(※だれもむくわれたりしません)

銀時と妙と近藤とあやめ


1.壊れた壁とほほえむ女

街中で彼を見かけた。今日は偶然だった。たまたま出会うというのは、意図的に鉢合わせを演じるより数段心が跳ね上がる。
その時の彼はいつものようにだらけた風貌ではなく、焼き尽くさんばかりにじっと一点を見つめていた。視線の先を見て、わたしは一つ瞬きをした。よく見知った顔がふたつある。

ああ、銀さん、あなた。
そう。そうなのね。

「あいしているのよ」

銀時は目線だけをこちらにやった。いきなりに話しかけたのに、さして驚きもせず曖昧に私の名を呼ぶ。早く失せろとでも言いたげな声色だった。
私が彼に言った愛してるという言葉はきっと数え切れない。だけど今回のそれは違う。いつも言う愛してるとは意味が違う。教えてあげるわ。

「あなた、あの人のことを愛しているのよ。そして嫉妬しているの」

私の愛しい男の人。とても可哀想。教えてあげる。大丈夫よ。

「好きだなんて優しいものじゃないわ。もっとドロドロした、憎しみに近い感情。ふふ。ヤキモチだなんて、なんだか可笑しいわ。ねえ、あの人…」

そこで私の言葉が止まったのは、彼が壁を殴りつけたからだ。私は薄く笑った。その減らず口とは対照的に彼の行動は可笑しいくらい素直だ。

「うるせえよ、黙ってろ」
「まあコワイ」

睨みつけてる瞳が赤い。その怒りは私に向けるべきものではないだろうに。

「ねえほら行ってしまうわよ。追いかけなくていいの?」
「…追ってどうすんの」
「さあ?間に入って男を殴る?」
「何の為にだよ」
「愛の為よ」
「馬鹿じゃねえの」
「それとも女のほうを殴る?」
「は?」
「出来ないでしょう。本当は殺したいくらいなのに。」

殺したいくらい憎らしく、殺したいくらい愛しい。そんな顔をしている。

「教えてあげるわ、銀さん」

私があなたの次に居場所を把握している人物。
いつもの桃色ではなく、落ち着いた藤色の着物を着ていた。笑顔の似合う彼女を、蔑むように射抜くように見つめた赤い目。惰性を被せて興味のないふりをしてるけれどよくわかる。

「あなた、あの人を愛しているのよ」

私の声を無視した彼は、彼女の行った方向とは反対に歩いて行った。
彼のその憤りごと、彼が憎んだ彼女ごと、私は銀さんを愛している。




2.苦い緑茶と嘘つき男

氷の入った緑茶が苦くて、俺は眉をひそめた。粒あんの美味い饅頭を口にしてもその苦さは消えない。向かいに座る女との付き合いは、決して長くはないがそれなりに親しい。恐らく彼女にとって自分は信頼されている部類だ。自信過剰ではない。

「そうそう。このあいだ新ちゃんがね、」

まるで昔からの知り合いのように、冗談を言い合う。遠慮のない暴言は家族に対するもののようだ。

「あのね、今度神楽ちゃんと…」

時々弱音を吐いて、時々八つ当たりされて、心を開いた者に対する振る舞いで女は俺に笑いかける。

安心しきった顔で。

わらい、かける。


「…さん?ねえちょっと、聞いてます?」
「あいつ、多分さァ」
「え?」
「多分、嘘つきだ」

きょとんとした瞳がこちらを見る。そこには警戒心の欠片もない。
俺はそれが愛しくて、そして憎らしくて堪らない。

「あいつ、お前に惚れてなんかないよ」

じわり。
脈絡のない言葉が彼女の安息を崩していく。

「惚れてる振りをしてるだけ」

その平穏を壊していく。

「本当はさ、他に好きな女がいる。あいつ自身は気付いていないかもしれねえけどな。でもさァ、」
「なに、」
「なあ、お妙」
「なにを言うの」
「お前は気付いているんだろう」

お前があんな顔を向けるからいけない。
信頼しきって、安心しきった笑顔を俺に向けるから。
だからその瞳が痛みに歪むのを、どうしても見たくなるんだ。

「お前は、あいつが他の女を愛しながら自分に向ける好意をギリギリのところで拒んでんだ」

自分の口角が上がっていることに気づいた。きっと不気味な顔をしている。その表情に少しでも絶望を感じればいい。

「真剣に向き合えば、あいつが気付いちまうもんなァ?」

少しでも恐怖を感じればいい。

「自分が愛しているのは別の女だって気付いて離れちまうもんなァ?」

パシン。

乾いた音が響いて、彼女の笑顔は完全に消える。はたかれた俺よりも痛そうに歪んだ顔を見た時、緑茶のしつこい苦さは消えて無くなっていた。うん。いいね、その顔。




3.無情な太陽と似合わない女

地面にめり込ませた後頭部を見つめた。太陽が光と熱と紫外線を降らせる中、私はいつも彼が放つ言葉を思い出していた。今さっきも言った。愛しています、お妙さん。

「どこですか」

声が震えていないか心配になった。だけど、どうしてそんな心配をしたのだろう。彼は地面から顔を引き剥がして、ニカッと笑いかける。

「私の、どこを、そんなに愛しているっていうの?」

蹴られて殴られて貢いで笑って笑って笑って。彼の笑顔はまぶしい。涙が出そうなくらいにまぶしい。

「えええ!そんなこと聞いてくれるんですか!」
「早くしてください」
「そっ、そりゃあ一番は美しさですよ!それから優しいけれどしっかり者で度胸があって家族思い!とても良い奥さんになります!もちろんこの近藤勲のね!」

ハァ、と息をつく。吐き気がする。無理やり食べた朝ごはんがせり上がってきそうだ。

「あなた何にもわかってないのよ」
「お妙さん?」
「私が近藤さんを好きだと言ったら、あなたは困ってしまうでしょ」
「一体なんの話です。何度も言っているじゃないですか。俺はお妙さんが、」
「だから何もわかってないって言ってるんです。あなた、本当は私じゃないのよ。」
「どうしたんですか、なん…」
「あなた自分で気付いてないかもしれないけれど私にとても酷いことをしてるのよ。義務みたいに好きだって、言われても、こたえられるはずないじゃない」
「な、何を言ってるんですか。それなら、貴女だって、本当は万事屋のことを」
「だからどうしてそうなるの!」

勘違いだ。どうしてそうなるの。そうなって欲しいの?そうなれば、あなたは私から解放される。振られる立場の、一途なままの自分で。 やっと、つぎに、進める?

「…お似合いですよ、あなた達」

いいえ、全然似合わない。お願いよ、ずっと見ないフリをしていて。

「だけどあの人はあなたじゃない人を見てるわ。あなたとは違って本気の恋をしてる」

ずっとこのままでいて。
似合わない似合わない。藤色なんて、貴方には似合ったりしないの。

「そうやって作り物の愛で、ずっと可哀想ぶってればいいわ」

もう何も言わなくなった彼の目を見つめた。
そしてわたしは、これからとても残酷な言葉を言う。

「わたし、あなたのせいで傷つきましたから」

固まったままの瞳を睨んで、踵を返した。
罪悪感の呪いと縛りで、彼がずっと私の側にいてくれればいい。ずっと、この茶番をし続けてくれればいい。




4.冷たい電柱とやさしい男

掴んだ腕がひんやりと冷たい。第一に思ったのはそれだった。いま目の前にいる女は自分が思っていたよりもずっと小さく細い。焦点の会わない視線がぼうっとこちらを見やる。

「ぎんさん?」

へら、と笑った目尻が赤い。
見回りの途中で女が電柱に絡みついていた。完全なる酔っ払いである。しかも、タチのわるい。

「銀さんなのね?」

知った人間だと分かって、見ないふりでもしようかと苦笑いをする。しかし電柱の前の店の大将がアイコンタクトを送っているのに気づいたのでそうもいかない。ハァ、と息をついて部下の運転する車を降りた。
その腕をつかむ。ひんやりと冷たかった。

「やぁっと迎えにきてくれたのね?嬉しいわ!今日は銀さんのために何でもしちゃう」
「猿飛」
「まァ、どうしていつもみたいにさっちゃんって呼んでくれないの?」
「酒くっさ…おい痴女忍者。早く家に帰りなさい」
「またそうやって焦らすのね!?いいわよ、乗ってあげようじゃない!」
「あーもう、うるっさい」

近藤は両耳を塞いだ。塞いだところで、何も遮られたりしないけれど。

「ねえ銀さん」
「銀さんじゃありません。警察です」
「髭を伸ばしてるの?チクチクするわ」

女の手が近藤の顔を包む。とろん、とした瞳は今にも眠りに落ちそうだ。(あ、また)

「あんまり絡むと公務執行妨害罪で逮捕だぞ」
「今日はそういうプレイなのね?」

いいわ、乗ってあげる。さっきと同じセリフを吐いて首に抱きついた。まただ。また、小さくなった気がする。

「猿飛」

言葉が通じない。支離滅裂な会話を繰り返す酒臭いこの女は、完全に自分に体を預けたまま笑いつづける。

「んーふふ、」

女が満足気にため息を吐く。ああ、と思った。この感情を、いったい何と言うのだろう。近藤は夜の空を見上げた。

「なあ、あいつは知ってるよな」
「んー」
「お前が本気なこと」

加虐心というものは、自分の中に存在し得ないと思っていた。だから、少し、衝撃的だ。

「そうやって馬鹿みたいに愛していると喚いて、一度だって真剣に伝えたことがないのは、言えば終わるとわかっているからだろう」

ひんやりとした腕が震える。また、小さくなった。この女はこのまま消えてしまうんじゃないだろうか。

「それを、だけど全部知った上であの男は生殺しを続けてくれてるんだな。お前が望む生殺しの状態を。」
「…」
「決定打は打たないまま」

耳元で囁く。甘い言葉なんかじゃない。きちんと聞こえるように。

「緩い拒絶は一生続く」

ドンっ、と勢い良く身体が突き飛ばされる。あ、良かった。消えたりしてなかった。震えた腕は相変わらず小さいままだ。

「やさしい男だな」

へたり込んだ膝が汚れるのも知らぬ顔。ぼんやりとした瞳はもう熱を持っていない。
女から目を放し、喧嘩の仲裁に手間取っている部下のほうへ向かった。

「何やってるんだお前たち!だらしないなぁ」

いつもの快活な笑みを浮かべて、チンピラの頭同士をぶつける。あんな女の、一体どこを好きになると言うのだろう。





マシカク事件!!
ぼくのわたしの好きな人がどうかどうか傷ついてしまいますように




ニーナ(2015/8/16)


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