濡れた石は夕日に照らされて輝いていた。二本の煙が頭上でひとつになって、さらに上空では消えた。妙はそれに寂しさを覚えながら目を細める。毎朝仏壇に手を合わせるけれど、やはりこの時期はここでこうしなければいけない。両手をぴたりと合わせてそっと瞼を閉じた。お彼岸です。父上、母上。今年ももう、秋です。新ちゃんはお仕事で忙しいので、今日はわたし一人だけど怒らないで下さいね。あの子も頑張っています。最近は背も伸びて、大人っぽくなって、頼り甲斐も出てきました。どうかこれからも見守ってあげて下さい。ささやかな報告をして、瞼を開けようとしたとき、ふわり、優しい風が妙の頬を撫でた。あなたは?誰ともつかない、声かもわからない、問いかけが聞こえたような気がした。あなたはどうなの、妙。

(…わたし?)

(わたし、は…)


そっと瞼をひらく。


「…わたしも元気ですよ」


さほど時間は立っていないはずなのに、目を閉じる前より随分日が落ちた気がした。




ーー



「あら、銀さん」

秋晴れだ。妙は日傘を傾けて空を見上げた。近頃ぐんと冷え込んだけれど、今日はぽかぽかと温かく、空も高い。あ、小春日和のほうが合ってるのかしら。秋晴れと小春日和ってどう違うんだろう。視線を正面に戻し、小首を傾げたところで、角を曲がった彼が視界に入ってきた。

「なに、寝違えた?」
「は?」
「首曲がってる」
「ああ…いえ、ちょっと考え事を」
「ふうん」

傾げた首を元に戻し、銀時を見上げる。相変わらず興味なさげな瞳がそこにあった。

「あのさぁ」

癖っ毛をくしゃりと掻いて下を向く。この人、今日も仕事ないのかしら。

「悪かったな」
「え?何がですか?」
「新八、長いこと借りて」
「ああ…」

そんな事を気にしてるのか。彼が言ったのは先日の泊まり込みの仕事のことだろう。詳しくは知らないけれどまるまる一ヶ月程かけて彼らは仕事をしていたらしい。その為、今年のお彼岸は一人だった。だけど、別にそんなこと気にしなくっていいのに。

「借りてって、あの子は万事屋ですから当たり前でしょう」
「…うん」
「変な銀さん。そんな事に気を使う人じゃないでしょ。わたしが寂しがってたと思ったの?」
「うるせーな。人が謝ってんのに」
「だから謝る必要ないですってば」

くすくす笑って、今からどちらへ?と聞けば甘味処で糖分摂取しに行くのだと答えた。やっぱりまた仕事ないのね。まあ、つい先日大きな仕事を終えたばかりだし、今日は小言は控えてあげよう。思って、何気なく彼が曲がってきた道の角を見る。

「あ、」

妙はちいさく声を上げた。そこには赤い花が何本か凛と立っていた。

「ん?」
「あ、いいえ」

その様子に彼が気づき、私の視線を追って後ろを振り向く。

「彼岸花、か」
「…ええ、こんなところにも咲いてるんですね」
「気づかなかったな」
「そう」
「なんか不吉なんだよなァ。あの花」
「お墓によく咲いてますしね。綺麗だけど」
「あれは死人花だから近づいたらオバケに連れてかれるぞって昔脅されたわ」
「怖かったのね」
「バカ怖いわけねーだろ」
「でも、優しい花ですよ」

銀時は彼岸花にやっていた視線を妙に戻した。

「彼岸花の球根には毒があって、昔は死んだ人の体を動物から守るために植えていたんですって」
「…へえ」
「それから、わざと不吉な名前をつけて浮浪者や子供が荒らさないようにって、人間からも守っていたんですよ」

故人を守りたいと思う人の心があの花に妖しさと危うさを抱かせたのだろう。そんな事を気にもせずにじっと耐えて、故人を、そしてそれを守りたい人々の心を守り続けている。綺麗で、優しく、慈悲深い花だ。それを眺めながら妙はゆるりと微笑んだ。

「おい、」

ぱしっ、と腕を掴まれた。妙は銀時を見やる。いきなりの出来事に少し戸惑いながら。

「どうしたんです?」
「いや…なんか、ぼーっとしてたから」

そうかしら。妙は掴まれた腕を見た。じくじくとお腹や胸のあたりが熱くなる。線香が、二本。

「あの、銀さん」

そこから細い二つの煙が上がって頭上でつながる。ひとつになって、さらに上空で消える。その光景を、妙は思い浮かべていた。

「うで…」

あ、と気づいた彼が慌てて妙の腕を離した。あの線香の煙に切なさを覚えたのは、空で消えていってしまうからだろうか。離された腕に秋の空気が冷たい。母上が好きだった。父上が好きだった。一番大切だった。家と家族、それが私の最も大切にすべきものだった。今もそうよ。なのに、なのに、お腹が、胸が熱い。心が、あついの。離された腕がさみしいの。

「…銀さん」

ん?、と決まり悪げに俯き加減の彼が上目で答える。

「甘いものなら、うちにおはぎがありますけど…」

一緒にどうですか、と言うより早く妙の荷物が攫われる。行くという、それは彼の意思表示だった。あの煙のように、わたしが大切にしていたものが消える気がしていた。他の誰かを想うと、大好きな母や父や、大事な思い出が薄れるような気がして。でも、ちがう。知っている。だって煙は消えたわけじゃない。

(あなたは?)

やさしい風が妙の頬を撫でる。

(あなたはどうなの、妙)

あの時の問いに、きっと言わなければいけないことがあった。風が通りすぎて、美しく赤い花を揺らした。

母上、父上。わたしも、元気です。

それから、

それから、わたし、恋をしました。



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