銀時と妙


空が高いな、と思った。気温はぽかぽかと暖かいけれど昼寝をする気分にもならない。まさに小春日和だわ。これから雨が降る度にどんどん寒くなるのだろうと思うと少し気持ちが落ちていく。

「何しようかしらね」

洗濯物は終わった。洗い物も買い物も終わった。庭の落ち葉の掃除もしたし、床の雑巾がけもした。仕事がなければ自分はすることもないのだな、と自嘲する。友達とお茶しようにも相手には仕事があるので誘えないのだ。

「よぉ」
「銀さん」
「ヒマそうだね、おねーさん」

何をしようか考えあぐねていると、眠たそうな顔をした男が庭から入ってきた。どっこいしょ、と親父くさい掛け声をして縁側に座る。きっと今日も休憩所として使われるに違いない。

「あなたと一緒にしないでください」
「なに、忙しかった?」
「まあ、それなりに」
「そりゃお邪魔しましたね」
「ていうか何ですか?何か御用?」

嫌味ったらしく言ってやる。どうせ用なんかないって知ってるけれど。

「用がねえと来ちゃダメなワケ?」

銀時が悪びれずに言うので、妙は一瞬返答につまった。最近気づいた。そういうことを、この男はまるで何もないように言うのだ。

「どうせお茶が目当てでしょ。あと甘いものと休める場所。よくいけしゃあしゃあとしてますね」
「人聞きわりーの。お前が一人でさみしいだろうと思って様子見に来てやってんじゃん」
「独り身の老人みたいに言わないでください」
「あ、ちなみに仕事はやってきたからな。今日は三人バラバラの依頼なの。オレ朝から四つもこなしたんだよ?もーこき使われてヘトヘト」
「そうですか。それはご苦労様です」

知っているわ。
妙は午前中の買い物帰りの光景を思い出した。女性の肩を抱いて立つ銀時を見かけたのだ。見た瞬間に、ああ、仕事なんだろうなと思った。だから声はかけなかった。遠のいてから大きな音がしたので振り返ると、大柄の男に殴られている彼がいた。きっと男女間のこじれで、彼女から新しい恋人のふりをしてほしいとでも言われたのだろう。自分も身に覚えがある。

”いってぇ。力強いね、お兄さん”

怒り狂う男に笑いながら言っていた。大事にならなければいいけど。すこし心配に思って見ていると、次の瞬間、銀時は素早く間を詰めて男に何かを囁いた。もちろん聞き取れなかったけれど大柄の男は先程までの威勢はどこかへ行き、突っ立ったまま呆然と固まった。

”じゃ、これ以上付きまとわないでね。今は俺の女なんで”

そのまま怯えている女性の肩を支えるように歩いて行った。きっと家まで送るのだろうなと思って私は反対方向へ歩いた。ふ、と視線をあげて彼の頭を見る。

「銀さん」
「んあ?」
「こっちを向いてください」
「なに」

むりやりにこちらを向かせて左頬を見る。きっと女性の家で手当てを受けたのだろうけれど、一応自分の目で確かめないと気が済まない。あれより重傷を自分は負わせている事は、今は置いといて。あ、よかった。やっぱりそんなに大したことはなさそう。

「はい、もういいですよ。」
「なによ」
「何か男前になった気がして」
「マジでか」
「気のせいでした」
「マジでか」

ふう、と息をつく。彼の隣に立つ女性を思い出した。怯えながらも銀時を信頼しきった顔をしていた。

「銀さんって」
「あ?」
「思わせぶりですよね」
「…はァ?」

素っ頓狂な声を出して銀時が妙を見る。

「特定の恋人作る気もないのに、女性を自分の女扱いするから勘違いされるんじゃないですか」
「なに、さっちゃんのこと?」
「猿飛さんだけじゃなくて…色んな人ですよ。依頼人の女性とか」
「別に思わせぶってねーよ」
「天然たらしなのね」
「何、じゃー俺モテてんの?全然その気配ないけど」
「結局マダオですからね」
「いや、ひどくね?」
「あなたが遠ざけてるんでしょ」

きっと少しでも好きな素振りをすると、彼は見ないフリをするだろう。そうやって遠ざけるのだ。なかなか冷徹な人だと思う。

「なに、どーゆー意味」
「勘違いさせるだけさせて、受け入れる気はないってこと。誰かが真剣に自分を好きだって言ったら困るでしょう?」
「別にそんなつもりねーよ」
「うそよ。絶対そうなんだから」
「なあ」
「なんです」
「お前も勘違いしてんの?」

また言葉に詰まった。だから、よくそういう事を飄々と言える。

「ご心配なく。わたしは勘違いなんて絶対しませんから」

ニッコリ笑って床に手をつく。お茶を入れてこよう。わたしは絶対勘違いなんかしない。してやるもんですか。用なく会いに来てくれたって、家族みたいに旅行に行ったって、ピンチには必ず駆けつけてくれたって、それは好意から来るものではない。仲間意識だ。知ってる。絶対勘違いしない。膝を立てて立ち上がる。すると、ふいに腕を掴まれた。

「ちょっ…」
「勘違いすんなよ」

ぐい、と腕を引かれると、むりやり座らされる。真剣な表情をしてわたしの顔に手を伸ばすので、思わず目をつむってしまった。するり、と髪留めを外されて髪の毛が落ちた。

「な、にす…る」
「ずっと」

さらさらと何度も髪をといた。訳がわからず困りきってしまった私は身動きが取れない。耳の中に心臓があるみたいに鼓動がうるさかった。

「触りてえと思ってたんだ」
「何言って…」
「勘違いすんなよ?」

ふっと笑って悪戯っぽく言う。かあっと頭に血が昇った。なによ、調子に乗っちゃって。勘違いしないってば。わかってるんだから。からかってるだけだってこと。絶対絶対勘違いなんかしない。

「わかってます。馬鹿じゃないの」
「わかってねえよ」
「は?」
「勘違いすんなよって意味わかってねえよ。お前、絶対」
「な、どういう…」

手をついて距離を縮める。まるで内緒話でもするみたいに耳元で言った。



「勘違いだって、勘違いすんなってこと」



高い空では白い雲がのんきに泳いでいる。ぽかぽかと暖かい今日は小春日和だ。

ニーナ(2014/11/1)


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