「せーんせ」

少し遅れた時間に、指定の居酒屋の個室に入った。その瞬間飛びついて来たのは猿飛あやめ。高校時代からのメガネと藤色のロングヘアは相変わらずだった。とは言っても彼女はちょくちょく会いにくる生徒の一人である。

「だあっ!離れろメス豚!鬱陶しい」
「やっと来たかインチキ教師」
「あん?なんだァ?土方くん改めチンピラ警察」
「何だと?やんのか」
「はいはい久しぶりに会って喧嘩は止めなせェ。みんなまとめてしょっぴきますぜ」
「ここには四人も警察いるからなァ。ははははは!」
「つか何で変態ゴリラが警察なってんだよ。先生恥ずかしいよまったく」
「ハーイ銀ちゃんも来たことだしもっかい乾杯するヨー!」




chap2.
置いていかれたのはどちらでしょう。





再会したクラスメイトたちの宴はすでに盛り上がっていた。外見や肩書きはもちろん変わったが、集まれば皆が己の立ち位置を思い出したようにあの日々にかえる。ああそうだ、たしかにこいつらは俺の生徒だったんだよなあ。懐かしんでいることを悟られないように坂田はいつまでも気怠そうに振舞った。

「ねえ先生、幽霊に取り憑かれてるってホントなの?」

猿飛がしなだれかかりながら突拍子もないことを言う。目が完全に座っていた。

「あ?何だソレ」
「今、生徒の間でウワサになってるのよ。坂田先生は霊感があってお化けに憑かれやすい体質だって」
「それはあまりにも先生に生気が感じられないからじゃないか」

ちびちび日本酒を呑んでいた桂が会話に入ってきた。相変わらずトンチンカンな人形を連れている。

「うっせーよ。俺ァもともと覇気がないキャラで売ってんの。お前らの時代からそうだったでしょ」
「だけど、国語準備室で誰かが話してる声がして覗いてみたら先生一人だったって言ってた生徒がいるって聞いたわ」
「つか何なの、さっちゃん。その情報源は何だよ」
「全蔵」
「…あの男」

前髪の長い同僚を恨んだ。厄介なことを面倒な奴に言いやがって。

「知らねえよ。面白がって言ってるだけだろ。そういう年頃なの。な、ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ」
「フーン。ま、いいわ。先生のそういうミステリアスなところも好きよ」
「そりゃありがとよ。さっちゃん」
「だけど、そうよね。幽霊なんているわけないわ。死んだらそれきり。でしょ?ねえ先生」
「ああ。当たり前だろ。」
「そうよ。だから、あの子もそう。」

グラスの縁をなでる。ずるずると長い髪の毛が頬にかかって、表情は見えなくなった。隣の桂が彼女のビールを奪い取る。

「飲みすぎだぞ。猿飛」
「わかっているわ」

あやめはそれきり黙りこくってしまった。遠くの近藤がぐいっとビールを呷るのが見えた。残った泡がだらりとグラスの内側に落ちていく。あやめの頬は赤いのに、浮かれた雰囲気が全くなかった。案外この生徒は傷つきやすい。自分で自分を傷つけて、泣きそうになるのだ。わかっている。みんなそうだった。懐かしい雑音の中にいると、どうしても考えてしまう。ここにいない、もう一人のクラスメイトのことを。
そのことに立ち止まっていてはいけない。だけど思わずにはいられない。外見も肩書きも変わったけれど、それよりももっと大きなものがひとつ、あの頃とは違っていた。

「校歌でも歌うか!」

ガハハと真っ赤な顔をして近藤が言う。恥ずかしいよ。覚えてねえし。と口々に文句を言いながらも、彼が歌い始めるとなんだかんだで大合唱が始まる。本当にお前は大将気質だな、と、かつての担任は思う。信頼されないはずがないだろう。あの日、誰よりも大きな声で彼女の名を叫んだのは近藤だった。まだ十七、八の彼はその時きちんと別れを告げたのだ。大人の自分が今でも出来ていないことを。進路を決める際に、いやに真剣な顔で言ったことが蘇る。

おれは――。先生、俺は、警察になります。

――


「今日はありがとうございました。先生」
「あー、こっちこそどーもな」

帰り道、一緒になった志村新八は背丈が同じくらいになっていた。ああ、疲れたな。やっぱりアイツらに会うのは体力が要る。何であんなに個性派なんだ。

「良かったですよ。みんな変わってなくて」
「いや、変われねえだろアイツらは」
「はは、そうですね。でも変わらず騒げて良かった」
「ああ」
「神楽ちゃん、結構悩んでたから。同窓会開くの。僕に、とっても言いづらそうに言ってきましたよ。また皆に会いたいって」
「そうか」
「神楽ちゃんがあんな顔、しちゃいけないよなぁ」
「ああ、そうだな」
「良かったらまた、開きましょう。同窓会」

笑った顔は変わらない。新八もたまには会うが、最近は仕事が忙しいらしく久しぶりの再会だ。彼は前を見据えた。夜に飲み込まれていくかのような道の先を見つめた。

「昔は置いていかれたって思ってました。あ、姉さんが死んだ時ね。僕を置いて、あの人は遠くに行くんだって。だけど最近ね、思うんですよ。置いてったのは僕のほうだったんじゃないかって」
「…」
「仏壇で笑う十八の姉さんを、置いて歩いてくのは僕のほうだよなあって」

新八はメガネをくい、と上げた。目頭を抑えたのかもしれない。

「会いたいなあ、もう一度」

今度は声が震えた。星がちらちらと光る。志村妙はどこにいるんだろうか。あの部屋から消えたあとに。だけどそもそもあの部屋に現れる彼女だって、本当はどこにいるのかわからない。彼女は十二年前、たしかに死んだのだ。星がやけにまぶしく、二人の頭上に輝いていた。





ニーナ(2013/12/12)
(修正2014/10/20)



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