土方十四郎


たまに自分を殺したくなることがある。死にたい、ではなく殺したい。子どもの頃からそうだった。たとえば正面から首をしめてやりたい。後ろから鈍器で殴りたい。心臓を鋭い刀で突き刺したい。そんな衝動にかられるのだ。

(なあ近藤さんよ、首を落とされるってのはどんな感じだ)

もう負け戦だということはわかりきっていた。時代は変わる。江戸は終わる。守ってきたものはすべて亡くなった。何かを救う力も、戦う力も、きっと自分にはない。だのにどうしてこうものうのうと生きているのだろう。どうして誰もまだおれを殺してくれないのだろう。どうしてみんなおれを置いて。

『土方さん。おれァもう長くないんでしょう』

白い部屋の中、血の気のない顔がにやりと笑った。いつものように意地悪い笑みを浮かべたつもりだろうが、それはとても弱々しかった。泣きたくなるくらい、薄弱だった。

『すいやせんねェ、結局アンタを殺れなかった』

そうだ。そうだよ総悟。何で殺してくれなかったんだ。おれさえいなければ近藤は打ち首にならなかったし、総悟は結核にならなかった。遡ればあいつの姉だって死ななかったし、故郷の兄だって盲目にならずに済んだ。きっとそうだ。すべての元凶はこの俺で、こいつさえいなければ何も問題なかった。真選組のしたことは何も否定されなかったはずだ。なんて哀れなのだろう。何の根拠もない自虐が大の男を支えてる。のちに屯所は焼けた。隊士は死に、街は廃れた。おれはひとり取り残され、図々しくも心臓は動き続けている。死ぬ価値すらないということなのだろうか。楽になんかさせてやらないと。

『屯所…屯所が…っ!副長!!』

誰かの叫ぶ声がただ耳から入っては抜けていった。燃えつづける屯所は面白いほどぼろぼろと崩れていく。残った灰は底なしに黒い。おわる。おれたちの居場所も仲間も存在意義もそして武士も。きえる。だけどそんな事はもうどうでもいい。ただひとつ。近藤が汚名を着せられたままであることが一番の苦痛だった。忌み嫌われるのはおれだけでいい。それはおれの役割だったはずだ。なのに、なのにどうして。頼むから、あの人のことを誰も汚さないでくれ。なぜ生きるべき人間ばかりがこの世を去るのか。毎夜誰も夢にも出てきてくれない。かわりにずっと耳の奥で奴達が笑ってる。あの頃の彼らが。

”一緒に江戸へ行かないか”

あの日、近藤がおれにかけた言葉。その目は希望と使命感に燃えていた。

”俺達にはお前が必要だ”

生にも死にも無関心だったおれを、彼は仲間に選んだ。あの人は馬鹿だから、見る目がないから、大事な選択を誤ったのだ。虚勢ばかりはってる腰抜けの鬼じゃ何も救えねえよ。だけどさ近藤さん。知ってるか。アンタはおれを救った。アンタはおれの光だった。おれを必要だと言ったアンタの馬鹿さが、おれを生かしてきたんだよ。

”なあ、トシ”

ずっと探し物をしている。死に場所とおれを殺してくれるもう一人の自分。そしてこの世界が遮断される瞬間。おれはずっと探している。


ブラックアウト


ニーナ(2013/6/9)


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