幽霊はいつもいるわけじゃない。むしろいてる事のほうが少ない。突然あらわれては他愛ない話をしたり、昔の話をしたり。何週間、何ヶ月も出て来ないと思えば、ひょっこり姿を見せる。そうやって幽霊と俺の関係は何年も続いた。人はこの世に未練や後悔があるから成仏できずに幽霊になる、と何かで聞いたことがある。では志村妙はいったい何に未練があって幽霊になったのか。いったい何を後悔して成仏できずにいるのか。




chap4.
二学期の終業式とクリスマス。





空気に触れる皮膚が痛い。冬がくるたびに、こんなにも寒かっただろうかと思う。今年も冬休みがはじまった。生徒のいない校舎は眠りについたみたいに静かだ。校庭には雪が散らついている。それは紛れもなく冬だった。大嫌いな季節だった。

“ねえ銀ちゃん、クリスマスはどうする?”

前回の同窓会の終盤で、神楽は自分にそう訊ねた。その言葉が冬が近づくにつれて思い出される。俺が返事をすることはなかった。仕事が山積みなんだよ。おれにはクリスマスなんかない。うつむいたまま、志村の幽霊に咎められたタバコを咥える。

『雪が降ってるよ、先生』
「ああ」
『冬なのね。先生』
「ああ」

窓の外を見つめたまま俺に話しかけた。彼女が自分のことを先生と呼ぶたびに、心臓が痛くなる。たぶん、これが切ないってことなのだろう。
冬は大嫌いだ。元来寒いのは苦手なのだ。何もやる気がしない。だけど毎年必ずこの季節はやってくる。何度も、何度も、繰り返し、繰り返す。

「志村ァ」
『なんですか?』
「うん、お前さ、」

こんなに寒い日は、あたまの奥で踏切の音がする。今日は朝からずっと、あの音が鳴り続けていた。甲高く命の危険を知らせる音。

「あの日のこと、覚えてる?」

ゆっくりと振り返った彼女がこちらを見つめる。
十二年前の二学期の終業式。あの日の夕方は今日みたいに雪は降っていなかった。だけど、刺すように空気が冷たかった。痛いくらい、寒かった。


『先生、わたし、幽霊ですよ』

ふっと笑って彼女は言った。俺は十二年前の冬を思い出す。オレンジ色のマフラーを巻いた志村妙。その身体は透けていないし、声はちゃんとこの世の空気を振動させていた。吹く風だってそのスカートを揺らしていたんだ。生きていた、十二年前。二学期の終業式。先生、と呼ばれて振り向くと彼女がいた。そうだ、踏切の向こうに。終業式が終わって、一休みしようとコンビニに出たとき踏切を渡った直後に聞こえた声。

――――
――

「せんせいっ」

吐く息がしろい。鼻のあたまを赤くした少女。ついさっき別れを告げた自分の教え子。おう。どした?忘れモンか?たしか俺はそんな言葉をかけたと思う。

「あのね、先生」

口ごもりながら、胸に手を当てる彼女に胸騒ぎがした。自分に向けられるあの笑顔。馬鹿か、そんな事あるわけない。生まれては自嘲して一蹴する仮定。五メートル先の少女。切羽詰まった表情に、緊張していることが伝わった。

「わたし…っ」

カンカンと鳴り響く踏切の音がした。これから電車が通ることを告げている。遮断機が二人のあいだを割った。やがて風を切って鉄の車体が通り過ぎた。志村の声を吸い込みながら。おれに伝えようとした言葉をかき消しながら。

「わたしーー」

――
――――


「あの日、二学期の終業式の日、お前、」

電車が通り過ぎたあと、おれは笑って、気をつけて帰れよ、と言った。はぐらかしたんだ。彼女が言いかけた言葉を聞き返してやることもせずに逃げた。最悪だ。それからもう二度と会えなくなるなんて、そんなの誰が思うか。だけど例えばずっと生きつづけていたとして、逃げた事実は変わらない。おれの臆病さと曖昧な甘えが彼女を傷つけていたかもしれないのに。

(お前、あのとき何て言ったの?)

聞けなかった。もしも、それが彼女を幽霊として存在させている後悔のひとつであるなら。その可能性が少しでもあるのなら。
言えなかった。消えないで。

“銀ちゃん、今年のクリスマスどうする?”

神楽の言葉が繰り返される。サンタクロースが世界をまわる。鈴の音はそこらじゅうで鳴り響く。浮かれ気分の街と人々。毎年毎年わざと山積みに残す仕事。志村の命が消えた、赤と緑の忌まわしい日。




ニーナ(2014/7/13)



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