妙が目を覚ますとまず視界に入ったのはピンク色だった。それが何かを理解するより色の情報だけが流れ込む。次に見えたものもピンク色だった。次も、その次もそうだ。そのうち覚醒してきて頭の痛みに気づく。これはあれだ。二日酔い。

「ここ…どこ?」

自宅ではない。うちにこんなどぎついピンクはない。攻撃的なショッキングピンクに目をしかめ、頭を抑えながら起き上がる。ハート型のベッド、可愛らしい鏡、やはりピンクの壁。隣には男。しかもーー。

「ぎ…銀さん?」

よく知った銀髪がすやすやと眠っていた。
どう都合よく解釈してもここはラブホテルだ。二日酔いの頭痛とぽっかり抜けた昨夜の記憶。考えれば考えるほどまずい状況だった。勇気を振り絞って自身を見下ろす。しかし幸い着物はきちんと着ていた。銀時のほうも同じだ。大丈夫。過ちは犯していないはず。身体の不調も頭痛と悪心だけだ。二人とも泥酔しきって近くのホテルに入り、単純に"寝た"だけだろう。いくらか安堵した妙は気持ち良さそうに熟睡する男を揺すった。

「銀さん、ねえ起きて」
「ん…うーん、もうちょい」
「ねえちょっと、ってあれ?コレ何かしら」

両手で叩いてやろうと布団の中に潜り込んでいた左手を出すと、見覚えのないものを持っていた。ウサギのぬいぐるみだ。

「こんなものどこで…」

ああもう、だからお酒って嫌なのよ。滅多にない酒の失敗に後悔しながら妙はぬいぐるみを見つめる。ゲームセンターにでも行ったのか。二匹並んだウサギの頬っぺたがくっついていた。一匹は蝶ネクタイをして、一匹は白いワンピースのような格好をしている。幸せそうに笑って二匹で花束を持っていた。まるでそれは新婚のカップル。花束の部分に何かが書かれていた。

"祝!ご入籍おめでとうございます!"

「ええ?」

何これ、結婚祝いのぬいぐるみ?こんなものどこから持ってきたのか。しかも真新しい。店にあったものを勝手に持ってきていたりしたらどうしよう。はあ、とため息をつこうとしたその時。

「は?」

妙は自分の目を疑った。目をこすり、もう一度注意深くそれを見る。ご入籍おめでとうの下に名前が書かれているのだ。誰かが手書きしてくれたような文字。何度読んでもそれは"gintoki & tae"だった。

「は?え?」

どうやっても理解が追い付かない。更にその下には見慣れた役所の文字が書かれていたので余計混乱する。慌てて巾着から携帯を取り出し、何か手がかりになるものはないかと操作をした。そして妙は青ざめて固まった。
手がかりどころではなかった。アルバムにある最新の写真。どう見ても銀時と妙が並んでピースをしている。おそらく役所の夜間窓口の前で、二人で婚姻届を持ちながら、呑気にピースをしているのだ。画面に入ってぶん殴りたい。
妙は息を吸い込んだ。もう一人では到底抱えきれない。

「きゃーーーーっ!!!!」

小さな部屋に響く悲鳴に、やっと銀時が起きた。頭がいつもより爆発している。

「うるせぇ…何、いま何時…って、ここどこ」

さっき自分がした覚醒をイチから始めようとするので、妙は乱暴に銀時の胸ぐらを掴んだ。

「ここはラブホテル!酔って入ったみたいですよ!でも多分何もしてないわ!それより銀さんっ!」
「は?え、あ、はい?」
「昨日の事、覚えてます?」
「昨日?昨日は、えーと…お前んとこ行ったっけ?」
「そうよ、あなたが店に飲みに来て私も仕事終わってまた飲みに…で、そのあと」
「そのあと…んー二件目までは覚えてんだけど…あ、カラオケ行ったか?」
「ああもうっ」
「何だよ。何そんなにイラついてんの?ヤってねえだろ。大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないの!ヤってるヤってないの次元じゃないの!」
「はあ?」

訳がわからないと言った表情の銀時に携帯の画面を差し出す。恐らく数分はそうして固まっていた。彼の顔が妙と同じように青ざめていく。

「何、これ」

精一杯の笑顔は、全く笑えていなかった。

結局どちらも記憶がないので憶測にはなるが、役所を通った際に入籍の記念品であるウサギのぬいぐるみを見た妙があれ欲しいとか言って、婚姻届出したらタダでもらえるらしいぞとか銀時が言って、そこら辺の通行人に証人になってもらって、その他諸々躓くはずの障害を乗り越え何の問題もなく受理されてしまったのではないか。二人とも本人確認できるものを持っていたし、それぞれちょっとした理由でいつもなら持たない印鑑もあり、戸籍謄本はコンビニで出せる状態になっていた。しばらくピンク色の天井を見上げていた二人だったが、昼頃一か八かで役所に行った。やはりしっかり紛れもなく夫婦関係になっており、何を言っても取り消しは認められなかった。とぼとぼ帰り道を歩く頃には街はすっかり暮れていた。

「どうするよ」
「どうしましょう」
「まさか酔っぱらって結婚するなんてな」
「みんなに何て言うのよ」
「やっぱ離婚か」
「こんな事で籍に傷がつくなんて」
「じゃあ…とりあえずやってみる?」
「え?」

橋の真ん中、銀時が立ち止まる。欄干に腕を乗せ、夕焼けに目を細めた。

「結婚、このまま始めてみるか」

妙は不思議だった。何故か腑に落ちてしまったからだ。その提案が一番良策のように思えたのだ。銀時の見ている夕焼けに視線を移す。ほっとするような、泣きたくなるような、そんな感覚に包まれる。綺麗な夕焼けだ。綺麗なものを綺麗だと思えるのだから、大丈夫かもしれない。

「そうね」

まさか、あり得ない、どうしよう、でも取り返しがつかないから、とりあえず。そうやって始まった夫婦だった。坂田妙って、少し言いにくいわね。目下の不満がそれだったので、妙は苦笑して銀時の隣に肩を並べた。


『え?じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんは好き同士じゃあないの?』


いつか幼い初孫が、母親に祖父母のなれそめを聞いて言うのだ。自分の大好きなおじいちゃんとおばあちゃんは、お互いを大好きじゃないの?坂田家の長女である母親は我が子を抱いて微笑む。
銀婚式の時に明かされた夫婦の秘密。決して褒められた話ではない。身内としても情けなく、笑える話だ。二人でなければ成立しなかったであろう。酔っぱらい二人の手違いで生まれた家族は、順調に輪を広げていくのであった。

『大好き同士じゃないとあなたは生まれていないわよ』



ニーナ(2020/10/24)



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