((ありえない))

顔を突き合わせた二人は同じ事を思っていた。表情こそにこやかであるがそこには確実に薄ら寒い空気が漂っている。

(適当に断るか、嫌われるよーなことでも言うしかあるめーな)

袴姿の坂田銀時は、ちら、と横に座る上司を見た。世話になっている彼の進めを断りきれず受けた見合いだったが初めから乗り気ではなかったのだ。もともと惰性で生きているような人間である。所帯をもつなど考えてもいない。出来るなら気の合う仲間と飲んだり可愛い女に騙されたりしながら一生を終えたい。少なくとも目の前にいる、この女のような人間と添い遂げることは不可能だ。視線を上司しから離して今度は見合い相手へと向けた。

(曖昧に答えるよりかはハッキリ断ったほうが面倒な事にはならないわよね)

振袖を着た志村妙は隣りの叔母を見た。両親を亡くしてからというものずっと迷惑ばかりかけてきた親代わりのような存在だ。その叔母の荷を少しでも軽くしようと受けた見合い話だったが、もともと気乗りしなかった。もちろんいつかは結婚したいと思っている。だが今すぐにと言われると気が引けるのだ。弟や家のこともあるし、それに何より結婚相手は甲斐性のある人がよい。願わくば玉の輿。笑顔は崩さずに視線を正面へやった。目の前の男にはその気配が微塵も感じられない。

「で、ご趣味は?」

当たり障りのないことを聞く。まずは相手の出方をみなければ。

「麻雀と競馬ですかね」
「おい、坂田くん」
「いやあ、正直に言うのが一番でしょう。あとでボロが出てもしょうがない。妙さんは?」
「わたしは薙刀術ですね」
「ちょっと、妙」
「あら叔母さん。護身術は大切よ。それに嘘をついてもしょうがないわ」

何を考えているのかわからない若者二人に対し、仲介人の二人は苦笑いをしながら話を変えようとする。

「で、でもこの子ね、家事全般はとっても得意なんですよ。小さい頃から家の事やってるから」
「それは素晴らしい。奥さんが家を守ってくれていると思う存分仕事に打ち込めるな。坂田くん」
「お言葉ですけど叔母さん。わたし料理はからっきしだわ」
「え、ああ…。そういえば」

叔母は少し苦い顔をして空中を見た。きっといつか出された妙の料理を思い出しているのだろう。昔から料理だけは弟の仕事だったのだ。

「それは困るなあ。僕はこう見えても結構食にはうるさいものでね。仕事から帰ったらやっぱり美味しい手料理を食べるのが夢だったからなあ」
「まあ、それは残念。坂田さんには他にきっと良い方がいらっしゃいますわ。本っ当に残念ですこと」
「いやあ、まったく。気が合うと思ったんだがこれだけはどうしようもないですね。本当に残念だ」

さあ、そろそろお開きにしよう。見合いは受けたのだから満足だろうと銀時も妙も得意げだった。

「いや、でも坂田くんは料理がうまいじゃないか」

その時、思い出したかのように彼の上司が言った。

「え?」
「ほら、よく創作料理なんかも作るんだろ?」
「ああ、いや…」
「まあ素敵。最近は料理出来る男性も増えてるし、得意なことを分担したら円満な家庭になるんじゃないかしら」
「し、失礼ですわ。叔母さん。坂田さんにはきっと料理のお上手な女性がお似合いよ」

認めたくない料理下手というワードを折角出したのに、相手が料理上手だったとは誤算だった。妙は軌道修正しようと銀時の方を見る。あなたもこのお見合い破談にしたいのでしょう?協力してくださいな。と訴えるように。

「いやあ、はは。そうですよ。夫が料理をしては奥さんの肩身も狭いでしょう」
「わたしが未熟なあまりすみません」
「それに僕は処世術に長けていないもので、きっと贅沢な暮らしは出来そうにないですし」
「あら、それを支えるというのが妻ですよ。ね、妙」
「そ、そうね。でも何ていうか坂田さんはこう自由な感じがしますから、私みたいな小娘が支えきれるかしら」
「私は二人はお似合いだと思うがね」
「え?」

人の良さそうな上司が穏やかに笑う。

「まあ、二人にも思うことはあるんだろうが私には君たちが気が合うように思えるよ。少し二人だけで話してみてはどうかな」

そうね、と妙の叔母も笑った。
大人ふたりに進められて、銀時と妙は仕方なしに答える。

「「…はい」」


ーー


料亭の庭には立派な松の木があった。お決まりの、あとは若い二人に任せてコース追いやられた銀時と妙は仕方なく散歩をしている。盛大についてしまいそうになるため息を飲み込んで妙は銀時に話しかけた。

「あの、初めに言っておきますが私結婚する気はありません。坂田さんも、ですよね?」

伺いつつ彼を見る。早めに確かめた方が気が楽である。

「ああ、やっぱりそうでしたか。ええ俺も結婚するつもりは全くありません。」
「良かった。適当に一周して帰りましょうか」
「ああ、そうですね」

松の木の隙間から夕日が覗いて、二人の顔に光と影を落としていた。

「妙さんはどうして結婚したくないんですか?あ、俺が相手だから?」
「いえいえ!違うんです。まあ、いずれはしたいと思ってるんですが、今すぐってなると気が進まないというか」
「ふうん。誰か好い人がいるのかと思った」
「ふふ、いればいいですけどね。坂田さんは?」
「あー、俺はァ…」
「好い人がいるんですか?」
「いや、元々結婚願望なくてね。出来れば一生したくない。」
「まあ何故?ずっと独り身はさみしいのでは?」
「そうなんだけど、なんつーか俺だらしないんで口うるさく色々制限されんの嫌なんですよね。しかも今更誰かと暮らすってのも面倒だし」

なるほど。この男は中々の怠惰な性格をしているようだ。ますます私とは縁がなさそうね。妙は苦笑いをする。こういう、のらりくらり生きているような人が家庭を持つのは難しいだろう。

「わたしは坂田さんとは違っていつかはしたいです。」
「まあ、結婚はした方がいいんだろうけどねぇ。老後のためにも」
「ええ、そう思います。でもお見合いよりもわたしは恋愛結婚がいいわ」
「情熱的だな」
「あとそうね、経済力がある人がいいなあ」
「現実的だな」

銀時は隣を歩く妙の横顔を見た。器量は良いが気が強そうだ。しかも恋愛結婚が良いというとイベントやらムードやらにうるさそうである。そういう女が一番面倒なのだ。更に経済力がないといけないなんて今度は現実的な事を言う。きっと結婚した後は尻に敷かれるに決まってる。

「わ、見て坂田さん。きれいな池」
「おー、すごい紅葉だな」

奥に小さな池と紅葉の木があって、染まった紅葉を水面が写し出していた。なかなかの美しい風景だった。

「知ってますか?紅葉の花言葉はね、大切な思い出っていうんですよ」
「へえ。紅葉って花なのか」
「あ、睡蓮もある!きれい。睡蓮はね、清らかな心って花言葉なんですよ」
「好きなの?花」
「ああ、いえ。友達の家に花言葉の辞典があって、この間それを見てたら何だか夢中になっちゃって」

嬉しそうに笑いながら妙が言う。花言葉なんていかにも女が好きそうな趣味だな、と銀時は思った。しかしあまりに嬉しそうなので、こちらも楽しくなった。彼女の笑顔はまさに花が咲いたようだと、自分でも驚くほどの気障な言葉が思い浮かんで慌てて口を抑える。

「坂田さんは何の花がすき?」

池の淵にしゃがんだ妙が振り向く。水面に反射した光が彼女の頬をキラキラと照らしていた。

「桜、とか?」
「桜ね、さくらは心の美です」
「ふうん」
「あっ、見て坂田さん!あそこの鯉の模様面白い」
「あ?どれ」
「あれ!ほら右側にハートマークがある」
「鯉に?」
「鯉に」
「こい、ね。あーホントだ」
「大きな鯉ですねえ」
「あれ」
「え?」
「なんか、匂いする」
「におい?」
「うん、ほらなんだっけ、あれ。秋によくあるやつ」
「あ、キンモクセイ?」
「そう、それ」
「本当だ。でもキンモクセイの木なんてないですよね」

妙はぴょこんと背伸びをして周りを見渡した。どこかにキンモクセイの木があるのだろうか。すると無理な体勢のためか彼女の身体がぐらりと揺れた。

「わ…っ」

銀時は思わずその身体を受け止める。当然、距離が近くなってしまうのは仕方のないことだ。

「…っすみません」
「いや、大丈夫?」
「はい」
「妙さん、かおが、」
「へ?」
「顔が赤い」
「なっ…そ、そりゃあ、こんなに近いと、」

妙は気まずそうに目を逸らす。キンモクセイの甘い香りが強くなった気がした。

「ねえ、ひとつ聞いていい?」
「なんですか」
「キンモクセイの花言葉は何?」
「えっ?」

妙が驚いたような表情をして、ばっ、と銀時を見る。その赤い頬に顔を近づけたいだなんて思ったのはきっと気のせいだ。そうに違いない。

「…はつ、恋…です」

甘い香りが頭の奥まで充満している。お見合い結婚なんてする気はないし、今日は会うだけ会って断る気だし、今後一切相手と会うことなんて、絶対ない。

(俺は一生独り身がいいんだ。適当に仕事して飲んで遊んで暮らしていきたいんだ。万が一結婚するにしてもこんな気の強い女は御免に決まってるっつーの)

(わたしは恋愛結婚がしたいのよ。それに男らしくて経済力のある人じゃなきゃ結婚出来ないもの。こんな不真面目で怠け者な人ないないない)

ポチャン。

二人の横で池に何かが落ちる音がした。何が落ちたのだろうか。石ころ?木の枝?それとも。
そして顔を突き合わせた二人は同じ事を思っていた。

((ありえない))



恋する秋


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