キーンコーンカーンコーン


待ちわびたチャイムを合図に、生徒たちは音を立てはじめる。くるくる回していたシャーペンを早々に筆箱にしまう者や、チャイムを目覚ましがわりに眠りから起き出す者。あるいはカバンから財布を探す者やコンパクトを開いて化粧をはじめる者。雑音の中で教師が気だるそうに口をひらいた。

「はーい。んじゃ終わりー。あ、今日やったとこ来週テストだからー。」
「「「えー!!」」」

教師が最後に残した言葉に生徒が不満の声を漏らす。語尾を伸ばした口調の教師は生徒たちの不満を無視して教室を出た。

「もー最悪〜」
「ねー。今日の全然聞いてなかったし」
「ていうかさ、ねえ知ってる?坂田のウワサ」
「ウワサ?知らない。何かあんの?」
「何かね、部活の先輩に聞いたんだけどさぁ〜…」

――


授業を終えた彼の向かう先は職員室ではなく国語準備室だ。ほぼ自分の部屋のように使っている。部屋にはタバコの匂いがこびりついて、寝床と化したソファにはコミック雑誌が置かれている。男は眠そうな視線を正面にやった。

「おまえ」

声をかけた相手が振り返る。いつものように笑いかけた。

「お前来てたの」

『こんにちは、先生』

十二年前と変わらない、本当に何も変わらない姿で笑いかけた。透けた身体が纏うのは、改変される前のデザインのセーラー服。今そのセーラー服を着る者はいない。だけど彼女にはもうその服しかないのだ。なぜなら、彼女は


――

「坂田ってね、霊感が強いらしくって、お化けに取り憑かれてるんだってぇ」
「はあ?何それウケる。だからあんな覇気がないワケ?」
「あはは、そーなんじゃない?お化けに生気抜かれてたりしてー」





chap1.
幽霊は国語準備室にしかあらわれない。





志村妙の幽霊が見えるようになったのは、いつからだったろう。彼女が卒業するはずの年から何年かたった頃だと思う。ちょうど今日と同じように準備室の戸を引くと、そこにいたのだ。何の前触れもなく、振り返って”お久しぶりです”と声をかけられた日を思い起こす。

『先生なんか疲れてます?』

あの頃と変わらないポニーテールを揺らしてこちらの顔を伺った。

「疲れてるよ。最近の生徒は生意気だからな」
『まあ、思春期だもの仕方ないですよ』
「お前らよりかはマシだけどな」
『あら、そんなに生意気だったかしら。あのクラス』
「生意気っつーよりややこしい」

よっこらせ、とソファに腰掛けてタバコに火を着ける。

『ダメじゃないですか。禁煙になったんでしょ?この部屋』
「バレやしねえよ。誰も見てない」
『私が見てます』
「お前、おれにしか見えねえじゃん」

そう言えば、くちびるを突き出してそっぽを向いた。

『あっそ。じゃーもういい』

志村の姿が更に薄くなって行く。あ、やばい。今日はもう消えるつもりだ。

「まっ、ちょっと、おい待て」
『待てって犬みたいに言わないでください』
「今度同窓会があるんだ」

昨日届いたメール。意外なことに幹事は神楽だった。銀ちゃん先生へ。同窓会のお知らせです。ぜひぜひ絶対来ないと殺すアル。と半ば脅迫のような文面。生徒同士はどうだか知らない。だけど坂田自身があのクラスの面子と、揃って会うのは、彼らが卒業して以来のことだった。
厄介なクラスだった。個性の塊が集まったみたいな奴らで、あんなにも面倒だったのは後にも先にもあのクラスだけ。だけどその分仲も良かった。それでも今まで一度も同窓会が開かれなかった、その理由は。

『そうですか』

志村は笑った、と思う。そうですか、と言った頃にはもう姿は消えていた。
志村妙の幽霊は国語準備室にしかあらわれない。坂田にしか見えない。いつ現れるかわからない。どこに消えるのかわからない。

《私たちももう30歳アル。キリがいいし同窓会でもするネ!絶対来てね、銀ちゃん。》

神楽の胡散臭い中国訛りのメールに、おれは安心していた。志村妙が死んだ時、一番憔悴したのはあいつだ。だけど十二年もたったんだ。そうだ、その元気な文面に安心して、勝手に切なくなった。あいつらは十二年前のあの事から立ち上がろうとしている。

「なあ、志村姉。みんなもう三十路だぞ。お前、信じられるか」

時が過ぎる。年が重なっていく。彼らは立ち上がって、前を向いていくのだろう。俺を、置いて。







ニーナ(2013/12/12)
(修正2014/10/20)



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