りょう


幸福だとか、そういうものがそもそも私には似合わないのだと思う。昔からそうだった。たいていのものは持っているけれど、一番欲しいものは手に入らない。一番望むものは、一番遠いところにある。
ほら、例えばこういう子に幸せはよく似合うのよ。ソーサーの縁を撫でた。例えばこういう、コーヒーカップを両手で持つような子。

「わたしね、今とっても幸せ」

彼女は白い歯を見せ、曇りのない笑顔を見せた。素直で女の子らしくて、美容や甘いものや可愛いものに目が無いような子。一見一人じゃ生きていけなさそうなのに実際は芯の強いような、簡単に言えばわたしと正反対の子。

「このピアス彼がくれたのよ」

小さなクローバーのピアスが耳で光る。あれは可愛いかしら。ものは良さそうだけどセンスがないような気がする。だけど愛しの彼に貰ったものは、何だって嬉しいのだろう。話があるとこっそり耳打ちされた時点で、内容はほぼ把握できていた。彼女は欲しいものを手に入れたのだ。

「やっと恋人同士になれたんですね」
「びっくりしちゃった。まさか両思いだったなんて」

恥ずかしそうにはにかんだその姿は二つ年上の先輩とは思えない。入社した時から彼女は私を可愛がってくれた。私の彼女に対する感情は憧れに近い。
私は彼女を眺めながら、あの困ったように笑う男の顔を思い浮かべた。部署は違うが同期の男性社員。私と彼は大学時代からの友人だった。ゼミもサークルも同じで、どこか冴えないけれど頭の良い男。数少ない私の親友の一人。同期の彼と、先輩の彼女。

『あのね。りょうちゃん、わたし、ーー君のこと…』

『ああそうだ。おれさぁ、ーー先輩が…』

私にとって二人は何でも話せる人間だった。ただひとつのことを除いて。そうだ。二人が想い合っていることだけを除いて。うまく話を聞けているだろうか。良い具合にアドバイスは出来てるだろうか。いつものように笑えているだろうか。そんなことばかり気にしていた。二人とも勘がいいから。

「ねえ、りょうちゃん最近また彼氏と別れたんだよね?」
「え、ああ、まあ」
「りょうちゃんは強そうに見えて結構泣き虫だから、しっかりした良い人見つかると安心するんだけどな」
「…はは」

お前は以外と不器用だから早く本音出してくれる奴が現れると良いけどさ。冗談っぽく笑ったあの男を思い出す。ふたりの優しさは似てる。やわらかい強さも似てる。私にはないものを二人は持っていて、私はそれを必要としている。ねえ、そういうこと言われると泣きたくなるのよ。例えば私に恋人が出来たとして、その人がとても素晴らしい人だとして、だけど私はきちんとその人に依存できるのだろうか。二人を越える存在になんか出会えるのだろうか。わたしが勝手に傷ついているのは、大切な二人が二人だけで手を取り合って私を置いて行こうとしていることについてだ。どうしてよりによって彼と彼女なのだろう。ふたりは私にとって別の次元での親友だったのに。彼らがお互いを想い合うよりずっと、私のほうが二人を必要としているのに。

「今度三人でご飯行こうね」
「なんか、照れるな。二人とも知り合いなんだもん」

ねえ先輩。私はあなたもあいつも好きだよ。そんな二人が幸せなのに、どうしてこんな薄暗い気持ちになるのかな。
視界の隅で、センスの悪いピアスが光る。クローバーの形のエメラルドグリーン。幸せの象徴。わたしには遠い、届かない幸福のかたち。


不幸せはみどりいろ


ニーナ(2013/6/9)


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