静かな夜だった。
銀時はその静けさすらも恨めしく思えて、消え入るような声をなんとか絞り出していた。

「い、一生、幸せにします…」

涼しい夜だった。
妙はその温度にもうすぐ冬が来ようとしている事を感じていた。

「信憑性がありません」

ぴしゃり。
弱々しく言った言葉を、凛とした声が一刀両断する。

「ですよね」
「はい、次」

坂田銀時という男の髪の毛が白い訳や爆発している理由は、彼の遺伝子レベルでの問題である。しかし今だけは目の前の女性、志村妙に起因していると言っても良いのではないだろうか。
ぐりぐりと頭を抱えて唸り声を上げ続けている。なんとも不憫な姿だ。

「あー、苦労は、させません」

それも信憑性がありません。と、またぴしゃり一刀両断される。

「世界で一番君が綺麗だ」
「気持ち悪いからやめてください」
「給料三ヶ月分の指輪を…」
「あら、くださるの?」
「ごめん用意できなかった」
「やっぱりね」
「子ども達で野球チームを作るのが夢なんだ」
「あなたそんなに養えるんですか」
「じゃサッカーチーム」
「増えてるじゃない」
「黙って俺について来い!」
「あァん?」
「すみませんでした!」

あああ、と嘆きにも似た声を上げながら銀時は項垂れる。脳みそフル回転だ。彼女の気に入る言葉をさっさと収めて後は強い酒を飲んで泥のように眠るしかない。こんなこっ恥ずかしい言葉の数々が自分の口から出たと思うと死ぬまで赤面しつづける自信があった。

「えーと、あ、坂田さんになってください」
「んー、なんかピンとこない」
「もうマジ勘弁してくれよ」
「あら、私は別にいいんですよ?」
「お前の味噌汁を毎日飲みた…くねえし」
「まあ、どうして?」
「そうだ、俺の味噌汁を毎日飲んでください」
「それじゃ銀さんが奥さんみたいじゃない」
「いや家事は俺の担当だからね」
「どうして?私が作ります」
「ダメダメダメ!」
「何でそんなに頑ななんですか」
「あー、えーと次ね。おじいちゃんおばあちゃんになってもずっと一緒にいてください」
「雑誌かなんかに書いてそうですね」
「うっせえな!あ、これならいーだろ。俺の洗濯物を毎日洗ってください」
「家政婦じゃないんだから」

ったく、ワガママな女。面倒くせえな…、と銀時は何気なく外を見る。


「あ…」


その瞬間、息をつくのも忘れていた。あまりに美しい夜空だったのだ。いつも気怠げな彼の瞳に強く大きな光が反映する。

「しょうがない人ですね、ほんとに」

銀時の悩み様を見て、妙はそろそろ観念してあげようと微笑んだ。こんなにたくさんプロポーズの言葉を聞けるとは思っていなかった。きっとこの夜は自分の一生の宝物になるだろう。
一緒になるか、と言われて泣きそうになるほど嬉しかった。泣いてしまわないように、そんな台詞では結婚してあげません、と意地悪な事を言ったのだ。だけど、ほんとうはどんな言葉だっていい。あなたがくれる言葉なら何だって。よろしくお願いします。と彼に伝えようとした時だった。疲れきってぼんやり外を眺めていた彼が言葉を発した。

「…つき、が」

銀時がゆっくり妙を見る。彼女の視線を促すようにもう一度外へ目をやった。

「え、」

妙も銀時に倣って外へ視線を向ける。そこには、

「…っ」

そこには、澄んだ濃紺の夜空と、その中央にまるい月があった。煌々と、強く光り輝いている。
視線を正面に戻した頃、銀時が自分のことを見つめていたので妙はドキリとした。いつから見ていたの。いつのまに見ていたの。

「月が、きれいですね」

まっすぐに目を見つめて言った。
彼が言ったのは月のことであろうか。

「結婚してください」

彼があまりにも穏やかに笑うものだから、妙はまた泣き出しそうになってしまった。

「は、い…」

思わず返事をする。胸がじわりと熱くなった。ここから二人は歩き始める。今までだって大変な事がたくさんあった。これからだってきっと色んな事が待ち受けているだろう。だけどそんな時は今日の月を思い出せばいい。そうすれば何だって越えていける。そう思えるくらいの美しさだった。
満ちた月の引力がふたりをきっと結び付けて離さない。

「あなたもそんな洒落た言葉知ってたのね」
「今日のことは今すぐ全部忘れろ」
「無理ですよ」
「いやまじ銀さん恥ずかし死に出来るレベルよ?」
「忘れないうちに日記に書いておこっと」
「鬼かテメーは!」
「だって忘れたら意味ないじゃないですか」

ふわりと笑う彼女があまりにも幸せそうで、その笑顔を作っているのが自分なのだと思うと銀時は言い知れぬ幸福感で満たされた。

「ばーか」

静かな夜だった。
涼しい夜だった。
月が綺麗な夜だった。
月よりきれいな人がいた。
生涯で一等愛しい人だった。



月が綺麗ですね
そういう季節ですね





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