「見合いするらしいな」
ドカっと正面に座った銀時が開口一番そう言った。苛立ちを隠そうともしない態度を怪訝に思いながら妙は湯飲みを置いた。近頃やっと涼しくなってきたおかげで熱いお茶がおいしい。
「ええまあ。何で知ってるんですか」
「街歩けば嫌でも耳に入る」
「あらそんなに噂になってるの」
美人って罪なものね、と妙はいつもの具合で頬に手を当てる。
「本気なの?」
「何がです」
「見合い。お前結婚したいの?」
「そりゃ結婚はしたいですよ」
「見合いで見つけるつもりかよ。月9みたいな恋はどうした」
「だって頼み込まれちゃったんですもの」
そうだ。妙だって見合いなどするつもりはなかった。しかし昔から世話になっている呉服屋の奥さんからどうしてもと言われてしまったのだ。
もうオッケーしちゃったのよ、お妙ちゃん。わたしの顔を立てると思って、ね?目の前で手を合わせる彼女を無下には出来なかった。
「会うだけでいいからって言われて」
フーン、と銀時から冷めた返事が返ってくる。つんけんしたその態度に妙は軽く睨みを入れた。
「何なんですか。言いたいことでもあるの」
「べっつにィ〜。その気もないくせに顔合わせに行って適当に済ますのって人としてどうなのって思っただけですゥ〜」
「はあ?私だって断れるなら断りたいですよ。でもいつもお世話になってるし仕方がないじゃないですか」
「へーへーそうですね。まあでも向こうにしてみりゃ迷惑な話だよな。真剣に見合いしてんのに相手が冷やかしだなんてよ」
「なっ…!」
何だそれ。確かにその気がないのに会うなんて失礼だけどそうするしかなかったのだ。何もからかうために行くんじゃない。やけに刺々しい銀時に妙も苛立った。何故こんなにも咎められなくてはいけないのか。よりによって、あなたに。
「じゃあ銀さんは私が相手の方と結婚すればいいって思ってるのね!」
「そ…っんな事言ってねえだろ!バカかお前!」
「言ってるじゃない!いいわよ。じゃあ結婚します!ご忠告どうも!」
「はあっ!?」
睨み付け視線を無視してお茶を飲む。何なのよ。意味わかんない。
「もういい。…じゃあ俺も見合いする」
「え?」
「俺もどうしてもって言われてんだよ。断るつもりだったけど、お前がそうなら俺もそうする」
「な…なんで私のせいにするのよ」
理不尽な言い分だった。だって私たちのあいだには何もない。言葉も、名前も、理由も、確かなものがひとつもない。
「んで俺も見合い相手と結婚して所帯もって、お前とするこんな馬鹿馬鹿しいやりとりともオサラバだ」
「何よそれ…」
オサラバだなんて言いながら、そこに清々しさは少しも感じられなかった。しかし吹っ掛けられた手前こちらが歩み寄る気にもなれない。妙は唇を噛んだ。どうしてこんな話になってしまったのだろう。どうして、どうしていつもうまくいかないんだろう。
「…勝手にすればいいじゃないですか」
「勝手にするよ」
「私には関係ありませんから」
「マジで可愛くねえな、お前」
「あなたこそいつまでたっても馬鹿なんですね」
互いに嫌味を言って睨み合い、同時に茶をすする。顔を合わせていたくなかったが自分から立ち去るのも癪だ。
薄ら寒い空気が漂う中、突然子供の声が割って入った。どうやら外にいる子らが何の遊びをするか話し合っているようだった。かくれんぼと花いちもんめで別れているらしい。やがてリーダー各らしき男の子の声が言う。
『じゃあこれで決めるぞっ』
冷戦状態の銀時と妙の間に子供たちのはしゃいだ様子だけが流れ込んでくる。その温度差が自分たちのむなしさを助長した。要約すると彼が提案したのはつまりコイントスだった。表はかくれんぼ、裏は花いちもんめ。キィンという金属音の後、呆気なく決まったかくれんぼが始まった。楽しげな笑い声が弾け、それぞれが鬼から隠れるために物音は静かになっていく。なあ、と銀時が呟いた。
「俺らもケリつけようぜ」
顔を上げる前に男の手がずいっと視界に入ってくる。手を開くと小銭が一枚そこにあった。どくん、と胸が鳴った。
ケリをつける。わたしたちも。一体何に、などと白々しいことは今さら言えない。
隠れた場所で息をひそめる子供たちにつられ、妙も慎重に空気を吸った。
「いいですよ」
受けて立つわと背筋を伸ばした。
「表だったら今度の見合い相手と真剣に向き合う」
「はい」
「裏だったらーー」
銀時は妙を見る。カチリと合った視線が鍵をかけられたように動かない。硬貨を裏の面に返して言った。
「俺とお前が結婚する」
さらりと秋の風が頬を撫でる。ぎゅっと握り込んだ指先が冷たい。
「…わかりました」
妙が頷くと銀時は硬貨を親指の背にのせ、ピンと弾いた。くるくると銀の硬貨が回り、残像で変な形になっていく。息が苦しかった。心臓が爆発しそうだ。下降に差し掛かったそれから目を離し、妙はすがるように銀時を見た。既に妙を見ていた彼の視線が突き刺さり、胸が苦しくなる。やだ。やっぱりダメ。やめよう。思った時にはもう硬貨は床に落ちていた。ころころ、ぐるぐる、円を描きゆっくりと倒れる。
「あ…」
漏れた声はどちらのものだったか。しばらくの間呆然とそれを見つめ、やっと沈黙を破ったのは銀時だった。
「悪かったな。変に絡んじまって」
重そうに立ち上がり、まだ動けないままの妙を通りすぎていく。ピシャリと戸の閉まる音でやっと息を吸った。涙が流れた。驚くほど素直に、次から次へと流れた。床に手を伸ばし『表』を向いた硬貨を拾う。しょせん私たちは二分の一の確率に頼らなければいけないほど意気地なしで、二分の一の確率にすら見離されるほど縁がなかったという事だ。
「…っ」
いつだって胸の奥底で想っていた。分かりきっている感情だった。私はこんな簡単な答えすらも出すことができないのか。こんな近い距離すら届かないのか。本当にこんな最後でいいの?自問を繰り返し硬貨をぐっと握りしめる。
いやだ。
妙は立ち上がった。玄関までが遠い。もつれながらやっとたどり着き、戸に手をかける。それを引くと予想していたより勢いよく戸が開いたので思わず身体がつんのめった。
「きゃっ…」
とん、と肩が何かにぶつかる。見上げると銀色の髪が目に入った。ぐしゃぐしゃの髪だった。まるで感情に任せてかきむしったみたい。引き返した銀時は居心地悪そうにしながらも真っ直ぐ妙の目を見る。
「あの…」
「…焦ったんだ」
「え?」
「お前が見合いするって聞いて」
「…」
「本気じゃないってわかってもムキになって嫌味なこと言った」
「…わたし」
妙は手を開いた。硬貨が表を向いたまま収まっている。二分の一の確率なんかじゃない。たったひとつなの。百パーセントなの。
「表でも裏でもあなたがいいの」
銀時の袖をぎゅっと握る。
「私以外と結婚したりしないで」
彼は困ったように眉をさげ、この上なく優しく微笑んだ。
「それ、俺のセリフ」
ニーナ(2020/10/24)
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