銀時と妙


「あ?なんだ、あれ」

箪笥の上に黒い塊が鎮座しているのを見つけて、銀時は呟いた。半ば独り言だったが、正面に座る妙がその言葉を受けて彼の目線を追う。

「ああ、あれね」

彼女はすっと立ち上がり、それを手にした。両手で持つと、顔の高さまで上げて片目をつむる。ああ、なんだ。と銀時はまた呟いた。

「カメラか」
「そ、フィルムカメラです」
「随分古そうだな」
「ええ、父のなんです。母と結婚した頃に買ったらしくて、昔はよく家族で写真も撮ってたけど」

妙はカメラを下ろして、苦笑した。

「父が病気をして、亡くなって、って何かとバタバタしてるうちにどこに行ったかわかんなかったんですよ」

バタバタ、と言って省略するにはあまりに苦しい境遇があっただろう。しかし彼女はそれらをひけらかすこともなければ、ひた隠しにすることもない。庭から入った涼しい風がぐるりと部屋を撫でた。

「でもね、こないだ押入れの奥から出てきたの。すっごく懐かしくて」
「ふうん」
「いつの間にか壊れちゃってましたけどね。なんでかシャッターが押せなくて」

惜しいでしょう?と妙が笑う。使い物にならなくても、手放す気はないのだろう。思い出を愛でるように優しくカメラを撫でていた。

「ちょっと、見せて」

あぐらをかいたまま銀時は手を伸ばす。それを見下ろし、くすくすと笑いながら妙は言った。

「あら、直してくださるの?」

素直にカメラを渡して、そのまま彼の隣に座した。裏返して見たり、ファインダーを覗いたり、慣れた手つきで点検していく。しばらくいじくったあと、ああ、と納得したような声が漏れた。ああ、これが原因だ、と何かを見つけたような言い方。期待などしていなかった妙は、ぱちくりと瞬きをする。

「え、ほんとに直せるの?」
「お前ねぇ」

銀時は呆れたように片眉を上げて妙を見やる。

「俺を誰だと思ってんの」
「万年金欠ギャンブル糖分依存症のほぼニートのマダオ」
「あっそう。じゃあもう知らね」
「うそうそ、嘘よ銀さん。すっごく頼りになる万事屋の社長に決まってるじゃない」
「そんだけ?」
「歌舞伎町イチの男前!話も面白いし何より優しいですよねえ。お店の娘にも人気なんですよ」

ね、と上目遣いで首を傾げる様子は、完全に接待の顔だった。にや、と笑い片手でカメラを少し持ち上げる。

「まあ知り合いのよしみで割り引いといてやるよ」
「えっ、お金取るんですか」
「当たり前だろうが。世の中そんなに甘くねえっつーの」
「全力で接客スマイルしてあげたのに?」
「全力で接客するなら酒とお前以外の女の子連れてこいよ」
「…ちなみに何割引ですか」
「そうだなァ。…1割?」

えええ!と避難する声が響く。

「けち!」
「何でだよ」
「わたし、従業員の家族ですよ?カメラくらいタダで直してくれたっていいじゃない!」
「お前は新八の家族であって、俺の家族じゃねえだろ。タダにしてほしいなら新八に頼めよ」
「新ちゃんに見せてもわかんないって言ってたもの」

なんだと。万事屋としてこれぐらい直せなければ失格だぞ、新八。銀時は心で呟きながら妙を見る。むう、と膨れた顔は幼い子どものようだ。金など初めから取る気はなかったが、言ってしまった手前、簡単に引き下がるのも面白くない。

「じゃあ」

カメラを持ち上げ、レンズを妙の方へ向けた。片目をつむって、ファインダーを覗く。人さし指をシャッターボタンにのせた。

「俺の家族になる?」

妙はカメラを構える銀時を見た。は?と訳がわからないと言ったように口を開けている。マヌケな顔だなあ。パシャリ。シャッター音がコミカルに響いた。

「家族なら、さすがに金は取るつもりねえし」
「…え」

ようやく交換条件の意味がわかったのか、白い頬がほんのり赤く染まる。困ったように眉が下がった。開いた口を一旦閉じ、おずおずと目蓋を伏せる。先ほどまでの威勢はどこにいったのか。もう一度上げた視線は少し潤んでいて、上目遣いではないのに何故か胸が締め付けられた。

「家族に、」

小さな声が、おそるおそる言う。

「家族にしてくれるの?」

つられてこちらも声が小さくなる。どうしようか。銀時は頭を掻いた。ものすごく恥ずかしい提案をしてしまった。

「…なってくれんなら」

カメラを下ろし、その瞳を覗き込む。輝く黒の中に、自分が写っていることが照れくさかった。うるさい鼓動を無視して、静かにもう一度言う。お前が、俺の家族になってくれるなら。その言葉に、妙はこくん、と首を縦に振った。胸の真ん中から温かな熱が全身に広がっていく。綻びそうになる頬を悟られないようにひとつ咳払いをした。

「じゃあ、これタダな」
「え、もう直ったんですか?」
「お前さっきの音聞いてなかったの?シャッター切っただろ」

カメラは直った。シャッターはもう押せる。一枚目はお前の顔だよ。俺を見つめるお前の顔。

「これで新しい家族の写真撮っていこうぜ」

こんな日くらい、甘い台詞を言ってもいいだろう。パシャリ。不意に撮ってしまった写真にはおそらく二人のつないだ手が写されている。


ニーナ(2016/6/13)


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