銀時と妙(中学生)


薄い紺色の空にくっきりと雲の形が浮かび上がっていた。ただでさえむし暑いのに、人が多くて酸素が足りない。空気を求めるように妙は顔を上にあげた。なんとなく、金魚みたいだと思った。

「妙ちゃーん、行くよ」

はっとして笑顔をつくる。いつのまにか友人たちと歩調がずれていたらしい。ごめんごめん、といいながら小走りで追いついた。射的の乾いた音、ヨーヨーや金魚すくいの水音、かざぐるまやお面が風でカラカラと揺れて、甘い匂いや辛い匂いが混ざり合う。今日は小さな頃から毎年来ている地元の神社の祭りだ。

「焼きそば食べようかなあ」
「あたしソーセージがいいな」
「そういえば花火って何時からだっけ」
「ねえねえ、あとで男子たちと合流しない?」

彼女たちがわいわいと盛り上がるのに相槌を打ちながら、妙はうしろに視線をやった。去年まではずっと、弟と幼馴染と一緒に来ていた。ため息をつき、振り払うように前を向き直る。今年はだめだった。何も変わることなんてないと思っていたのに、今年は一緒に来られなかった。

(射的、今度こそ勝つつもりだったのに)

妙と、弟の新八、幼馴染の銀時と神楽。家が近く、親同士の仲が良いこともあり、幼稚園のころからずっと四人一緒だった。妙と銀時が同い年で、新八が二人の二つ年下、神楽がさらに二つ下だ。祭りになると、四人と保護者同伴で来ていたし、中学生になったら四人だけで来られる約束だった。保護者なしで、子どもだけで行くお祭りが楽しみで、早く中学生になりたいと思っていた。なのに、中学生になったから一緒に行けなくなってしまった。壊したのは、自分だ。うつむくと、白いワンピースに暗く影が落ちる。友人たちはみんな華やかな浴衣姿だった。

(神楽ちゃんとお揃いの浴衣着たかったなあ)

喧嘩をしている。そんな単純な言葉で片付けて良いのだろうか。ただならぬ大きなヒビが入ったような気がして、何をしていても心から楽しめない。今日だって本当は来るつもりなんてなかった。彼らと一緒に行けないならば、家でじっとしているほうが幾らかマシなのに。
中学校は人が多かった。七組あるうちの、妙と銀時は一番遠いクラスに分けられた。しかし何かと話す機会のある二人の間を勘ぐる人は多かった。その日も、用があって彼のクラスを訪ねようとしてタイミング悪くその会話を聞いてしまったのだ。

『お前って志村妙って子と付き合ってんの?』
『は?ちげえよ』
『マジで?でもさ、お前は好きなんだろ?』
『そうそう、俺もそれ気になってたんだよな』

からかうような声と、しつこい追求。銀時は冷やかしの言葉にムキになったように言い返した。

『あんな女、好きになるわけねえだろ』

ぐさりと胸を突かれたような気がした。胸は冷たくて、頭は熱い。血が昇って、気づいた時には彼らの前に立っていた。

『わたしだって銀時くんのことなんか大っ嫌い』

今年の祭りは四人で行かないと言うと、弟はひどく反発した。ぼくは銀さんと行く、と言って聞かず、結局わたしを抜いた三人は一緒に来ているはずだ。いつか少女漫画で見た、大人になるにつれてすれ違う幼馴染の話を思い出す。そんなの、自分には関係ないと思っていたのに、まるであの二人みたいじゃない。からかわれて、冷やかされて、ムキになって心にもないことを言う。あの漫画は最後はちゃんと想いが通じ合うけれど、これは漫画じゃなくて現実だ。もう、二度と普通に喋れないんじゃないか。漠然とした不安が、やけに現実味を持って胸を締め付けていた。

「あ、れ…?」

ぱっと顔をあげる。空がぐんと夜の色に落ちていた。友人たちの姿が見えない。周りを見渡しても知らない顔が行き交うばかりだ。どうしよう。はぐれてしまったかもしれない。電話、しなくちゃ。慌てて携帯を取り出そうとする。

そのとき、急に右手を掴まれた。

「えっ」

振り向くと、ずっと頭の中で考えていた人物がいた。銀時だ。息を切らし、焦ったような表情でこちらを見つめている。どうして、と思った。ただ、彼が幻でないことは確かだ。手首があつい。どうしよう。何か言わなくちゃ。言いたいことがたくさんある。でも、何て?喉がカラカラと乾き、鼓動が大きくなって、酸素が、足りない。やっとのことで絞り出すような声がでた。

「ぎん、ときくん…」

名前を呼んだきり、うまく言葉を交わせずに沈黙していると、遠くから妙を呼ぶ声がした。同時に反対方向からは銀時を呼ぶ声。はぐれた自分たちを探しているのだ。銀時は短く舌打ちをすると、妙の手を引っ張って茂みにしゃがみ込んだ。よくかくれんぼで使った、背の低い茂み。

「…ごめん」

けほ、とひとつ咳をして彼がつぶやく。妙は目をまるくした。

「銀時く…」
「これ、やる」
「え?」

すっと顔の前に何かが差し出される。割り箸の刺さったきゅうりだった。氷の敷きつめられたザルの上に並べられているきゅうりの一本漬け。いつも食べるお祭りでの妙の定番だ。

「あー…新八と神楽は桂たちと一緒だから」
「そっか」
「あのさ、前言ったこと…」

銀時が身を乗り出したとき、うしろで友だちの声がした。ドキ、として彼の目を見る。見つからないように肩を寄せて小さくなった。内緒話をするように声をひそめる。

「わたしの方こそごめんなさい」
「え、」
「大嫌いなんて、思ってないから」
「…っ、俺だって…!」

銀時が地面に手をつくと、こもった電子音が鳴った。カバンの中で携帯が震えている。取り出すと、友だちからの着信だった。ディスプレイが彼にも見えたのだろう。言いかけた言葉を飲み込んだまま黙ってしまった。

「ねえ、銀時くん」
「え?」
「合流しない?」
「合流?」

彼の目を見た。不安そうな瞳に、祭りの灯りが反射して輝いている。

「一緒がいいよ。わたし、やっぱり」

いつも一緒だった。小さい頃からずっと。

「一緒じゃなきゃ、つまんない」

ほっぺたに屋台の赤い光が反射している。彼はくちびるを引き結んで、掴んだままの右手をぎゅっと握った。おれも、とつぶやいて一度目を伏せる。次に視線を上げたとき、ほっぺたの赤は、屋台の反射じゃないような気がした。

「おれも、お前がいないと、全然楽しくない」

緊張していた糸がやっとほどけたような気がした。よかった。よかった、よかった。ほんとうに、よかった。ほっとしたら泣きそうになって、思わず顔を上げる。空が夜濃くなっていた。花火がはじまる前にみんなの元にもどろう。電話をして合流する途中、きゅうりを齧ると夏祭りの味がした。

ニーナ(2016/8/27)


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