モブ目線(銀妙※病気)


婚約者のふりしてくれない?気怠い目をしてそう言った彼の、さっきまであった殺伐とした空気はいつの間にか消え去っていた。戸惑いながら私は聞き返した。婚約者、ですか?
ほら歳取ると他人の人生に口出してくる奴いるじゃん?早く結婚しろって最近うるさいのがいてさあ。面倒だから相手いるっつったら連れてこいって言うもんでよ。
やはり気怠げに不満をいい募ると、一瞬、ほんの一瞬だけ彼は笑った。その笑顔にどんな意味があるのか私にはわからなかったが、とりあえず婚約者のふりをすることには了承した。身近な人のお節介にイラついた笑みなのか。そのしつこさに呆れて疲れた笑みなのか。もしくは私の恐縮を和らげようとした笑みなのか。そのどれであってもおかしくはなかったけれど、何故かどれもしっくり来ない気がした。私が考えている横で彼はヘルメットを被りながらスクーターに跨がる。悪いな、助かるわ。じゃあ金曜の2時に迎えにくる。普段着でいいし用意も何もいらないから。そう言って去っていく背中へ、私は慌てて手を振った。婚約者のふりだなんて少しドキドキする。降ろした手を胸の前で握り、家に入ろうと踵を返した時さっき見た彼の笑みが蘇った。最初に見たのは鋭い眼光だった。次に、それとは真逆の眠そうな眼。不思議なひとだと思う。とても不思議なひと。だけど、きっといい人。ふふふ、と笑って門をくぐった。

そして、約束の金曜日。

婚約者のふりをするために連れられたのは、街で一番大きな病院だった。周りを見渡す私をよそに彼はすたすた受付へ向かう。随分と慣れた足取りだ。相手はご家族やご親戚だろうか。それともお友達やご近所の方かしら。病室に向かうまでの間、緊張しながらも今から会う人がどんな方なのかを想像する。だってその人に気に入られないと、婚約者としての役目を果たせないのだから。ああ、でも道中で家族じゃないって言ってたな。じゃあ、お友達?そう考えていたところで病室に辿り着いた。中に入り、その人を見た私は絶句した。結婚のお節介と病院に入院している、という二点の情報で彼よりは年配の人だと想像していた。少なくとも同年輩。しかし、迎えてくれたのは彼よりずっと若い女性だった。とても綺麗で、女でも見とれてしまうような人。穏やかな、そしてどこか儚げな微笑みをたたえ、彼女は口を開いた。


「こんにちは。はじめまして、志村妙と申します」



彼ーー、万事屋さんはつい先日知り合ったばかりだった。ガラの悪い男たちに絡まれていた私を助けてくれた事がきっかけだ。最近越して来たばかりの私は、この街で注意すべき事も避けるべき場所も知らなかったのだ。絡んで来た人たちは無知な新参者から金を巻き上げるつもりだったらしいが、幼い妹のいる私は一銭も払う事は出来なかった。ほとほと困り果てたところに現れたのが彼だった。たった一人で多勢を蹴散らしていく冷徹な目と容赦ない攻撃。ばたばた倒れる大男たちが怖くて、いつしか私は泣いていた。大丈夫か、ねーちゃん。先程とは全く違う力の抜けた表情に、やっと状況を思い出し、何度も頭を下げた。聞くと街で万事屋をしているという。何かお礼を、という私の申し出を二、三度断った彼が、思い至ったように提案したのが婚約者のふりをしてくれないかというものだったのだ。でも、まさかこんなに若い方に結婚のことを心配されてるなんて思わなかった。
万事屋さんとお妙さんはとても親しげに会話を続け、緊張の解けない私は曖昧に頷いたり、ちらちらと二人を盗み見る事しか出来ない。お妙さんはどこを患っているのだろうか。とても健康そうに見えるけれど。ああでも、ただひとつ、たまに垣間見る微笑がとても儚げだった。美人薄命という不謹慎な言葉が思い浮かび、慌ててそれを打ち消す。

「銀さんもこんなに可愛らしい方とお付き合してたなんて隅におけないわね」
「いっいえ、そんな、可愛い…なんて」
「ねえ、いつからお付き合いしてるの?どんなところが好き?」
「えええっ、あ、あの…ええと、」
「おいおい、あんまり苛めるなよ。お前と違って繊細なんだから」
「あら、私のどこが図太いと?」
「全部かな。こんなに図々しくて凶暴な女いるなんて俺知らなかったもんね」
「あらまあ、銀さん。結婚式の前にお葬式をしたいのね」

にこやかな笑みのまま拳を握るので、ぎょっとして万事屋さんを見る。彼はひきつった顔で素直に謝りを入れた。そのやり取りは彼らのお決まりらしい。彼が彼女をからかうような事を言って、何度か応酬を交わし、最後は彼女の返す一撃で縮こまる。或いは彼女が彼を貶すような事をさらりと言っては彼が反撃し、それでもやはり最後は負ける。そういう言葉のやり取りが繰り返される。そうして私は気づいた。そんなふうに軽口を叩き合った後、万事屋さんがあの笑みを浮かべる事を。結婚しろとうるさい奴がいて、と最初に説明をした時に見せた、あの何とも言い難い笑み。

「このこと猿飛さんは知ってるの?」
「知るわけねえだろ。一生言わねえよ」
「まあ…。めんどくさい事には巻き込まないで下さいね。あの人、毎日来るわよ。あなたがよく来るからじゃありません?」
「知らねえ。さっちゃん案外お前に懐いてるからな。ゴリラも来んの?」
「ええ、さすがに毎日は来ないけど、ゴリラが来ないなら土方さんとか沖田さんとか、それか若い方がいらっしゃるわ」
「ふうん」
「九ちゃんやおりょうもよく来てくれるから寂しくないわ」
「そうか」
「そうだ、お登勢さんたちに聞きましたよ。あなたまた家壊したんですって?相変わらずですね」
「うるせえな、不可抗力だよ」
「お世話になってるんだからお登勢さんにも紹介しないといけませんよ。あ、さすがに新ちゃんや神楽ちゃんは知ってるのよね?」
「あ?あー…。ううん、まだ」
「あら、どうして」
「いや、つうか別に結婚するわけじゃないからね。お前がうるさいから相手はいるって言っただけだし」
「またそんな事言って…彼女に捨てられても知りませんよ」

ねえ?と話を振られ、あたふたした。いいえ、そんなことないです。と無難な答えをするのに精一杯だ。二人の掛け合いの真ん中で、私はとてもドキドキしていた。それはさっきとは違う胸の高鳴りだった。勇気を出して、私は口を開く。

「あの…すいません」
「ん?」
「いいえ、あの、万事屋さんとお妙さんは、どういうご関係なんですか?」

その質問に、彼らはほんの少し沈黙した。ふっと目を伏せ、しかし次には空気を明るく持ち上げる。ああ、そういえば言ってなかったか、と思い出したように笑って。

「もう、ちゃんと説明しておいて下さいよ。ごめんなさいね。私、この人の部下の姉なんです」
「まあ、身内みたいなもんだな」
「付き合いだけがやたらと長くって」

部下の、姉?それだけ?
拍子抜けしたように私はぱちぱちと瞬きをする。妹とか親戚とか幼馴染とか、或いは元恋人だとか。そんな答えを予想していた。

「あれから10年以上もたつのね」
「そりゃお前、俺がこんなにおっさんになっちゃったからね」
「あなたは初めて会ったときからおっさんだったじゃない」
「いやあの頃はまだぴちぴちの20代だったからね。お前18だったからって調子乗んなよ」
「いまやアラフォーですもんね。お疲れ様です」
「お疲れ様とか言ってんじゃねーよ!まだまだこれからだから!」
「えっ、あの、すいません」

話のスピードに付いていけない私は、しかし見過ごせない言葉にむりやり割り込んだ。18の時に出会って、10年以上たったって言った?

「え、ええっと、お妙さんっておいくつなんですか?」

大きな瞳をきょとんとさせ、29ですけど、と彼女は言う。その答えを聞いた私は、二度目の絶句をした。4つも年上だ。もちろん物腰の柔らかさだとか、貫禄のある雰囲気だとか、大人っぽくて落ち着いた人だなあとは思っていた。しかしその実、外見はとても若く見える。とても30歳目前には見えない。

「まあ、ふふ。ありがとうございます。昔はよく老けて見られてましたけど、精神年齢に実年齢が追い付いたのね」

そう言って頬を染める姿だってとても愛らしい。こんな人になりたいなあ、とおこがましい事を考えてみる。彼女の笑顔に見惚れていると、突然万事屋さんが声を上げた。

「あ、やべえ。さっちゃんが中庭にいる」
「あら…修羅場?」
「うるせー。あー、どうしよ。悪い、ちょっとストーカー巻いてくるからここで待ってて」

ストーカー、という物々しい言葉に驚く暇もなく、彼は病室を出て行った。何がなんだかわからず慌てる私に、お妙さんが声をかけた。

「大丈夫よ、犬の散歩みたいなものですから」
「いっ…犬?」
「ねえ、それより少しお喋りしましょう」
「へ?あ、はい!」
「ごめんなさいね、いきなりこんなところに連れてこられて、驚きましたよね」
「いいえ、そんな」
「ご無理はなさっていない?」

優しく問う瞳に、私は首を横に振った。

「そう、よかった」
「あの、仲良いんですね。万事屋さんと」
「仲良いというか、腐れ縁っていうか…あ、別に何もやましい関係ではないので心配しないで下さいね」
「いえ、あ、はい」
「でも良かった」
「え?」
「銀さんの側にいてくれる人がいて」

柔らかく微笑むその瞳に私は口をつぐむ。温かくて、優しくて、言うなれば愛ようなものが見えた気がしたのだ。

「ご存知だと思いますけど、良い歳してヤンチャばっかりするでしょ?気苦労も絶えないと思いますけど、よろしくお願いしますね」

ゆっくりと丁寧に、お妙さんは頭を下げた。慌てて私もぺこぺこ頭を下げる。彼が帰って来たのはそれからしばらくしてからだった。色んなお話を聞かせてもらった私が、すっかりお妙さんのファンになった頃だ。これは後からわかった事だけど、万事屋さんもお妙さんも、街では有名な人だったらしい。どちらも人望が厚く、かぶき町を仕切る四天王のうちの二人なのだとかなんとか。

「じゃあな、また来る」

帰り際、万事屋さんがそう言うと、お妙さんはにこりと笑って頷いた。今日はありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね。彼女は最後まで美しい笑みを浮かべて見送ってくれた。
とても素敵な出会いがあった。万事屋さんのお役に少しでも立てた事だって嬉しい。だけど最後まで私は、どこか釈然としない、何かが引っ掛かる思いを抱えたままだった。


「悪かったな。助かった」

病院の中庭にあるベンチは、木陰でひんやりと涼しかった。葉っぱの隙間から差し込む光がゆらゆらと足元を泳いでいる。

「いいえ。でも、お妙さん信じてくれたでしょうか?」
「さあな。あの女、やけに勘が鋭いから。まあ成り行きみてぇなもんだったし」
「成り行き?」
「顔見る度に早く身固めろだの、見合いしろだのうるせえから、婚約者の一人や二人いるっつったんだよ。なら会わせろって五月蝿くてさ。適当に言ったことなのに許してくれねえの」

これでちょっとは静かになるだろ。そう言って組んだ足に頬杖をつく。失礼だろうかと思いながら、私はずっと気になっていたことをぶつけてみた。

「あの、お妙さんは」
「ん?」
「その…ご病気なんですか?」

ふっと視線を止めた彼は、しかし事も無げに言った。

「うん。もう治らない」
「え?」
「不治の病ってやつ?いつまで生きられるかもわからない。たぶん、そう長くない」
「ふ、不治の病って…」
「いくつも病院回ってさ、何度も入退院繰り返して。あいつ、やたらと周りから大事にされてるからさ、みんな必死で色んなとこ走り回ったよ」

でも、今の医学では無理なんだとよ。世間話でもするようにあっさりと彼は呟いた。治らない?長くない?何を、言ってるのだろう。

「まさか、そんな」
「本人もあっけらかんとしてるし、別に隠してもいない。今は体調崩して入院してるけど、回復したら退院する。治す訳じゃなくて、ただ調子が悪いのを安定させるための入院。これからたぶん、その繰り返しだ」
「…」
「ほんとふざけんなよなって思うだろ?あんだけ元気で腕力だって衰えてねえし、相変わらずしおらしい言葉の一つも言えねえし。あんな奴が病気とかちゃんちゃらおかしいっつうの」

思わず私が黙り込むと、彼は隙間を埋めるようにべらべらと喋りだした。まるで沈むことを恐れてもがくように。

「あいつね、お節介なんだよ。ほんと、自分の事より他人の事ばっか気にして。入院してからさぁ、やたらと俺に結婚しろって言ってくんだよ。昔は弟とかの心配してたくせによぉ」

完全に年寄り扱いだよ。本当嫌になるよな。悪態をつく彼の横で、私は信じられない気持ちで病棟を見上げた。うそだ。嘘だ。あの、きれいな人が。優しく、聡明な人が。

「嘘、ですよね」

何かの冗談でしょう?信じきれず言った質問に彼は答えなかった。私は早急に後悔した。なんて酷い事を言ったのだろう。嘘だなんて、私なんかよりも近くにいる人達がずっと願っているはずだ。彼は頭上の木を見上げ、隙間から覗く光に目を細めた。何かを掴むようにそこへ手を伸ばす。

「意地の張り合いとか、腹の探り合いばっかしてた」
「え?」
「あいつと俺。相手の出方ばっか見て、自分は動かなくて、向こうも動かないから、気付けばアラフォーだよ」

腕を降ろすと、ベンチから立ち上がり、正面の壁に凭れかかる。クリーム色の壁と比較すると、その銀髪はとても綺麗だった。

「俺が結婚なんて今更なのにさ、自分の友達まで紹介しようするんだぜ?可愛くないよなぁホント。別にそこまでして結婚したくねえし。するつもりもないし」
「…」
「ああ、そうだ。そういえば一回だけ約束したことあったな」
「約束?」
「うん、すげえ昔。まだあいつが10代の頃。何の話してたのかとか、何でそんな話になったのかなんて覚えてないんだけど。たぶん、一生嫁の貰い手ないとか、このままだと寂しい老後になるとか、そんないつもの冗談言ってたんだろうな。その言い合いの最後」
「…」
「しょうがねえから30になっても一人だったら俺が引き取ってやるよって言ったことがあって、」
「…」
「介護してくださいお願いしますの間違いだろって殴られたわ」

はは、と乾いた笑い声を浮かべると、彼はすこし疲れたように地面を見つめた。

「まあ、あんたのおかげでちょっとは安心してると思うよ」

なんだかんだで俺の事も子供みたいに思ってるからな。てめーはお母さんかっつーのな、と言って、またわらう。わたしは、どうしてだろう、胸が張り裂けてしまいそうだった。あの、と口を開いて、彼を見上げた。

「大きなお世話かも知れないですけど、わたし…。私は、好きな人に好きって言わないまま、死にたくないです」

軽妙なやりとりと、無遠慮な言葉。そんな関係だからこそ触れられない柔らかい場所がある。あの、何にも当てはまらない微笑みがまた思い出された。一度面食らったように目を丸くした後で、彼は苦笑する。ねえ万事屋さん。わたしの考え方はきっと子供じみています。あなた達の間にある複雑で繊細な想いをすべて無視する言葉は、きっと間違っているんでしょう。でも。

「ああ、そりゃ勘違いだ。俺らはそんな関係じゃないし、そもそもあいつは別に俺のことなんか好きじゃない」

でも、それの何が悪いでしょうか。

「違います」
「は?」
「お妙さんじゃなくて、万事屋さんの方です」

あなただって彼女を想って気持ちを告げないままでいる。それは優しくて正しいのかもしれない。それでも、言わずにいられなかった。

「このまま私を婚約者だって言って嘘吐いて、お妙さんには安心してもらえるかもしれないけど、でも…万事屋さんは?このまま長く続く人生を生き抜いて、最期に自分が死ぬとき、私だったら後悔すると思います。何であの時あのひとに好きって言わないまま、嘘吐いて別れてしまったんだろうって。嫌ですよそんなの、だって」
「は?なに…なんだよ、それ。何の話…」
「だって好きなんでしょう?」

彼は瞠目し、狼狽え、そのあと苦しげに眉を歪めた。俯いた目は暗闇に吸い込まれるみたいに地面を見つめている。頭痛やめまいがした時のように額を手で押さえ、身体を支えるために反対の手を壁につく。彼の顔はひどく青かった。ああ、言ってはいけないことを言ったのかもしれない。でも、深い関わりのない、完全な部外者だからこそ言える言葉だってある。
重い頭を何とか持ち上げるようにして地面から視線を上げ、しかしその目はやはり暗闇を見つめていた。恐る恐る、私は言った。

「大切なんでしょう?」
「…」
「ねえ万事屋さん、」
「…わからない」
「…」
「わからないんだ…。好きとか、恋とか、愛とか、そういうのを俺があいつに抱いていたのかどうか…とか。…ただ…」

そこで、躊躇うように言葉を飲み込む。また口を開いた時には唇が小さく震えていた。嗚咽を抑えるように、額に置いた手をずらして口を覆う。言ってはいけない事が溢れるのを、どうにか押さえようとするように。

「ただ…愛されたいと思ったことはある」

それでも指の隙間から溢れてしまう声には、苦しくなるほどの切迫感があった。どうしてそこまでわかっていて、頑なに見ないふりをするのか。

「生きてきた中で、そう思う女はあいつだけだった」
「…万事屋さん」

しかし、きっとそれが彼らの意地だったのだろう。張らなければいけない、意地だったのだろう。

「それは、たぶん愛してるってことじゃないですか」

暗闇を見つめる目が、声を探って視線を寄越す。

「たぶん、死ぬほど好きってことなんじゃないですか」

木漏れ日が彼の顔を通過し、ちらちらと遊ぶように地面へ落ちた。そこでやっと瞳に光が戻り、そしてそのまま涙となった。流れ落ちずに膜となり、瞳を覆ってきらきら輝いている。

「いいじゃないですか。心配かけて不安にさせて、それでいいじゃないですか。子供みたいに駄々こねて、悪あがきして…それって、ダメなんですか?」
「…怖いんだ」
「…」
「いなくなるのがこわい」
「…っ」
「いつも通り飄々としてないと、冗談ばっか言ってないと、すぐに迎えが来る気がして」

くぐもった声が、引き裂かれたように裏返る。

「どうしようもなく怖いんだよ」

顔を上げて、彼は空中を睨み付けた。視線を追うと、そこはさっきまで見舞っていた彼女の部屋だった。クリーム色の壁と同じ色のカーテンが風にはためき、なびいて、空気を吸い込んでは吐き出す。あらゆる感情を詰め込んだような複雑なあの笑みは、溢れる想いを閉じる、ただひとつの手段だったのかもしれない。私はあの部屋の窓から視線を外し、目を閉じた。涙がこぼれた。お妙さん、と心のなかで呼び掛ける。お願いします。どうかこの人を置いて、いかないで。


ニーナ(2018/11/13)


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