がたん、と割と大きな音がした。机を蹴ったような音だった。読みかけの本の、追っていた文字から目を離して妙はそちらを見る。夢と現実の間をうつらうつらさ迷っていたところを、急に引っ張られたようなあの感じだろうか。ビクッと身体が揺れた後、銀時は驚いたように目を丸くしていた。

「大丈夫ですか」

新八と神楽を待ちながら、万事屋のソファで読書をしていた。いちごの差し入れをしようとしたのだ。散歩と買い物のそれぞれに出ている二人を待つ間、読みかけの本を開き、お茶を飲む。ただ1人留守番をしていた銀時はいつもに増して眠そうに目をこすり、いくつか言葉をかわすと案の定すぐに寝てしまった。それが20分ほど前。新八と神楽は、まだ帰ってこない。

「へ?」
「銀さん?」
「…あれ、俺…え?」

ああ、完全に寝ぼけてる。やや混乱したように天井や壁を見回したあと、銀時はやっと妙を振り向いた。

「お妙」
「はい?」
「俺、寝てた?」
「寝てたでしょう」

あー寝てたか。そうか。そうだな。寝てたな。と納得させるように独りごちる。どうにか覚醒しようとしているらしい。

「寝ぼけてますね」
「そんなバカなことしねえよ」

意味がわからない。妙は呆れたように頭を振って本に視線を戻した。その様子を見ていたのか、銀時は読書の邪魔をするように妙に話しかける。それを適当にあしらいながら文字を追いかけた。酔っぱらいと寝ぼけた人の相手は真面目にしたって意味ないんだから。ヒマならもう一度眠ればいいのに。

「そういえば…約束したよな」

最終章のページをめくった。双子の姉妹の話だった。あの子たち、まだ帰って来ないわね。と、妙はそればかり気にしていた。

「駅前のパフェ奢ってくれるって」
「は?」
「あの新しい店の開店記念スペシャルパフェ」
「何言ってるんですか。何でわたしがあなたに奢らないといけないの?だいたい新しい店なんか出来てました?」

まだ夢と現実が混同してるのだろう。妙がこちらを向かないのを面白くなく思ったのか、銀時は何も言わずに立ち上がり寝室へ向かった。やっと静かになった、と、引き続き文字を追いかける。本の中の双子の姉妹は両親がおらずに施設で育ち、そこを出てからはずっと二人で暮らしている。そんな彼女たちを自分と新八に重ねたり、自分と神楽に重ねたりするとより物語に入り込めた。暖かな文章と明らかにならない謎に、読むスピードは落ちない。ひとつページをめくった時、玄関で元気な物音がした。やっと帰って来た。栞を挟み、ぱたんと本を閉じる。ふたりにおかえりなさいを言い、冷蔵庫のいちごを出すために台所へ向かった。

「わー!いちごアル!」
「大きいですねえ」
「神楽ちゃん、銀さん呼んできて。みんなで食べましょう」

はて、とそこで二人の動きが止まった。

「銀ちゃん出てったヨ?」
「え?いつの間に?」
「僕たちが帰って来た時です。眠そうな顔で出ていきましたよ。姉上こっちにいたから気づかなかったんじゃないですか」

あらそう、と妙は頬をさわる。

「いちご、いらないのかしら」

訪問時に妙がいちごを持参したことは知っているはずだ。却下されると知りつつも二人が帰るより先に食べようと提案だってしていた。やっとありつけるのに、彼は一体どこにいくというのだろう。





行き止まりの先







まだ蕾の桜と空を見上げながら、その青が濃くなってきたなと思った。家までの道を歩きながら、帰ったら何をしようかと考える。今日は仕事が休みだし、しなければいけないことも特に思いつかない。足を止め、すこしぶらぶらしようと道を変えた。そういえばさっき駅前に新しい店ができたって言ってたわね。散歩をしたあとで少し寄ってみようか。そうだ、さっきの本もその店で読んでしまおう。いつもの駅に向かう道とは違い、普段は使わない路地に入った。遠回りだけれど、たまには違う道を歩きたいと思った。

(あら、こんなところに雑貨屋さんがある)

(あの本屋さんアイドル雑誌が多いわね、新ちゃんに教えてあげなくちゃ)

(超特大ラーメン20分完食で無料か…神楽ちゃん連れてこよう)

近くではあるのに知らない風景ばかりだった。いくつか店はあるけれど、とても賑わっているとは言えない。あんなにも騒がしい街の近くなのになんだか不思議だ。キラキラの折り紙の裏側みたい。全く通った事がないということはないと思うが、まるで初めて足を踏み入れたような感覚だった。店がぽつぽつ建つ並ぶ奥を進むと、更に寂れたような通りがある。その角を曲がり、妙は足を止めた。行き止まりだったのだ。

(…時計?)

行き止まりの壁の手前、左手に古い店があった。洋風の濃い茶色の壁に、小さな窓のついたドア。そのドアの両隣と真上の三ヶ所に、また古めかしい時計がある。両隣には立派な柱時計。真上に掛けてあるのはからくり時計らしい。小さな店なのに何とも言えない迫力に妙は半歩下がった。次に背後でなにやら暖かさを感じ、そちらを振り向く。

「わ…」

そこは空き地だった。傾いた西日がきれいに見える。もう夕方なのか。すこし散策に夢中になりすぎたらしい。駅前のお店は今度にして、今日はもう帰ろう。思ったその時、チカッと手元のあたりで何かが光った気がした。うつむくと手提げから細い鎖のようなものが垂れている。なんだっけ、これ。思いながら抜き出すと、それは懐中時計だった。

「…なんでこんなものが」

懐中時計なんて入れた覚えはない。そもそも家にこんなものあっただろうか。怪訝に思いながら妙はそれを目の高さに上げた。夕日に照らされ金色に輝いている。何気なく裏を向けると、そこに小さく何かが彫られていることがわかった。光に邪魔されてよく見えない。目を細めると、片仮名が二文字あるように思えた。

イ、キ…?

かろうじて見えた文字は"イキ"と読めた。名前だろうか。持ち主か、作った人の。それともまた別の意味があるのだろうか。何となく考えていた、その時。カチっという音が聞こえた。時計の針が動いたような音。懐中時計に耳を近づけるが、今聞こえたようなものとは違う、小さな秒針の音しかしない。じゃあ、今のは何だったのだろう。あ、と思い当たり、後ろを振り向いた。そこにある、店頭の三つの時計の針がすべて、12時ちょうどになっている。12時?どうして?昼でも夜でも今がそんな時刻ではありえない。それとも時刻は合わせてないのだろうか。さっきは何時になっていたっけ。直感だった。なにか、おかしい。そう思えた。どくんと胸が鳴り、つっと首筋に汗が流れる。胸騒ぎがしたが、根拠は何もない。ただ、そう感じただけ。帰らなきゃ。はやく、ここから、はなれないと。しかし遅かった。妙が足を動かすのと同時に、それは起きた。大きな音が鳴ったのだ。コミカルな高いメロディと重低音がぶつかり合う。割れるような不協和音が響いていた。反射的に、半ば頭を抱えるように耳をふさいだ。

(なに、この音…!)

二つの柱時計の振り子がばらばらに揺れる。からくり時計から人形が出てきて踊る。地面が震えているんじゃないかと思うほどの音だった。こんな音がしていたら、いくら裏通りだからって気づいているはずなのに、今まで知らなかったなんておかしい。誰か、と周りを見渡す。だれか、この音を止めて。ガンガンと頭が痛い。思わずその場にしゃがみこんだ。目眩がして、目の前がぐるぐると回った。世界が歪む。まるで異次元の入り口みたい。かろうじて見上げた時計屋のドアの、小さな窓に西日が反射して目の前が白くなった。

覚えているのは、そこまで。





ニーナ(2017/4/19)



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