銀時と妙

庭に茂る葉っぱの色が濃い。脳みそで暴れているみたいに蝉の声がうるさい。空には固そうな入道雲が浮かび、太陽の注ぐ光はとても強い力で地面を焼く。水に入れた素足はその光を蹴散らすように揺れた。真夏の真っ昼間。志村邸の縁側。桶に水を張り、薄紅の着物は捲られ、白い白い膝小僧があらわになっている。隣で同じように足を水に浸ける銀時は女の脚からそっと視線を外した。汗が首から背中におちた。

「暑いわ」
「あんま言うな。余計暑い」

涼をとらせてあげるからコンビニで氷買ってきてください、と妙が銀時を呼びつけたのは一時間ほど前だったろうか。言いつけを守って馬鹿みたいに氷を手に訪れると、彼女は縁側で足を水に浸けていた。なまぬるい水だった。なるほど確かに氷が必要だ。冷蔵庫に製氷室あるくせに。とは、言わなかった。

「じゃ、これは?」

妙が水を蹴り上げると、ぴしゃりと銀時のふくらはぎに当たった。

「つめたい?」
「うん。まあまあ」
「銀さん、汗かいてるわ」
「そりゃあかくだろ。この暑さだもん」
「そうよね。やっぱりこんなんじゃ涼まないわよね」

やっぱりクーラーかしら、と部屋へ視線を移した。志村邸の冷房は最近調子が悪いのだ。反応が悪かったり効きが甘かったりする。修理するか買い替えるかしなければいけない。

「今日はとりあえずこれでいいじゃん」
「あらそう?」
「せっかく氷持ってきたんだし」
「そっか、それもそうね」

妙は腕を伸ばして水に浮かぶ氷の中から小さめのものを取った。宝石のような氷がそのまま首筋へ運ばれる。

「太い血管を冷やすといいそうですよ」
「へえ」

首に当てられたそれは、言ってる間もどんどん溶けていく。流れて衿元を濡らしていく。

「首とか、脇とか、脚の付け根とか」

ほら銀さんも。妙はまた氷をとって銀時に差し出した。細い指に乗ったそれは、また宝石のように輝いている。

「首とか脇とか脚の付け根とか?」
「そうよ」

受け取って見てみると、つるんと透明でキラキラと光っている。
機嫌の良さそうな妙は水の中で氷を踏み、自分の足を冷やして銀時の脛にそれを乗せた。

「…なに」
「つめたいですか?」
「つめたい…けど」

つめたい。そしてやわらかい。おまけにしろい。それからちいさい。そんなものが己の足にぴたりとくっついているのを見て、銀時は不思議な気持ちになった。水に浸かるこの四本の足は俺たちじゃないみたいだ。こういう生き物のようだ。と、そんなことを思った。

「もう、いっそのこと水浴びでもします?」
「は?」
「だから水浴び」
「ふたりで?」
「そうよ。新ちゃんも神楽ちゃんも出掛けちゃったじゃない。この天気だし、濡れたってすぐに乾くでしょ」

妙の瞳は黒く輝いていた。ただ暑さを和らげたいという純粋な思いしかそこになく、自分の脛に乗った彼女の足も、喉から鎖骨に流れる溶けた氷も、銀時をいちいち苛立たせるのだった。

「えっ」

気づいた時には足首をつかんでいた。自分のではない。妙の、だ。
彼女は驚いていた。当然だ。しかし自分の足に乗っていたので捕まえるのは容易だった。

「ちょ、なんですか」

妙は身動ぎをする。銀時は無言のままだ。

「ねえ銀さん、何なんですか」

もう片方の手にある溶けはじめた氷を妙の足首にくっつけた。びくりと動いたが逃がしてやらない。

「ねえ、ちょっと」

膝に向かって氷を上らせてゆく。するすると白い脛のあたりを滑り、つぎつぎ水滴が落ちた。銀時は自分の手がもはや自分のものでないように思えた。足も、手も、もう自分のものではない。

「ちょ…っと、銀さん、やめて」
「…」
「ねえ、どうして黙っているんです」
「…」
「な、何か怒ってるんですか?」

妙は急に不安になった。何か言ってほしいと思った。こんなに暑いのに銀時の手が動くたび背筋が粟立つ。ついに氷が膝まで到達し、一筋の水滴がつうっと腿へ流れた。

「…っ」

妙の顔に熱が集まるのと同時に、銀時がふっと笑みをこぼす。

「ガキだな」
「え…?」
「いや、冷やそうと思っただけだよ」
「…何を」
「…脚の付け根?」

力を緩め、やっと手を離した。銀時が乱暴に立ち上がると派手に水しぶきがあがり、妙は咄嗟に目をつむった。

「帰る」

慌てて目をあける。男はさっさとサンダルを履いて振り向きもせずに庭を出ていく。濡れた足も拭かずに。振り向きもせずに。置いていかれた妙は目を丸くして呆然としていた。

「…なんなのよ」

訳がわからない。ガキって何のことなの。誰のことなの。頬に手を当てる。ひどく熱かった。

「あつい…」

もうよくわからない。妙は身体を縁側に倒した。あつい。一緒に涼みたかっただけなのに余計に熱くなってしまった。

「…あっつ」

そのころ銀時は志村邸の外を歩いており、すでに足は渇き始めていた。持ってきてしまった氷はもうすっかり小さくなっている。

「クソガキだ」

投げやりに呟いて氷を口に入れる。舌の上で瞬く間に溶けて消えた。

「いや、つーかキモすぎだろ」

空も花も葉も色が濃い。蝉がうるさい。脳みそが溶ける。蝉がうるさい。心臓みたいな鳴き声だ。
それもこれもすべてはこの異常な暑さのせいだ。


ニーナ(2020/8/12)


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