銀時と妙


「アンタもいい歳なんだからそろそろ身固めたらどうだい」

煙草の煙と共に吐き出された言葉がスナックお登勢の中に響き渡った。新八や神楽は騒ぎ疲れてとっくに机に突っ伏しており、ベロベロに酔っぱらった長谷川は何やら妻の名前を呼びながらビール瓶を抱きしめている。たまは店の外の掃除に出ており、キャサリン
は泥酔して厠かどこかでつぶれているのだろう。つまりこのスナック内で正常な意識があるのは、今話をしているお登勢と、話しかけられた銀時、そして彼の隣に座っているお妙の三人だ。二ヤリという擬音が聞こえてきそうなお登勢の微笑に、銀時は舌打ちをしたい気分だった。鎌なんかかけても意味ねえよ。心の中で呟こうとしたのに口に出ていたようだ。お登勢はおや、とわざとらしい声を出した。

「鎌って、誰にだい?」

今度は本当に舌打ちをして酒を流し込む。意味ない。意味がないんだよ。かまなんて、かけたって。

「あら」

隣の女がいつもより随分と舌足らずな声を上げた。銀時はまた心から舌打ちをしたくなった。ついでに溜め息も出そうになる。頼むからお前は入ってこないでくれ。

「何を言っているんですか、銀さん。お登勢さんの言うとおりです」

ああ、もう。これ以上落ち込ませなるなよ。

「…るせえやい」

もうやめろ。この話は終いだ。そう言って、明らかに飲み過ぎな妙の手からグラスを奪おうとする。しかし盛り上がりが下降してきた酒の席で、久しぶりに湧いた楽しそうな話題を簡単には手放したくないらしい。グラスは奪えなかった。

「わかりました。では私が候補を割り出してあげましょう」

何が『わかりました』で、どうして『では』につながるのだろう。銀時は頭を抱えたくなった。少しはこっちの気持ちも考えてほしい。

「候補かい」
「ええ任してください。いくら銀さんがモテないからって希望はあるんですから」
「へえ、たとえば?」

ババアめ。こっちを見て笑うな。銀時の不機嫌などすぐに見通すはずの妙の勘の良さは、酒にかき回されて姿を隠してしまったらしい。すっかり乗ってしまった彼女は、胸を張りながら人差し指をたててニッコリ笑った。

「候補その1。お馴染み、猿飛さんです」
「お馴染みじゃねえよ。お前はストーカー被害者でありながらストーカーの肩持つのか」
「結婚できるかどうかの話です。彼女はストーカーするくらい銀さんにゾッコンなんですよ?あなたがその気になれぱ100%結婚可です」

たしかにねぇ、と合いの手を打つお登勢に向かって今度は人差し指と中指を立てる。

「候補その2。憧れの的、結野アナです」
「アホか。いや、結野アナは大好きだけれども」
「まあ待ってください。これはかなり確立低いですが、奇跡的にも知り合いになれました。あなたが死ぬ気で頑張れば10%くらいは可能性あるかと」
「ほうほう」
「候補その3。お色気十分、月詠さんです」
「妙にリアルなとこいってんじゃねえよ」
「月詠さんとあんまりそういう話したことないですけど結構脈アリじゃないかと思われます。女の勘よ。そうね今のところ50%くらい確率あるんじゃないかしら」

以上です。うふ、と口を引き結ぶ。なにが、うふだよ。全然可愛くねーよ。とろんした目で微笑みながらまた酒に口を付ける。オフで飲んでるということもあり、彼女は店で見るよりずいぶん幼く見えた。それに優越感を感じているのだから、単純だと自分でも思う。

「なるほど立派なプレゼンだね。どうだい、銀時。どの候補が良かった?」
「うっせーよ、ねーよ誰も」
「どうして?新ちゃんも神楽ちゃんもいつまでもいてくれるわけじゃないんだから、ちゃあんと看取ってくれる人を作んないとダメですよ」
「え、なに?死ぬ時のために嫁探すの?」
「まあその他諸々です」
「なんだそれ。驚くほどありがた迷惑なんだけど」

つーかお前に誰をオススメされても嬉しかねーよ。なんて言えるわけもなく、憮然とした顔でスルメを噛みしめる。

「猿飛さんは外見は抜群ですけど性格にかなりの難がありますしねえ」
「難どころじゃねーよ犯罪だよ。最早病気だよ」
「結野アナは陰陽師の一族だと聞きました。夫婦喧嘩になった時に呪い殺されそうですね」
「結野アナに殺される前に兄貴に殺されるわ」
「月詠さんは…万事屋に入ってくださるのかしら?」
「は?」
「ほら、結婚しても吉原に居るわけにもいかないじゃない?」

それとも銀さんがお婿さんになるの?

「……」

はああっと嫌味に溜息を吐いたのにも関わらず妙はいまだ真剣に悩んでいる。
その場合は新ちゃんと神楽ちゃんは連れて行かないで下さいよ、なんて馬鹿なことまで口走りながら。

「とーにーかーくっ!!ナイから!!はいもうこの話止め!!!」
「何恥ずかしがって いるんですか。せっかくいい物件揃えたのに」
「物件ってお前どっかの敏腕不動産屋か。つか恥ずかしがってねえ。嫌がってんだ。ホンキで」
「じゃあどういう人がいいんです」

拗ねたように唇を尖らせた妙がぐいっと顔を近づける。

「ちょ、近いって。…いや、だから、まあ…例えばもっと身近なやつがいーと思うんだよね。俺的には」

うだうだと我ながらハッキリしない台詞しか言えず、お登勢が呆れたように笑っている。見てないけど、いいや、そうに決まってる。

「身近なやつ…って」

もしかして、と妙は手を顎へ乗せた。

「え、でも…」

そう言って狼狽える彼女に期待するお登勢と、内心口から心臓が出そうな銀時は息を飲み込んで次の言葉を待った。気づいたか、ようやく。妙はすこし困ったように眉を下げ、顔を上げた。

「そりゃあ身近ですけど…。その、相手はどう言ってるんですか?」
「…は?」

一拍置いて銀時の間抜けな声が浮かび上がった。

「え、なに、誰だと思ったの」
「誰って…だから」

戸惑いながら周りを見渡すと、妙は内緒話でもするように銀時の耳に顔を近づけた。こんな事でもどきりと鳴ってしまう自分の心臓が、心の底から恨めしい。なんで、俺ばっかり。こっそり耳打ちする馬鹿真面目な声が、しかしまあ見事に淡い期待を砕いてくれる。

「そりゃあ、神楽ちゃんは可愛いですけど年が離れすぎている気がするわ。お互いが良いっていうなら応援はしますけど…」

世間の目は厳しいと思いますよ?万事屋も気まずくなったりしません?それに銀さんって意外とロリ……

「だーっ!」
「ちょっと、うるさい!」
「アホだアホだと思ってたけど…お前まじでアホなんだな」
「アホとはなんですか。失礼な」
「いやいやいや、今のはお前が悪いよ!ありえねぇだろうが!」
「そ…そうなんですか?なんだ」

本当にそうなら、ちょっと、どうしようかと思いました。妙は幸せそうに眠る神楽の頭をそっと撫でて笑った。もうちょっと具体的に言う必要がありそうだ。自分もやはりきちんと酔っ払っているらしい。変に意固地になってしまっていた。先の見えない話に飽き始めているお登勢は何やら明日の準備でもしているのだろうか、もう二人の話には入ってこなかった。

「だから、よく聞けよ?例えばだなぁ」
「たとえばかりね」
「うっせー、とにかく聞け」
「はいはい」
「まず、顔が整ってて強くて優しくて、でもまあ、完璧なのは可愛くねえからな。料理は出来ないくらいでいい。んでどっか俺と似たモン同士」
「はあ」
「…みたいな奴がいいかな?」
「かなって。結構具体的ですね」
「…そうか?」
「いちばん始めに出てくる条件が顔が整ってるって贅沢ね。そんな事言ってると一生見つかりませんよ」
「いや、いるだろ。俺の身近で、そういう奴」

ほらほら、と妙の顔を見やる。

「…もしかして、銀さんその人のことが好きなんですか?」
「え?」
「本当は好きな人がいるから私のプレゼンも却下だったんですか?」

プレゼンって…お前ね。いや、しかし腹くくるしかねえかな。

「あー、まあ…うん、いや、そんな感じ?か?」
「まあ、そうだったの?いやだ、私ったら…野暮な事しちゃった」
「いやいいんだよ別に。そいつ全く気付いてねーし。もう嫌んなるよ銀さん」
「あなたのアプローチが足りないんじゃないですか」
「ちっげーよ。そりゃお前、俺ァ奥手のアンチクショウだけどよぉ。ちょっとはちょっかいかけてんだぜ?向こうが鈍感すぎるんだよ」
「ちょっかいって子供じゃないんだから」
「永遠の少年だ」
「ん?」
「あ?」
「あれ?ねえ、もしかしてそれって…」

妙はまた何か思い当たったように口に手をあてた。神楽ではないかと言った時より深刻な顔をしている。銀時の鼓動はまた大きくなった。

「土方さん?」
「あほかああああああ!!!」
「声が大きいです!」
「ぐふぅっ!!」

だからって殴ることないだろ。いや、殴れ。むしろ殴って気絶させてくれ。この残酷な現実を断ち切ってくれ。

「…お前ね、今何て言った?言ってみなさい」
「だから、ひじか…」
「もういい!止めろ!!!」
「あなたが言えって言ったんじゃないの。大丈夫よ。国籍だって年齢だって性別だって愛があれば越えられるわ」
「ちょっといい事言ってんじゃねえよ!うげっ…マジで吐きそう。どう考えたら俺が土方に惚れてる事になんだよ」

ぎっと睨み付けると、唇を尖らせながら妙は天井を見上げた。条件を照らし合わせながら指折り数える。

「顔が整ってる」
「はあ?どこが」
「一般的には かなり美形ですよ。町でも人気です」
「知らねーよ。瞳孔開いてるだけじゃん」
「あと、強いし」
「いや、強いって剣術的にとかじゃなく…精神的にって言いたかったんだけど」
「精神的にも強いんじゃない?あんな上司とやってけるんだもの」
「ゴリラなんざ手懐けりゃチョロいだろうが」
「ストレス半端ないと思いますけど」
「いや、でも優しくはねえだろ!!鬼の副長だよ!?」
「ただのツンデレでしょ?」
「じゃあ料理出来ねえってのは?」
「あの人の食べてるもの何でも黄色くなっちゃうでしょう?深刻な料理下手だと思います」
「バカ舌なだけだろ」
「それに銀さんと似た者同士。これは自分でもわかるでしょう?」
「いや認めてないからそんな設定」
「設定も何も似てるのよ。変なところとか」
「似てないって」
「でも…まあ違ったみたいですね」
「当り前だろうが」

なんだ、とつまらなさそうに口をへの字に曲げる。わかってるよ。妙が俺の事を考えてくれていること。しかしそれがもう少し自分の望むように動いてくれれば。とも思ってしまう。欲張りだとはわかっていても。

「もういーよ。地道にがんばるし」
「地道になんて言ってないで、グダグダしてたら誰かにとられますよ?」

かくん、と首を傾げて諭すお妙の頬は酒のせいでほんのり赤く、黒い瞳はかすかに潤んでいる。グダグダしてたら 誰かにとられますよ、だと?お前がそれを言うな。わかってる。わかってんだよ。コイツに惚れる奴なんてたくさんいる。自分よりふさわしい奴がいるのもわかる。でも、

「お妙」
「えっ?」

銀時は妙の細い肩をつかみ、自分と向かい合わせた。

「銀さん?」

長谷川は起きている。寝たふりをしている。お登勢も気にしてないように店のことをしつつ神経を二人の方へ向けている。一度起きそうになった新八は、すでにタヌキとなっていた神楽の一発が入り気絶。そして、行け、言っちゃえ、というテレパシー的なものが四方八方からガンガンに送られてくる。
こんなみんなの前で。色気もくそもねえとこで。でも、今しかねえよ、誰にも取られたくはない。そんなのまっぴらゴメンだよ。

こうなりゃヤケだ。

「おれがすきなのは、お前だ」

一見いつもと変わらないスナックお登勢は、いまだかつてない緊張感に包まれていた。ついに言ったぞオイ。どうしよう。ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ……。妙は銀時の目をじいっと 見つめていた。おいおい可愛いなコンチクショウむかつくな。ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドk………あれ、俺いったよね?ちゃんと言えてたよね?聞こえたよね?

「あ…の、お妙さん?」
「え?ああ…」
「ん?」
「そっか、ふふ…」

妙は何かを悟ったように小さく笑みをこぼした。

「銀さん、」
「え、あ、はい」

妙がふわりと笑うと、自分の肩にある銀時の手をやさしく握った。

「わたしも、あなたが好きです」

心臓が飛び出そうだ。長谷川や神楽が言葉をかけようとむずむずしているのがわかる。お登勢がいつもの二ヤリとした笑いじゃなく、祝福の笑みを浮かべているのがわかる。そして握られた手がパッと離される。そう、パッと……ん?アレ?手はなすの早くね?

「ふふっ。なんか照れちゃいますね、ウソってわかってても」
「は?」
「だまされるところだったわ。銀さん、あんまり真剣に言うんですもの」

冗談半分で睨みながら頬杖をつく。

「え?な、なに?ウソ?」
「もーヤダ銀さん!いくら酔ってるからってだまされませんよ、今日はエイプリルフールでしょ!」
「はっ…はぁぁぁあああぁ!?」

ほら、と彼女が指差したのは銀時の真後ろにかけてある日めくりのカレンダー。それは今日が3月31日であるということを示していた。しかし、カレンダーの上にかけられている時計の針は午前0時を10分ほど過ぎた場所を指している。

「4月1日になった途端ウソつくなんて、騙す気満々だったのねえ」

まあ、今日は気分がいいからそんな愚行も目をつぶります。私は騙されませんでしたしね。
だます、だまされないを繰り返す妙と、呆然としている銀時に、第3者たちはなんとも居た堪れない気持になっていた。

「ちょっと聞いてるんですか?銀さん」
「…あー…あー、はいはい、ウソね。エイプリルフールね。もーいーよ」
「なんですかその投げやりな感じ。悔しいんですか」
「悔しいよ。なんでこうなる?大っきらいだよエイプリルフールなんざ!!」
「まあ…そんなに?あ、じゃあ…」

妙はふたたび自分の耳に顔を寄せる。そして自分の胸はやはりどきり、と鳴るのだ。腹立たしい。心底悔しい。何で俺はこの女が好きなんだ。

「恋人のふりをしてみんなを驚かしましょうか」

こいびと、とその声がこだまする。彼女の甘い声が、においが、視線が、全身を侵してきっと、もう抜け出せない。すぐに顔は離れ、なんてね、と妙は舌を出した。

「ほんとはね、少しだけびっくりしたの。どきどきしたんですよ。」

あなたが、あんまり熱く見つめるものだから。そう言った彼女の頬の赤い理由が、酒でなければどんなにいいだろう。

「ふふ、ねえ銀さん。今年もお花見みんなで一緒に行きましょうね?」
「…あぁ。」
「またお弁当つくりますから 」
「…あー、一緒につくる」
「あら、そうですか?」
「うん」
「お酒も買って、いい場所をとりましょう」
「うん」
「ちゃんとお休みとってくださいよ」
「わーってるよ」
「毎日お休みのようなものですものね」
「うっせー」

いつまでもくすくすと笑う上機嫌な彼女を見て、この位置も捨てがたいんだけどなァ、と思った。どんな存在だろうと、自分は彼女にとって特別なんだと思う。当然のように毎年花見に行くくらいは。この想いを告げれば自分たちはなにか変わるだろうか。変わらないだろうか。ふう、と息を吐いた。花見を来年も、再来年も、五年後、十年後も、一生一緒に見る約束が出来るのはいつだろう。銀時は残りの酒をあおり、妙を見る。

「お妙」
「はい?」
「リベンジするから覚悟しろよ」
「は?」

何もわかっていない彼女の、その白い額にデコピンをした。倍で返ってきた。ちくしょう。絶対リベンジしてやる。

ニーナ(2020/2/25)


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