銀時と神楽(銀妙)


何かが軽くぶつかり合うような音がしている。休みだというのに、朝から何の音だろう、と神楽は怪訝に思った。怠惰な雇い主が必要もないのに朝っぱらから暑い万事屋を動き回るわけがない。では誰が?もう一人の従業員は今日は来ない。休みである事もあるが、彼には今日、用事があるはずだ。では、まさかドロボウというやつだろうか。だとすればお門違いも甚だしい。 いや、しかしこれはドロボウの出す音ではない。なんというか、そう、言うなれば。

(…マミー?)

神楽は寝床の襖を開け、光の眩しさに目を細めた。居間には誰もいなかった。とんとん、やら、かちゃかちゃ、やら音はまだ続いている。

「…銀ちゃん?」

どうやら音は台所から聞こえているらしい。押し入れから出て、時計を見た。げっ、と自然と眉間に皺が寄る。まだ七時過ぎじゃないか。

「なにしてるアルか」

台所へ向かうと、やはりというか意外というか、男が立っていた。ただでさえ怠け者で、仕事のある日ですらだらだらしているはずの坂田銀時だ。休みの日で、しかも夏の朝で、彼が自ら動き出す可能性はまるで低い。声を掛けると彼の肩はぴく、と動いた。

「…はえーな、お前」

早いのはアンタだ。言おうと思ったが、それよりも広がる甘い香りが気になって黙った。明らかに何かを作っている。振り向きもしない銀時の背中に近づき、背伸びをして手元を覗き込む。ステンレスのボウルに、薄ピンクの液体が入っている。神楽の瞳にキラキラと輝いて映った。

「なに、何これ!ねえ何作ってるアルか!」
「だぁああっ!触んなよ!」
「ズルいヨ!一人で食べるつもりアルか!」
「ちげーよ!お前のぶんもあるっつーの!」

ほら!と指差した先には透明のカップがいくつも並んでいた。その中に一際大きなカップ、というよりボウルがある。

「あれ、お前のね」

神楽は目を輝かせ、それが置かれているテーブルに手をついた。ピンク色の液体の中に、白い果物が沈んでいる。おい、こぼすなよ。と後ろから忠告された。

「…桃?」

つやつやと液体のなかに閉じ込められている。じつに甘そうな白桃だった。

「この前、果物屋の屋根修理したろ?」
「商店街のとこ?」
「うん。で、昨日も色々雑用頼まれたんだよ。主にばあさんの手伝いな。そしたらエラく感謝されてよ、果物持って帰れっつーからさ」
「タダアルか!超高いんじゃないの!」

まあな、といいながら銀時は新たな桃を剥き始めた。一体どれくらいもらったのだろう。

「これ、ゼリー?」
「…見りゃわかんだろ」
「また繊細なもの作ってるネ」
「急に食いたくなったんだよ」
「全部ゼリーにするの?」

神楽は周りを見渡した。既に結構な量が並んでいる。透明なカップもわざわざ買ったのだろうか。少量ならば家にあるグラスで間に合うはずだ。一部をゼリーにして、残りはそのまま食べれば多少なりとも安上がりだし、手間も省ける。どうしてそんなに張り切っているのだろう。

「あー、作りすぎたかもな」

銀時を振り向くと、作りすぎたといいながらまだ手を動かしている。

「しょうがねえし、新八にもやるか」
「今日新八来ないアルよ」

新八は今日は一日中ずっと自宅にいなければいけない理由がある。彼の姉である妙が夏バテで体調不良なのだ。本人曰く大したことはないらしいが、普段から身体の強い姉の異変に、心配性な弟が黙っているはずがない。今日はつきっきりで看病するのだと言っていた。

「そうだなあ。どうすっかな」

神楽もまた、あとで志村邸に顔を出そうとは思っていた。自分だって妙が好きだし、心配だ。視線をピンクの液体に戻す。中に沈む白桃。いつだったか、スーパーで買い物に行った時のことが思い出された。果物のコーナーを歩いている時、もうすぐ夏だからスイカでも食べたいね、と新八が言った。そういえば桃ももうすぐ食べごろね。と言ったのは、そうだ。妙だった。

「…銀ちゃん」
「なんだよ」
「これ、いつ出来上がるの」
「あとは冷やすだけだから、お前がもう一眠りしたら出来てる」

あのあと、確か彼女はこうも言った。桃の冷たいゼリーなんて、夏の食欲のない時でもペロッと食べれちゃうわよね。その話をしていた時、この男はどこにいただろう。近くにはいなかったような気がする。

「ワタシ、あとで姉御の家行くけど」

告げると、銀時はわざとらしい声を上げた。あ?ああ、そう?じゃあ、丁度いいな。これついでに持ってってくれ。

「銀ちゃんは行かないの?」
「俺はまあパチンコとか色々忙しいし」
「みんなで食べれば美味しいのに」
「なに小さい子みたいなこと言ってんだよ」
「普通に心配すれば手間もかからないのに」
「なに訳わかんねえこと言ってんだよ」

面倒臭い男ネ。ふぁあ、と欠伸が漏れた。ねむい。彼の言うとおりもう一眠りしよう。今は夏で、今日は休みで、まだ七時なのだ。

「ワタシもう一回寝るアル」
「おお、そうしろ」

台所を後にしようと扉に近づいた。ねえ、銀ちゃん。声をかける。銀時はいまだゼリー作りに勤しんでいた。

「大人ってそんなに遠回りしないといけないの?」

そこではじめて彼の手が止まった。苦虫を噛み潰したような顔でこちらを向く。ずっとそんな顔で作業していたのだろうか。一体自分は何をしてるんだと頭で悪態をつきながら、勝手に身体はゼリーを作っていたのかもしれない。たった一人、誰かのことを思いながら。

「人による」

ため息のような自嘲のような声だった。彼がうんざりしているのは、彼女を心配してしまう自分なのか、心配を表に出せない自分なのか、はたまた思い通りに眠ってくれない少女に対してなのか。 彼女にゼリーを届けるために、お裾分けをするほど作り過ぎなければいけない厄介な雇い主を不憫に思った。神楽が次に起きたとき、白桃のゼリーはまるで宝石のように輝いて、上には可愛くミントなんて添えられていた。妙はそれを、きっと嬉しそうに食べるだろう。


ニーナ(2016/7/14)


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