりぽつりと地面に落ちた雨は瞬く間に土砂降りになった。傘も何も持っていない私たちはとりあえず万事屋まで走った。ああもう踏んだり蹴ったりだ。きっとこれじゃあ花火は中止じゃないだろうか。楽しみにしていたのに。妙は容赦無く雨を降らせる曇り空を睨んだ。

「タオル、借りますよ」
「あ、俺のもとって」

濡れた浴衣はまるで鉛のように重たかった。髪から雨がぼとぼとと滴る。やっとのことでたどり着いた万事屋に安堵した。どこに何があるかだいたいわかってしまう私は、一目散に洗面所へと駆け込む。
いくら夏だからって、長時間こんな雨に打たれていたら寒いに決まってる。白いタオルを頭に被せて、新八と神楽のことを思った。あの二人も傘は持っていない。きっとすぐに帰ってくるだろうと思うけど、やはり心配だ。

「銀さん、はいタオル」
「お〜さんきゅ…って、ぶほっ」

二人のことを考えながら、居間にいる銀時に話しかけた。彼のぶんのタオルを持ってきたのだ。しかし、その姿を認めた妙は手に持っていたタオルを投げつけていた。

「な、なに勝手に脱いでるんですか!」
「なんだよ急に!濡れてんだからしゃーねえだろ」
「バカ!セクハラ!」
「ああん?裸見られてんのはコッチですぅ〜お前のほうこそセクハラだっつーの」
「銀さん、露出狂ってご存じですか?」
「おいぃ!誰が露出狂だ!」

ブツブツ文句を言いながら乱暴に頭と体を拭いていく。ああ、だけどいいなあ。私もあんな風に拭きたい。雨に濡れて、へばりつく浴衣が気持ち悪い。

「つーか、お前見慣れてるだろ。男の裸なんざ」
「誤解されるような発言は辞めて下さい」
「誤解される人間がいねーから大丈夫だ」
「だいたい貴方が怪我ばっかりしてくるからそういうことになるんでしょ」
「へーへー。すいませんね」

そうだ。この人が馬鹿な事ばかりするから、悲しいかな裸は見慣れている。だけど、そういうのとは、ホラ違うじゃない。

「つーか、おまえ」
「はい」
「風呂入れば?」
「え?」
「いや、流石にそのままだと風邪ひくだろ。入ってるうちにあいつ達も帰ってくるだろうし」
「で、でも」
「走って腹減ったし、上がったら適当になんか食おうぜ。あ、そうそう焼きそば作ってやっか」
「悪いじゃないですか、そんなの」
「何?遠慮してんの?お前に風邪引かせたら色んな方面から怒られるんのは俺なんだよ。別に何の妄想もしねえから安心しろって」

ヒラヒラと手を振って台所へ消えてゆく。まあ、そりゃあそうだ。一人納得して頷いていた。私は仕事仲間兼親友である女の言葉を思い出す。あんたらいくら子どもが間にいるからってね、二人きりで部屋にいたら間違いでも起こるでしょ?呆れた風に言う彼女は金色のピアスをきらりと輝かせたのだ。男と女なんてそんなもんよ、と大人みたいな仕草をしながら言うので、あり得ないと私は笑った。

「ほらね、やっぱり」
「んあ?」

ねえ、おりょう。ほらね。やっぱりあり得ないわよ。どう転んだって私たちの間には何にも生まれない。愛だとか恋だとか、そんなふわふわ浮かぶピンク色はぜったいに生まれたりしないの。

「いえ。お気遣いどうもありがとうございます。じゃ、遠慮なくお風呂頂きますね」
「おーおー。あ、着替えどーすっかな」
「神楽ちゃんのは小さいしなあ。新ちゃんの、とかないですか?」
「ああ、そうだ。新八の甚平あるわ」
「本当ですか。じゃあそれ借りよう」
「あ、風呂ためといて。後で入るし」
「はいはい」

適当な返事をしながら、私は洗面所の戸を引いた。ガラガラ、立て付けの悪い音がした。同時にまつ毛についた水滴を、瞬きをして落とす。あら、と自分が意外と落ち込んでいることに気づいて笑う。

「どーせ」

独り言なのに、言いかけてやめた。水滴が頬をすべり落ちていく。何だか泣いてるみたいで可笑しい。躊躇いなく服も脱いだり風呂に入れなんて言ったり、ほらね。
ふう、と一つ息をついた。

(どーせ私は女として見られてないわよ)



ーー


「銀さん」

風呂から上がり、銀時に声をかけると、珍しく新聞なんて開いて読んでいた。

「お〜」
「新ちゃんと神楽ちゃん、帰ってきました?」
「いや、まだ」

一向に顔を上げない銀時に、そう、と告げて窓辺に立つ。まだ外は土砂降りだ。うるさいくらいに地面を叩いている。

「ねえ、迎えに行ったほうがいいかしら」
「はァ?」

ガサ、と新聞を降ろす音がした。わたしは窓から視線を外して銀さんのほうへ振り向いた。

「だってさっきより雨つよくなってません?心配だわ…って、どうしたんです?銀さん」
「…え?」
「ぼーっとしてますよ?湯上り美女に釘付けになっちゃうのもわかりますけど」
「…ばか言ってんなよ」
「ふふ、はいはい」
「まあ、そのうち帰ってくるって。つーか迎えに行くってどうやって?たぶんまだ人いっぱいいんぞ」
「…そうねぇ」
「それに」

銀さんは目を細めて一度窓の外に視線をやり、そうしてまた私のほうへ顔を向けた。ザアザアと雨の音がしている。止むことなく、風も連れて来ずに。

「その格好で行くつもり?」
「…ああ、」

非難でもするように眉を歪ませて言った。確かに、ぶかぶかの甚平におろした髪ではあまりに不恰好だ。

「それもそうですね」
「うん」
「あの、銀さん、なんか怒ってません?」
「は?何で俺が怒るわけ?意味わかんねー。あいつらが遅いから心配なだけ」
「そうですか」
「そうだよ。ほんと、おっせぇな…」

怒ってないと言いながらもやっぱりどこか機嫌が悪い。チッと小さく舌打ちをしたので、頬でもつねってやろうかと思った。だけどそのあと気まずそうにソファに突っ伏した彼を見て、やはり二人だと居心地が悪いのだろうかと、少し心がしぼむ。あの子たち、はやく帰ってこないだろうか。

「あーあ。花火大会延期ですかねぇ…」

そう呟いた時だった。横を向いていたわたしの頬をとても強い光が照らした。

「え?」

ドーンっ!!

地面から響くような音が直接心臓に届く。ほんの少しの間だったはずなのに、もったいつけるような長い時間がたったみたいだ。
わたしはもう一度窓を振り返った。

「う、わぁ…」

青と赤の光が、下にゆっくりと降りていく最中だった。花火だ。雨は、まだ降っている。

「んだよ。強行突破かァ?」
「銀さん」

いつの間にソファから起き上がったのか。ぬっと顔を出した銀時が頭を掻きながら妙の隣に立つ。花火大会を延期にするには日程も予算も都合が悪かったのだろうか。一向に止まない雨を迎え撃つように次々と花火が打ち上がる。

「雨でも上がるんですねえ」
「最初からうちで見てりゃよかったじゃん」
「みんなでおめかしして出かけることに意味があるんですよ」
「へえへえ」
「あ、ねえ見て!わたしこの花火すきだわ」

一度夜空で開いた金色の花が、ゆっくり降りかかるようにおちる。キラキラ輝くカーテンみたい。

「きれい」

降り注ぐ火の粉が雨の中おちていく。雨粒は光を閉じ込めて、やさしく、いやにゆっくり地面に降りる。それをとても綺麗だと、私は思った。

「あの子たちもどこかでみてるかしら」
「お妙」

ふっと、急に顔に影が落ちる。見上げると何だが真剣な目と目が合った。彼は不機嫌そうに口を開く。

「お前さ」
「はい」
「頼むからはやく髪乾かしてくれ」
「え?」
「はやく」
「銀さん」
「なんだよ」
「やっぱりあなた何か怒ってるの?」
「…ああ」

ドォ…ン!

「ああ、そうだよ。どうしてだか分かるか?」

銀さんの背景でまた花火が上がった。
そんなところにいられては、ちゃんと花火が見えないじゃない。
金色の、魔法の粉みたいな火花が雨に反射してキラキラしてる。綺麗。だけど、視界はどんどん彼だけで支配されていった。

貴方は私を女として見ない。

私は貴方を男として見ない。

口には出さないけれど、私たちの間には暗黙の了解のようなものが横たわっている。私はそう思っている。男女が陥ってしまうような、甘い雰囲気にはなってしまわない。だって、ねえ、そうでしょう。

魔法の粉が降り注ぐ。
彼は私を、本当に女として見たりしない?
私は、彼をーー。

顔と顔はどんどん近づいて、私のまつ毛が彼の頬っぺたにぶつかった。横でひときわ大きな花火が打ち上がっていた。





「ただいまヨー!」
「ただいま帰りました!やっぱり先帰ってたんですね。気づいたらいないからびっくりしましたよー」
「おかえりなさい。遅かったのね」
「つーかお前ら全然濡れてないじゃん」
「ああ、僕らちょうど橋の下にいて、雨宿りしてたんですよ」
「あれー?アネゴその格好…」
「あ、そうそう。びしょ濡れだったから新ちゃんの借りてるわ」
「眼鏡がうつるヨ」
「うつらないですよ!失礼な!」
「何でもいいけどよぉ、飯食おうぜ。腹減った」
「え、まだ食べてないんですか?」
「は?」
「私たち、橋の下の屋台食べ尽くしたアルよ〜」
「そこで真選組の人たちに会っちゃってまた大騒ぎですよ。疲れたなあ」
「はああ?!おまっ!俺達ゃお前らが飯も食わずに凍えてるだろうと思って焼きそば作って風呂焚いてたんだぞコラ」
「わー何かオトンとオカンみたい!」

神楽の無邪気な声に銀時と妙の動きが止まる。だけどそれも一瞬だけ。にこり、妙が笑って問いかける。じゃあ先にお風呂に入る?その次に銀時が乱暴な口調で言った。折角作ったんだからちゃんと焼きそば食えよな。
雨の花火は魔法をかけたのだろうか。もしくは魔法を解いたのだろうか。二人のあいだに少しの変化を残して、何もなかったかのような澄まし顔で空は泣き止んだ。



ニーナ(2014/12/6)



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