銀時と妙



日々のケアは大切だ。継続は力なり。最近つくづくそう感じる。
お風呂上がりは優しくタオルドライしてからマッサージをしてドライヤーで丁寧に乾かす。乾かす時はヘアオイルを付けて、ブラッシングしながら、ていねいに。それが毎日のルーティン。オイルを手のひらでなじませると柑橘系の匂いが部屋に満ちた。自分の命がきめ細やかく、上質になっていくみたいで何だか嬉しい。

「明日、ちょっと遅くなるかもしれません」

テレビでバラエティの特番をしてる。年末って感じだ。妙は振り向かずに言った。オイルを髪に馴染ませる。暖かい手のひらが細い首を包み込んだ。まずはここからマッサージをする。

「なんで?」

後ろにいる銀時が返す。首なので強く揉むのではなく、優しく気持ちよく押さえる程度。次に耳の裏から頭を包むようにして指の腹でくるくる撫でる。

「ちょっとした忘年会しようって、今メッセージ着てました。たぶん仕事終わりに」

生え際から頭頂部、そして後頭部へと指でなぞるように流していった。妙は深く息を吐く。ぽかぽかして温かい。血がめぐる感じがする。
銀時はふうんと返した。小さくて聞き取りにくい声だった。ドライヤーを付けて一定の距離を保ちながら髪を乾かす。あまり近づけると、髪に良くないから。

「迎えはいいですから。先に寝ていてね」

ある程度乾いたら毛先からブラシを通しながら乾かす。んー、と返事が聞こえたような、そうでないような。ドライヤーの音がうるさくてよくわからない。

「銀さん?聞いて…」

上半身をひねって振り向く。銀時は不満げに口を開いていた。しかし妙と目が合った瞬間、慌ててそっぽを向く。
妙は顔がニヤけるのを堪えきれなかった。

「あーもう前向けって!ドライヤー出来ねえだろっ」

クスクス笑いながら大人しく前を向く。おそらくドライヤーの大きな音に紛れさせて、銀時は後ろで文句を言い募っていたのだろう。結婚してからというもの知り尽くしていたと思っていた彼の知らなかった色んな顔を見てきた。さっきの顔がどういう顔なのか、だから妙にはわかりきっている。
銀時はやや乱暴にドライヤーのスイッチを入れたが、そこまで不機嫌アピールにはならなかった。

「銀さんが乾かしてくれるようになってからね、綺麗になったって言われるの」

妙は少し声を張って言った。ドライヤーの音に負けないように。膝を立てて、ふくらはぎを触る。

「やっぱり日々のケアって大切なのね。髪にツヤが出てきた感じがするし枝毛とかも最近あんまりないもの」

テレビでなにやら芸人たちが笑っている。何の話してるんだろう。

「明日、やっぱり起きててもらおうかな」

また声を張って言う。

「寝る前にちょっとでもおしゃべりしたいし、できたら髪の毛も乾かしてほしいな、なんて…」

カチッとドライヤーをオフにする。テレビの笑い声が大きくなった。

「…そんだけでいーのかよ」
「え?」
「パンナコッタ」
「はい?」

妙はまた振り向いた。ドライヤーとブラシを持つ銀時を見上げる。

「明日はなあ、パンナコッタ作るんだよ。お前食いたいっつったじゃん。夜には出来上がってるし、絶対美味いし。それに、夜中にお前の好きな映画再放送するし、帰りとか普通に待ってるし、髪乾かすし、迎えだって別に…行くし。何時だって」

言ったかもしれない。パンナコッタ、食べたいって。でもそんな独り言みたいなの、ちゃんと覚えて、しかも作ってくれるんだ。ていうかわたしのお気に入りの映画の再放送、わたしは忘れてるのに覚えてたの。もしかして楽しみにしてたのかな。一緒に見ようって思ってくれてたのかな。
どうしよう。嬉しい。すごく幸せ。だけど何故か涙が出そう。どうしてなんだろう。どうして好きだと泣きたくなるんだろう。妙は鼻をすすって明るく声を上げた。

「わたし、あなたがこんなに甘いって知らなかったわ」

冗談っぽく言う。怒るかと思ったが、銀時は妙の髪を優しく撫でるだけだった。

「こっちだって同じだよ」
「あら、わたしもあなたに甘いですか?」
「そうじゃなくて、自分がこんなに女にデレデレするとか知らなかった」

ちょっとびっくりして彼を見つめる。ずいぶんと変わってしまった。日々のケアは大切。継続は力なり。髪も、命も、人生も、あなたが愛をくれるからどんどん良くなっていく。

「開き直りですか?」
「うるせえ」
「わたしね、あなたと結婚してから綺麗になったって言われるの」

髪だけじゃない。お妙ちゃん可愛くなったね。綺麗になったねって言われる。何かしてるの?どこの化粧品使ってるの?運動とか食生活とか何か特別なことしているの?そんなふうに聞かれることだってある。
妙は立ち上がり、ソファにいる夫の膝に座った。首に腕を回してギュッと抱きしめる。

「明日は映画見てパンナコッタ食べて夜通しパーティしましょうね。ふたりで」

背中に大きな手が置かれた。身体をもっとくっつけるようにぐいぐい押すからちょっと苦しい。おかしくなって笑いがこぼれる。ぽんぽんと肩を叩くと彼は力を緩め、顔を見るために身体を離した。

「終わったら連絡して」
「はいはい」
「じゃ仕上げするから下座って」
「えー」
「えーじゃない。ちゃんとしないと傷むだろ」

自分の膝から降りる気配のない妻を強制的に抱き上げ、床に座らせる銀時はつくづく、嫌というほど実感していた。妙の艷やかな髪の毛に指を通す。日々のケアは大切だ。身にしみて感じている。こうしていると、自分の命が上質になる気がする。血液はきれいに、疲れは飛んで、人生が良くなる気がするんだ。甘いよなホント。デレデレしやがってバカップルかよ。他人だったら反吐が出るだろうな。うるせー愛してんだバーカ。心で無意味な悪態をついて、銀時はまたドライヤーのスイッチを入れた。


ニーナ(2022/12/31)


back
[TOP]











×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -