「はーい坂田さん六着でーす」

もうへとへとで声も出なかった。ぜえぜえ肩で息をしながら、にこやかに出迎えた女を睨みつける。
やっとのことでゴールした400メートル走を猛烈に後悔していた。こんなもん引き受けるんじゃなかった。しかもこのあと200メートル走まで残っている。酔った勢いで了解して、今日の朝まで忘れて飲んだとあらば最下位もしごく当然の結果だ。あー、まじでバックれようかなあ

「あーまじでバックれようかなあ、とか考えてませんよね」

ゴールで出迎えた憎たらしい女が勝手に人の心を読みやがる。赤色のハチマキをした妙は冷めた瞳をして言った。

「いい?わたし役員してるんですからね。恥をかかせないでくださいよ。だいたいね、前から言ってたじゃない。10日は町内会の運動会ですよって」
「わぁーってるっつーの。ちょっと響くから大声出すな」

騒がしい太鼓や鉄砲の音よりも、賑やかな子供たちの声よりも、この女の小言が一番頭に響く。

「つーか何なの町内会の運動会って。去年までなかったじゃん。」
「ご近所さんとの交流を深めようって今年決まったの。なかなか参加者が集まらなくってね」
「それにしても400メートル走と200メートル走に出させるなんて鬼じゃねえ?」
「優勝したら大阪観光ツアーご招待よ」
「は?」

”6”と書かれた旗を持ったまま妙は目を輝かせて言う。

「組は紅白に加えて青、黄、紫と五組あります。どうせ貴方は気づいていないでしょうけど」
「え、そうなの」
「そうよ。で、優勝した組は家族みーんな行けるの」
「まじかよ」
「まじです」
「えらく太っ腹だな」
「きっと一年目でなくなるわよ。だから何としても今年は優勝なの」
「でもなァ」
「なによ」
「銀さんまじでフラッフラなんですけど」

タダで行ける大阪観光は魅力的だ。おそらくあの有名な遊園地も日程に入っているだろう。さすればあんなに行きたがっていた子供たちも喜ぶに違いない。しかし今朝方まで飲んでいたのが祟ってまったく足に力が入らない。その前にもう年だ。グラウンドで全力疾走する気力がどこにもない。だからさ、また最下位になって恥かくよりも次の種目は棄権して、組が優勝するの祈ろうぜ。だらだらと汗をかきながら妙に訴えた。

「銀さんが次に出る予定の200メートル走」
「はい?」
「吉太郎くんっていう子のお父さんが走るの」
「はあ」
「すっごいかっこいいって若い奥さんの間で人気なんですよ」
「で?」
「わたし、あんな格好いいお父さんが一等賞とったら好きになっちゃうかもな〜」
「もし400メートル走ったあとに水とタオルを持って来てくれる優しいお母さんがいたら、俺も好きになっちゃうかもな〜」

じろり、妙の鋭い瞳が睨みつける。なんだよ。お前が先に言ったんだろ。

「もう。わかりました。最後の手段よ」
「なに」
「あなたが200メートルで一等賞になって且つ紅組が優勝したら、」
「…したら?」

”6”の旗で口元を隠すようにして、妙は顔を近づける。

「銀さんの大好きなデラックスいちごパフェを裸にエプロンであーんしてあげます」

笑って言うと、妙はくるりと踵を返す。卑怯な戦略に銀時は口を開けたまま一人突っ立った。そこまでしてタダで大阪観光したいのか。




しばらくして200メートル走のスタートラインに立つと、罪もない吉太郎くんパパを睨んだ。吉太郎くんママはお上品に手を振っていた。いいね、ああいう奥さん。あんな人と結婚したい。
それに比べて、死に物狂いで一番にゴールテープを切った俺にあの女は何を言ったと思う?


「お疲れさま、パパ。来週は小学校の運動会ですからね」


坂田さんの奥さーん、と呼ばれた妻がタオルと水を俺の頭の上に乗せて去っていく。さすが役員は忙しいですねえ、と皮肉りたかったが一言も声は出なかった。遠くの方で我が子が嬉しそうに手を振っている。なんとか手を振り返すと次の走者のスタートを告げる銃声が鳴り響いた。



運動の秋








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