銀時と妙


その言葉はつい、ぽろっと、口から出た。寒い日が続く中、今日は珍しく気温が高かった。つまり頭がぼけっとしていて、たぶん、あまり何も考えてなかった。だからついぽろっと、気づけば言っていたのだ。
見下ろした妙の額に日が反射して眩しい。

「お前って俺のこと好きなの?」

春になるには早いがまた真冬に戻るのは嫌だ。寒いのは悲しい。惨めな気持ちになる。俺のこと好きなの?頭の中で自分の声が響いていた。
だってお前、たまに優しいから。だって俺が女と喋るとちょっと不機嫌だから。だってわざわざ苺牛乳を差し入れたかと思えば何でもない話をして、試しに晩飯を誘えば頬を染めて笑うから。その笑みがまた子どものように素直で、嬉しそうで、だから、勘違いしたっておかしくないだろう。
言葉を受けた妙は、ぴたりと動きを止めていた。突然の事態に固まっている。笑顔が消えてしまったことが残念だった。窓から入った風が彼女の髪を撫で、その揺れを見るまで銀時にはまるで時間が止まったようだった。妙の時間もまた動きだしたらしい。唇が小さく開いた。

「はい」

潤んだ瞳が自分を見上げる。今になって心臓が早鐘を打ちだした。

「はい。そうです」

バクバクと激しい動悸の中、ポーカーフェイスが崩れていく。今日は珍しく暖かく、暖かいというより、もはや暑い。熱いぞ、これは。

「って言ったらどうするんですか?」

妙は大きな目でまっすぐ銀時を見た。どうするってお前、どうしようか。はは、と気まずさを回避するような笑い声が出る。

「こ…困るよな、色々」

言ってからハッとする。悪い癖が出た。何でも茶化せばいいって訳じゃない。妙の瞳が揺れ、徐々に下を向いていく。ヤバい。違うんだ。咄嗟に腕を握る。そうしないと逃げ出してしまいそうな気がした。

「何です」
「違うって」
「何が違うんですか」
「お前変に捉えてんじゃん」
「好きって言ったら困るって事でしょ」
「いやいやいや、ちょっと待て」
「待ってますけど」
「困るっつーのは、あれだよ。まず命の保証がねえじゃん。新八だろ。ゴリラだろ。九兵衛だろ。ボコボコにされるよな。お前他にもストーカーいんの?店の客とかさ。そいつらにも殴られたり恨まれたりするかもじゃん。場合によっては神楽とかババアにもどやされるかもしんねえし。あとさっちゃんってやたらお前のことライバル視してね?バレたらまた厄介だろ。だからって黙って付き合うのも面倒くせえし。つーかずっと隠すわけにもいかねえし。あとお前料理下手だし。食ったら視力落ちるし。視力だけならまだしも健康被害あるかもしんねえし。つーかすぐ暴力ふるうし」

な?と妙を見る。彼女は怒ったような、悲しいような、それこそ困った顔をしていた。

「ほら。お前と付き合うと命の保証ねえだろ?」
「そうね。じゃあ、ふればいいじゃない」
「いや、じゃあって」
「何ですか」
「そんな簡単に言うなよ」
「丁重にお断りすれば如何ですか」
「いやいや言い方じゃなくてね」
「何なんですか」
「それが出来ないから困るんじゃん」

手首をぎゅっと握る。細っこい腕だなと思った。つーか結局好きなの。そうじゃないの。ああもう格好つかねえな。はあっと息を吐いて、ぶっちゃけるけど、と妙を見る。しょうがない。もう白状するしかない。

「俺はね、お前の誰にでも優しいところとか、分け隔てない笑顔とか、そういうのにムカつく時があるわけよ」
「…はあ」
「それがどういうことかわかる?ホント、まじでさあ。困るんだよ。お手上げだわ」
「すみません。全く意味がわかりません」

うん、だよね。そりゃそうだ。俺だって意味わかんねえよ。でもさ、俺は違うんだよ。みんなと同じが嫌なんだよ。さっきの子どもみたいな笑顔とか、稀に見せる涙とか、間抜けな姿とか、ボーッとしてるとことか、照れたとことか。たぶん他の奴の知らないそういうの、頭の中でいっぱい集めたりしてんだよ。自分で自分がキモいんだよ。わかってるよ。でもしょうがないだろ。みんなと同じは嫌なんだ。

「俺はね、お前の世界の中で俺だけ分けてほしいわけよ。隔ててほしいんだよ。何なんだよマジでこれ」
「…それって」

妙は困ったように眉を下げて苦笑いをする。

「私に特別扱いしてほしいってこと?」
「…そうだな」
「へえ」
「へえって」
「でも私と一緒になると命の保証ないんでしょ?」

どうするの?と尚も苦笑した瞳が問いかける。銀時は唇を尖らせた。掴んだ手首の感触に集中する。とくとくと脈打つ感覚がある。妙の音がする。
なあ、お前俺のこと好きなの?だって街で偶然あったら嬉しそうに笑ってくれるじゃん。新八や神楽の心配事とか仕事の愚痴とか漏らして、ムカつく時は拗ねたり、無意味にちょっかい出したり、他の奴に見せない顔見せるじゃん。それってどうなの。好きなんじゃないの。違うの?面倒くせーよ、もう。妙は確かに暴力的だし、料理は凶器だし、誰にでも優しくするもんだから信者が多くて物騒だ。だけどそんなもんは百も承知だ。

「命が惜しけりゃお前なんかに惚れねえよ」

やけになって妙の背後の壁に手をつき、逃げないように追い詰める。相手も、自分も。もう後戻りは出来ない。だから困っている。どうせ止められない。どうしようもなく惹かれて鳴り止まない。どんどんうるさくなって、聞こえないふりはもう出来ない。だから俺は困っている。ずっと困っている。
なあ頼むよ、好きだって言ってくれ。後生だから。

「私だって…」

妙はまだ苦笑を続けながら目を伏せた。どうしようと言った様子で首をかしげ、銀時の着流しをぎゅっと握った。

「私だってずっと前からあなたに依怙贔屓してほしいですよ」

やっと顔を上げた妙は不本意だと言わんばかりに、あるいは照れ隠しのように銀時を睨み付ける。しかしその頬はふわりと色づき、窓からの風がまた彼女の髪を撫でた。珍しく暖かな冬の午後だった。

ニーナ(2021/1/30)


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