“先生っ!!!姉さんが!!!”

電話越しにも伝わってくる緊迫感は今でも鮮明に思い出せる。あの時の新八は、真っ先に担任である坂田に連絡をした。仕事も何もかも放って今すぐ来てくれと、迷うことなく頼んだ彼に、その姉の身がどれだけ危険であるかを悟った。だけど信じられるはずもない。あれだけ若く健やかな少女。駆けつけた時にはすでに冷たくなった自分の生徒。生きるための処置はもう施されていないことに酷い違和感を覚えた。点滴もチューブも繋がっていない。もうあきらめられた状態の身体が、そこには横たわっていた。何が致命傷であるのかも分からないような綺麗な姿だった。白い頬を、いつまでも撫でつづけている彼女の弟。一緒に来た神楽の泣き声だけがひびく部屋。この世に見放された彼女は、死の底に落ちてしまった。

落ちて、もう二度と上がることは出来なくなってしまった。




chap3.
輪廻転生をあなたは信じる?






インスタントのコーヒーを作って机に置いた。コトリと音が鳴ったとき、白い湯気が上がると同時に彼女は現れた。

『こんにちは、先生』
「はーい。こんにちは〜」

くるりと回ってソファに腰掛ける。ニコニコ笑って足を揺らしていた。お化けでも足があるんだなあ、と俺は少しのんきな事を考えていた。

『同窓会はどうでしたか?』
「聞こえてたの」
『ちゃんと返事したでしょ?みんな年とってるのかしら。ねえ先生、教えて下さい』
「あーあー、もうみんな立派なおっさんだよ。ま、全然変わってねえけどな」
『そう。元気なのね』
「ゴリラとマヨとサドとジミーが警察だよ?ありえねーだろ」
『まあ、あのゴリラまだ生きてたのね。近藤くんは逮捕される側だと思いますけど』
「あとさっちゃんは探偵で九兵衛は柳生家を継いで神楽は相変わらず世界中回って旅してる」
『そう、神楽ちゃんらしいですね。小さな場所には留まれないのよ、あの子』
「あと新八は」

弟の名前を出すと、妙は視線をこちらにやった。

「あいつは…あいつも、元気だ」
『そうですか』
「今、あいつ教師だもんな。信じらんねえわホント。中学の社会科担当してて、剣道部の顧問もしてるってよ」
『先生より立派な先生だものね』
「うるせーよ」
『あの子、新ちゃんね、教師になりたいって言ってた。わたしがまだ生きてた頃』
「ふうん」
『でも、そっかあ』

彼女はソファを立ち上がり、窓の近くに行った。おれはそれを目で追いかける。窓から射す西日を、彼女の透けた身体は遮ってくれない。なあ、眩しいよ志村。

『新ちゃんが先生、かあ』
「うん」
『いじめられたりしないかしら』
「メガネだしな」
『メガネですもんね』
「お前は否定しろよ」
『ふふふ』
「まあ、たぶん大丈夫だよ。あいつ意外と根性あるから」
『ほんと?先生もそう思います?』

妙はくすぐったそうに笑った。何度も、噛みしめるように。年を追い越されても、大人になっても、姉は姉で、弟は弟なのだ。俺たちだって永遠に教師と生徒だ。

「なあ志村」
『何ですか?』
「死んだらさ、どーなんの?」
『どうなるって?』
「生まれ変わるの?それとも天国いくの?」
『知りませんよ。わたし成仏してないし』
「だよなあ」
『先生はどっちがいいんですか?生まれ変わってナマケモノにでもなるか、天国で雲の上でのんびり過ごすか』
「どんだけぐうたらなんだよ俺ァ」
『ほんとの事でしょう?』

妙はいたずらっぽく笑い、窓の外を眺めた。

「…どっちでもいーよ」

この世に吹く風は、もう彼女の髪を靡かせない。彼女のスカートを揺らさないし、彼女のすべてを無視して通り過ぎる。後ろ姿を見つめた。今にも消えそうな妙の背中を。どっちでもいいよ。生まれ変わりでも、天国に行くのでも、どっちでも。

「また、お前に会えるなら」

坂田がそう呟いた頃には、妙の姿は消えていた。





ニーナ(2014/7/13)



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