坂田銀時


ゆるゆると目を開ける。その日は例年にないほどの大雪だった。真っ白く染まった世界に、また雪がちらつく。かじかむ指を差し出すと、手に落ちたそれが暫くして溶けた。ああ、おれにもまだ体温はあるんだな。どうして血って雪に映えるんだろう。別に血を流してるわけでも、返り血を浴びてるわけでもないが、そう思った。あの液体ほど雪に映えるものはない。染み込む血。飲み込む雪。薄気味悪く広がる。

「あー、さみ。」

目を空から外し、正面を向く。でたらめに視線を動かす。雪、白、ゆき、しろ。どうせどこを見たって雪の色ばかりだ。

「…あ、」

一瞬、完璧な白い世界に違和感があった。椿の木だ。何を勘違いしてしまったのか、こんな寒い日にひとつだけ椿が咲いている。

(血の次に映えるのは椿だな)

大きな花びらが開いてにっこり笑ってる。不気味だ。この世の終わりを告げてるみたいだ。雪に映えるものはぜんぶ不気味だ。銀時は苦笑した。

「あー…、さむいんだよ。クソが」

昨日斬った男の顔が思い出せない。体の芯までキンと冷える。ああ、あの店の羊羹が食いてえなァ。あの河原で花見がしたい。今日や昨日の出来事はぼやけて曖昧なのに、昔のことはとても色濃く記憶していた。あれは、あの日々はまぼろしだったんじゃないか。そう思うほど明瞭で、温かく、死ぬほど恋しい。今日つけられた傷が誰によってのものなのか思い出せない。すべての感覚や感情は凍って、麻痺して、きっと最後には壊死していくのだろう。

(寒い。さむいさむいさむい。)

この戦争はいつまで続くのだろう。どうしてこんな戦争に参加してしまったのだろう。誰が味方で、誰が敵なのだろう。何を護って、何を壊せばいいんだろう。何もわからないくせに、ただの怖がりなくせに、どうしておれはここにいるのだろう。ああ、みんなに会いたい。あの街に帰りたい。あの頃に戻りたい。なんで、おれ、こんなんになっちまったんだろう。あの嘘みたいに優しい場所へ行きたい。可笑しいくらい後悔まみれでおれは、今を生きている。

「…っ」

真っ白い世界。雪は吹雪いて、たったひとつ咲いた気の早い冬椿が笑いながら首ごと落ちた。その上にもどんどん雪が積もっていく。ああ。冷たい風が体内を走り、悪寒がする。なあ、それって、完璧な絶望じゃないか。終わりが来ないじゃないか。銀時は苦笑した。頬の筋肉がきちんと動いているかわからない。ほんとうに怖い時って、どうして笑えるんだろうか。
感覚のない頬に、ぬるい何かがつたった、ような気がした。


白い闇


ニーナ(2013/6/9)


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