銀時と妙(学パロ)



ー2月8日ー

は?バレンタイン?関係あるかそんなもん。どうせババアの古くせえ和菓子とか神楽のお情けの酢昆布とかさっちゃんの何入ってるかわかんねえ俺の等身大チョコぐれえしかもらえねえんだよ胸くそわりい。そのくせアレだぜ。土方とか沖田はいつも通り山ほどもらってよお。意外にヅラも年上からもらったりしてさあ。不良ぶってる高杉とか、女好きの辰馬もそれなりにもらえるんだぜ。それを横目で見てるだけ。まあ全然羨ましかねえけどな。断じて。騒ぎすぎなんだよ。バレンタインなんかなくなんねえかな。
…あ?志村?はあ?知らねえよ。別にそんなんじゃねえし。だいたいあいつのはチョコじゃなくて暗黒物質だからね。食いもんじゃねえの。何だよしつけえな。何でみんな俺とあいつをくっつけたがるワケ?迷惑だっつーの。そもそも俺はセクシーな女の子が好みだからね。は?可愛い?お前知らないの?あいつただのゴリラよ?だいたいなぁ…

「あいつのチョコなんかちっとも嬉しかねえんだよ」

放課後の教室。これと言った用事のない坂田銀時は、野球部が走るグラウンドを眺めたり吹奏楽部のチューニングを聴いたりしながら同じく暇らしい友人たちとだらだら雑談していた。
あと数日でバレンタインデーだ。街は色めきだち、男女共々そわそわしている。その日が近づくにつれてテレビや雑誌で特集が組まれたり、スーパーじゃ板チョコの側にレシピが置かれてあったり、とにかく落ち着かない。銀時の通う高校もその例外ではなかった。どうせ身内や熱狂的なストーカーくらいにしかもらえないので興味はない。期待もしない。そこで聞かれたのが志村妙についてだった。
彼女は微妙だった。何が微妙かと言うとチョコレートをくれるか否かということだ。妙は幼馴染だ。家が近く、家族ぐるみの付き合いがあり、幼稚園から今もずっと一緒でほとんど身内のようなものだと思う。だけど彼女は毎年必ずチョコレートをくれるかといえばそうではなかった。幼稚園の頃はスーパーのマーブルチョコ。小学校も低学年ころはケーキ屋のクッキー。しかし高学年になった時のバレンタインだ。家庭科の授業でつくった炭、もといカップケーキをもらい、ドジなヒロインもびっくりの料理下手が発覚した。不思議な事に分量も手順もあっているはずなのに灰になってしまう悲しい運命と相反して彼女は料理に興味を持ち、中学ではトリュフチョコレートと言い張るものをくれた。高校に入ってからは家庭科部に所属し、ついにケーキにまで手を出して泣かされた。まあ、つまり不本意ではあるがバレンタインにチョコをもらった事は何度もある。しかし自分たちはよく喧嘩をする。その真っただ中にバレンタインが来ることもしばしばだった。どうせ義理なので喧嘩中にはくれないし、バレンタインのために仲直りしようだとか、それをきっかけに歩み寄ろうだとか、そんな可愛らしい発想はないので妙のチョコレートは初めから勘定に入れていない。

ガラガラ。そのとき突然引かれた教室の戸の音が、いやに大きく聞こえた。

妙との仲を冷やかされることは何度もあった。両思いなんだろうとか付き合ってんだろうとかカカア天下だとか夫婦漫才だとか痴話喧嘩だとか、まあそういうこと。昔からそうだ。否定することもあれば、面倒でスルーすることもある。今は前者だった。それだけだ。

「…あ、ごめん。邪魔しちゃった?」

背後からやわらかい声が発せられる。ずっと近くで聞いてきた、よく知るものだった。

「あ、志村さん。どうしたの?」
「ちょっと忘れ物しちゃって」

他の男子の問いに短く、しかしにこやかに答え、自分の席から薄いノートを取り出し鞄に詰めた。

「じゃあね、みんな。バイバイ」

そう言って微笑む妙はいつも通りだ。踵を返し、ポニーテールを揺らしながら教室を出ていった。ガラガラ。同じ戸であるのに、先ほどと違って小さく聞こえる。

「あっぶねー」
「聞こえてなかったよな?さっきの」
「つーかやっぱ可愛いな。志村さん」
「幼なじみだろうが何だろうが羨ましいよ」

な、坂田。ポンと肩に手を置かれながら、銀時は自分が勢いで言った言葉を思い返していた。あいつのチョコなんかちっとも嬉しかねえんだよ。一見機嫌は良さそうだった。だけどアイツ、俺の方まったく見なかった、ような、気がする。あーーーっと言いながら突然頭を掻きむしる銀時に、友人たちは怪訝な顔をしていた。なんか嫌な予感がする。なにが、とは言えないけれど。


ー2月10日ー

「おはよう、妙ちゃん」
「あら、おはよう。九ちゃん」
「おはようアル、アネゴ」
「ふふ、おはよう神楽ちゃん。ご飯粒ついてるわよ」
「まじか!寝坊して急いで食べてきたネ!3合」
「3合?まあたくさん食べられたわね」

てへへと舌を出す神楽。明らかに食べ過ぎな彼女を甘やかす妙。嬉しそうに二人と喋る九兵衛。じい、と見つめてもいつもと変わらない彼女がそこにいた。カムフラージュにとジャンプを持ちながら奥の女子を観察する銀時の頭にズイと腕が乗せられる。

「旦那ァ。なーに見つめてんですかィ」
「なんだよサド王子。腕下ろせや」
「熱くるしいぞ。視線が」
「意味わかんねぇ。寄るなマヨラー」

用もないのにからかいにきた沖田総悟と土方十四郎に舌打ちをする。ザ・モテますブラザーズの二人はこの時期、自分に好意を寄せている女子から狙われ、その女子たちに好意を寄せる男子から妬まれる。もはや風物詩のような光景になりつつあるそれが不愉快極まりない。ちょーっと顔が良いからって調子乗りやがって。

「別に何も見てねえ。ジャンプ読んでただけだからね」
「そうですかィ?おっかしーな。たしかに志村さ…」
「おいいいいい!個人名だすな!だいたいあそこに女子いっぱいいるじゃん。神楽とか九兵衛とかりょうとかさっちゃんとか!なんで妙なんだよ!」
「別に志村さんなんて言ってませんけど?志村さんたちの方見てたじゃねえですかって言おうと思ったのになァ」

沖田は絶妙に腹立つ顔でペチペチ頭を叩いた。苛立ちながら奴の腕をはねのける。土方が反対側からフンと鼻で笑った。

「つーか何だよお前。バレンタインなんか滅びろって言ってたじゃねえか。なんだかんだ言って欲しいんだな、志村のチョコ」
「はい現行犯ー。お前いま志村っつったな。罰としてラリアットだコラ」
「べつに志村妙なんか言ってねえよ。俺が言った志村は志村けんだ」
「誰がバレンタインの話してて志村けんが出てくんだよ!何?バカにしてんの!?毎年食べきれないほどチョコもらえるからって調子乗ってんじゃねえぞコラ!てめーらなんかカカオの摂りすぎで死ねばいいんだよバーカバーカ!」

なにカリカリしてんだコイツ。教室で大声出すなよ。引くわー。
どうせ薬でも切れたんでさァ。あ、予鈴鳴るわ。死ね土方。
お前が死ね。
冷ややかな視線を送りながら土方と沖田は自分の席へ戻って行った。こういう時だけ息ぴったり合わせたりして胸糞悪い連中だ。

「カリカリだあ?」

別にカリカリなんかしてねぇ。変わりねえよ俺は。いつもの坂田くんだよ。俺じゃねぇ。アイツだ。俺はなぁ、アホみたいにずっと妙と一緒だったんだよ。春も夏も秋も冬も。何年も一緒にいてるんだ。
説明をしろと言われれば無理だ。感覚。直感だ。教室のドアの音。忘れ物を取りに来たと言った声。バイバイと笑った顔。躊躇いなく去っていった後ろ姿。揺れる髪。あ、やばい。と思った。ヒヤリとした。なにが、かわからない。だけど、とにかくまずいと心がどこかで言っていた。


ー2月12日ー

「なァ…妙……いや妙様?」
「どうしたの?銀時くん」
「いや、あ、あのさ、宿題教えてほしいんだけど」
「なんだ、そんなこと?どこ?」

やけに緊張しながら妙の元へ行き、機嫌を伺う。良かった。無視されなかった。とりあえずホッとして適当に問題集の問いを指差す。ああ、これね、わたしも苦労したの。この時はこの数式をあてはめて。それでね。白いゆびが問題集の上をするするとなぞる。妙の説明は意外とわかりやすい。だけど今は全く頭に入って来ない。ちらりと盗み見るも、怒っている様子は見受けられなかった。
わかった?銀時くん。ぱっと顔を上げれば意外と近くで目が合ってしまった。ああ、うん。さんきゅ。言うと妙の眉が不満そうに歪む。

「聞いてなかったでしょう」
「え」
「わかるわよ、何年一緒にいると思ってるの?とにかく、理解すれば簡単だからやってみて」
「今日は怒らねえのな」
「え?」
「だってちゃんと話聞かなかったら怒るじゃん、いつも」
「別に…私もちょっとは大人になろうと思って」

すっと問題集を返し、妙は立ち上がった。静かな拒絶。大人な態度をとられると、こちらは何も出来なくなる。
あの時の自分の軽口を彼女が聞いていたとして、その上で怒らないのだとしたら、ひどく見放されたようなこの感情は何なんだろう。うざったい注意や叱責のないこの数日が、何故こんなに重く感じるのだろう。自分は彼女に一体何を求めているんだ。こんなに長い間ずっと一緒にいたのに、わからなかった。


ー2月14日ー

バレンタインデー当日。土方と沖田は例年通り段ボールに入りきらないほどのチョコをもらってる。クソつまんねぇ。彼らほどではないがゴリラこと近藤も意外と多くもらっている。非モテキャラ守れよ。ヅラも知的なところが素敵だとかなんとかで何人かもらったらしいが、幾松という購買のキレイなお姉さんにもらって上機嫌だ。高杉はお付きのまた子はもちろん、他の女子もワイルドなところが格好いいとか言って結構もらっていた。辰馬は金持ちだしストレートな性格をしているので何だかんだでりょうちゃんや陸奥やその他女子からもらえるらしい。奴はお返しが凄いのだ。全蔵はさっちゃんに板チョコを手裏剣のように投げつけられて、あとはいつも遊んでる女にもらっていた。まあみんなブスだけどな。あとは新八だ。あいつは俺と似たようなものだが、何かと世話好きな上に可愛がられるのでちょくちょくもらっているようだ。メガネのくせに生意気だ。
しかし、自分だって悪くはない。数じゃねえ。今朝貰い物だと登勢に高級チョコレートをもらった。うん、おれは糖分さえ摂れればいいんだ。もう他にはいらない、ありがとうババア。あんただけが味方だよ。持つべきものはババアだ。

「あ、銀ちゃん!はい、バレンタイン!どうせ今年もたいしてもらえないでしょ」
「おお…ってうっせーよ。また酢昆布か?」
「ちがうヨ。さすがにかわいそうだからチョコにしてあげたヨ。新八と一緒のやつネ」
「うお、まじか。成長したねぇ」

どうやら生チョコだ。手作りらしい。神楽にこんなんもらえる日がくるなんて、と感慨深いものがあった。

「ありがとな」

くしゃくしゃに髪を撫でると神楽はニッと笑った。

「銀さ〜ん!ハッピーバレンタイン!」
「うわっ」

語尾にハートマークを付けて飛び乗ってきたのは猿飛あやめだ。しかし手渡されたのは去年や一昨年の自分の等身大チョコレートではなく、可愛らしくラッピングされたものだった。

「今年はちょっと変えてみたの!うふ、よかったら私も食べていいのよ銀さ…ガハッ」

お決まりなので、一応あやめの頭をぐいと押さえ込む。

「サンキューな、さっちゃん」

有難いので素直に礼を言うと、彼女はポッと顔を赤らめた。大人しくさせるにはこれが一番だ。

「銀時。今良いか?」
「おお」
「はい。これ」
「え、なにコレ、バレンタイン?」

去年転校してきた月詠が席へやって来た。そういえば去年のバレンタインは月詠はいなかった。机に置かれたそれは色々な種類のクッキー。売り物みたいだが手作りらしい。器用な女だ。

「まあ、ぬしには転校してから色々世話になったからな」
「マジか、ありがとうございます」

両手で持って大袈裟に頭を下げると月詠はプっと吹き出した。その後、りょうと花子に合同で義理チョコをもらい、阿音からはバラマキのチロルチョコをもらった。大量の義理チョコを用意していた徳川のそよにばったり会って、いつでも3ヵ月待ちの幻のブラウニーももらった。
なに?意外ともらえるんじゃん。みんな俺のこと結構好きなんじゃん。捨てたもんじゃねえなバレンタイン。やっぱ滅びなくていいわ。わざと明るく独り言を言いながらかばんに詰め込んだチョコレート。その中にいつもの灰みたいに真っ黒の不味いチョコはない。今日は一度も話していない。気を取り直して昼食を買うために購買へ向かう途中で名前を呼ばれる。振り向くとツインテールの少女がいた。

「九兵衛」
「これ、よかったら」
「え、チョコ?」
「ああ。妙ちゃんから世話になってる人には義理チョコをあげるものだと教わった」
「世話なんかしてねえけどなぁ。でも、ありがとな」

ゆるく笑って受け取った。神楽と一緒に作ったのだろうか。同じラッピングの生チョコだ。銀時はそれを見つめながら口を開く。

「なあ、九兵衛」
「何だい?」
「…あいつからもらった?」
「あいつ?」
「志村」
「ああ、妙ちゃんか。もちろんもらったよ」

妙の話になるや、彼女の目はパッと明るくなった。あいつも用意はしているのか、とそこで確認する。教室で誰かに渡している姿はまだ見ていなかった。

「君はもらっていないのか」
「あー…、うん。まあ」
「喧嘩はしていないんだろう?きっとくれるよ。ま、義理だけどね。妙ちゃんは義理堅い人だから」
「へーへーそうですねぇ」
「あ、でもそういえば今年はいつもと違ったな」
「え?」

九兵衛は顎に手を置いて首を傾げる。何か疑問に思う事があったらしい。一方的に話して颯爽と去って行く彼女から視線を外し、銀時は小さなプレゼントを片手に天井を見上げた。

「あー…」

人生で一番収穫のあるバレンタインだと言うのに、どんどん気分が落ちていく。午後の授業をサボろうと保健室へ足を運んだ。教室には甘ったるい匂いと浮かれた男女とそれ以外の冷ややかな空気が混じっていて、何だか目が回る。教室から保健室までの道のりに家庭科室があり、何気なくそこを通るとロッカーの下から何かがはみ出しているのに気づいた。

「なんだコレ」

すっと取り出すと、ノートだった。真新しい。名前も、教科名もかかれていない。しかしページをめくると誰のものかすぐにわかった。ガトーショコラやカップケーキ、チョコチップクッキー、生チョコ、トリュフ、ケーキ…などのレシピの数々。これを見ながら作ったのだろう。所々に材料のシミがある。

「…」

ペラ、とそこからまた何ページかめくると、きれいな文字で【バレンタインリスト】と書かれてあるページに出た。字を見ただけで誰のものかなんて明確だった。
【市販】の欄にはバイト仲間や何人かの教師、世話になっているご近所の名前。
【手作り】の欄には新八、神楽、九兵衛、おりょう…など何人かの友達。土方や沖田の名前も書かれていたが、「たくさんもらうからいいか」と追記され二重線で消されている。意外にも近藤の名前もあったが、その横には「一週間大人しくして邪魔にならなかったら!」と注意書きがあり、上から二重線。
そして銀時の目はある一点で止まり、そこから動かなくなった。神楽の名前の隣にぐしゃぐしゃに消された文字がある。目を凝らすと「銀時くん」と書かれていた。追記も何もない。ただ、なかったことにされている。そして最後にページ全体に上から蛍光ペンで大きく×マーク。市販リストも手作りリストも消した俺の名前も、全部ひっくるめてバツだ。これはいつ書いたバツなんだろう。そういえば、と、さっき最後に九兵衛の言った言葉が頭で繰り返される。

『そういえば今年はいつもと違ったな』

あの後、彼女はこう続けた。

『今年は市販だった。初めてだよ。間に合わなかったのかな』
『市販?』
『ああ。デパートで買ったって言ってたんだ。もちろん美味しそうだけど手作りじゃないのは意外だったから…。放課後に家庭課室で練習してたから楽しみにしてたんだけどな』

間に合わなかったんじゃない。銀時はわかっていた。間に合わなかったんじゃなくて、止めたのだ。ぼくは手作りがよかったな、と九兵衛は少しだけ寂しそうに笑った。どうせ不味いのに。不恰好で、真っ黒なチョコなのに。
ノートを閉じる。ぱたぱたと背後の足音に気付き、銀時はゆっくりと振り向いた。妙だった。

「あっ…」

ばつが悪そうな表情をしながら、彼女の視線は銀時の手にある。

「それ、」
「これ、お前の?」
「うん。…見た?」
「…見てない」
「そう。返して、私のなの。」

早く渡せと催促する妙にノートを差し出すと、彼女は素早くそれを握った。強く引っ張られ、反射的に力を入れる。

「…銀時くん?」
「…」
「何のマネ?」

離したら。いま、離したらダメだと思った。
ノートを掴みながら間抜けなポーズで二人は睨み合う。

「はなしてよ」
「…なあ」
「なに?」

妙は怪訝そうな顔をした。

「チョコくれないの?」

一瞬の沈黙が訪れる。

「…ほしいの?」
「うん」

妙はため息を吐いてノートから一度手を離し、手さげの中からガサガサとひとつ小さな箱を取り出した。ハートが散りばめられ可愛らしくラッピングされたものだ。デパートのロゴマークが書かれてある。

「はい」

これでいいでしょう?と不機嫌に渡す妙を見た。

「…はやく取ってよ。ていうかノート返して」

今年はいつになくたくさんチョコレートをもらえた。大量だ、大収穫だ、棚ぼただ。すげえ嬉しい。バレンタイン万歳だ。

「ねえ、銀時くんってば」

だけど、気分が上がらないのは。引っかかってしょうがないのは。その理由も原因もちゃんとわかっている。ノートは離せない。その市販のチョコレートも受け取れない。

「ちょっと、いい加減に…」

苛立ってきた妙の右手。投げやりに差し出されたチョコレートではなく、その手を掴んで引いた。驚くほど簡単に、軽く、彼女の身体はバランスを崩してこちらに倒れた。

「きゃっ…」

いっそ怒ってくれればいい。そしたらごめんって言える。いつもみたいに殴ったっていい。静かに拒絶して、勝手に見放して、大人になったなんてこと言うから。だから調子が出ない。わかってるよ畜生。全部俺の子供みたいな我が儘だ。

「これじゃないやつがいい」
「は?何言って…て、いうか…ちかい」
「あるんだろ?手作り」
「…な、何が」
「何年一緒にいると思ってんだよ」

毎日毎日、きっとこの女はチョコレート作りに勤しんでいたはずだ。やはり上手くいかず、ぎりぎりまで悩んで市販のものを買った。絶対そうだ。そんなことくらいは予想できるほどの付き合いだった。

「妙」
「…だって」
「え?」
「だって、迷惑って言った」

妙は自棄になったように銀時を見上げた。

「え?」
「嬉しくないって言ってた」
「…やっぱ聞いてたのか」
「わかってるよ。あんなの、冷やかされて勢いに任せて粋がって言っただけだって」
「い…粋がってとか言うなよ」
「でも本当に全然上手くいかないんだもん。何度やっても真っ黒だし、どうせ不味いもん。みんな上手に出来るのに…。こんなの貰ってもやっぱり嬉しくなんかないって、ちゃんとわきまえただけよ」

妙は唇を引き結んでうつむいた。幼い頃の顔とまったく同じだ。涙を我慢している時のクセ。ああ、もう。怒られるかもしれないのも、誰かに見られるかもしれないのも覚悟で妙を抱きしめる。

「ごめん」

わかってる。全部俺の我が儘だ。だけど思春期男子の天の邪鬼を甘く見ないでほしい。左と言えば右に行きたくなるし、気になるあの子はいじめたくなる。ほしいものをほしいと言えないでいる。真っ黒だし、びっくりするほど不味いけど、それにありったけの心が込められている事を嫌と言うほど知っている。

「…銀時くん」
「うん」
「わたし泣いてないよ」
「うん」
「はなしてよ」
「やだ」
「やだって…恥ずかしいんだけど」
「俺もだよ」
「じゃあ離して」
「…」
「ねえ聞いてる?」
「わきまえんなよ」
「え?」
「迷惑になるとか嬉しくないとか考えるな。真っ黒くても不味くても押し付けろよ」
「何…それ」
「どうせ上達なんかしねぇよ。わかってるよ。でもそれでいいの。いつもみたいに理不尽に無理やり食わせろよ。調子出ねえんだよ」

素直に歩み寄るほど子供でも、上手く気持ちを伝えられるほど大人でもない。自分で言うのも何だが、本当にいちばん微妙な時期なんだよ。腕の中の妙が漸く力を抜き、呆れたように笑う。

「銀時くんってドMなの?」
「うるせぇ。さっさと寄越さないとチューすんぞ」
「はいはい。そんなに私の手作りが欲しいのね」
「…マジでうるせー」
「ふふっ」

どうせ思春期の面倒くせえ痛い男子だ。もうわかったから。だからどうか、君のカバンの一番奥、きっと寂しそうにしているチョコレートを俺にくれ。

ニーナ(2021/2/14)


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