銀時と妙


何気なく視線をさまよわせた先に知った顔を見つけた。うげ、最悪。わかりやすく顔をしかめる。声に出てたかもしれない。しかし相手には聞こえていないようだ。こちらを見て嬉しそうに笑う妙に、そっけなく手を上げただけで背を向けて歩き出す。仕事の帰り道だった。パチンコしてきた訳でも、酒を飲んで来た訳でもない。何も後ろめたいことなどないのに俺が彼女を避ける理由を彼女自身はわかっているだろうか。

「どこに行くんです」

足早に歩いていると、斜め後ろから声が掛けられた。五分五分だった。こちらについて来るか、放って帰ってしまうか。ちっ、なんで付いて来てんだよ。心の中で悪態をつきながらも、付いて来なければ付いて来なかったで更に苛立っていただろう。歩みを緩めずに、俺は妙を一瞥した。

「…別に」
「飲んで帰るんですか」
「うん、たぶんね」
「でも夜から雨降るみたいですよ」
「したらどっか泊まってくるわ」
「わたしも付いてっていい?」
「やだよ。長谷川さんと約束してるし」
「ねぇ、銀さん」
「なんだよ」
「怒ってるの?」
「は?なんで」
「だってちっとも目を合わせてくれないじゃない」
「怒ってねぇよ。怒らせることしてないんだろ」

つん、と言い放つが、その声音は明らかに苛立っていた。

「銀さん」
「なに」
「晩ご飯は焼き鮭だそうですよ」
「知ってる」
「早く帰って一緒に食べましょうよ」
「いいって。俺は」
「わたしお腹がすいたんですけど」
「じゃあ早く帰れば」
「あっ、そうだわ。新しいケーキ屋さんが出来ててね、お土産買ってきたのよ。」
「ふうん」
「デザートにみんなで食べましょう。銀さんには二つよ。苺のショートケーキとモンブラン」
「なんで?」
「だって好きでしょ?」
「いつも糖分取りすぎっつってちょっとしか食わしてくれないくせになんで今日は二つも買ってくれんの。しかも俺だけ」
「だって、」
「何?」

だってもクソもあるか。歩くスピードを落とさずにただ真っ直ぐ前を見た。

「だってあなた、拗ねてるから」
「はあっ?」

思わず振り返ってしまいそうになるのをぐっと我慢する。なるべく目を合わせたくないのだ。本当はシカトでもしてやりたいぐらいだが、それは流石に露骨で子供っぽいので止めた。

「何言ってんの、お前。意味わかんねえ」
「ごめんなさいって、何度も謝ったじゃない」
「は?謝れば済むわけ?いやいや、つーか別に拗ねてねえからマジで。拗ねる理由ねえし」
「あなたが怒るのも無理ないわ。でもあの人、困ってたんだもの。なんだか可哀想っていうか、いたたまれなくて…」
「話聞いてる?怒ってないって。つーか俺に関係ないし」
「ねえ、いい加減機嫌なおしてくださいな」

困ったように妙が言う。なんだよその態度。知らねえっつうの。困ってんのはコッチだ。お前が勝手なことするから悪いんだろ。

「なんだよ、いい加減って。意味わかんねぇ。つーかお前さあ、…」
「何です?」
「……何でもねえよ」
「言ってください」
「うるさい。忘れた」
「そんなわけないでしょ」
「あーうるさいうるさい!ついてくんなっつーの」

わかってる。わかってるよ。こんなんただのガキだ。いつまでヘソ曲げてんだって、妙も、他の奴らも本当は思ってるんだろう。でもムカつくんだよ。なんであんな奴にに同情するわけ。だいたいあいつ厚かましいんだよ。つーかあの人とかいうの止めてくんない。すっげえ気分悪い。言いたい事なら山ほどある。文句だってぶつけたい。でも、こういうのキャラじゃないんだって。何で俺はこんなにムキになってしまうんだろう。こんな、駄々でもこねてる子供みたいな。いつまでも拗ねて引き際を逃したままで。

「ねえ、銀さん」
「…なに」
「わたし、今日は疲れたわ」
「あっそう」
「誰かに見られたら厄介だし」
「ふうん」
「話を合わせないといけないし」
「へえ」
「いいとこのお嬢さんを演じないといけないし」
「ふうん」
「恋人のふりって大変ね」
「…知らね」
「それにね、なんだか無性に銀さんのこと思い出しちゃうの」

じゃあ、何で。
思いながら足を止める。少しうしろで彼女も止まるのがわかった。じゃあ、なんでお前は俺から離れたりするの。振り返り、彼女を睨んだ。

土方の恋人のふりをする。

今朝、彼女はそう言って出て行った。何でも奴が見合い話を断る口実で恋人がいると言ったらしいが、それならば会わせろと言われて困っているところを助けてやったらしい。意味がわからない。あんな奴、見合いでも何でもすればいいだろ。つうか恋人のふりを頼むにしても誰かしら適当な女がいるだろうが。なんで妙が行かないといけないんだ。なんでよりによってあの男が恋人なんだ。

「土方さんの隣にいてもね、なんだかあなたに会いたくなったの。今頃なにしてるかなあって。変でしょう」
「…」
「いつも一緒にいるのに、気になってしょうがなかったんですよ。まだ怒ってるかな、とか、どうやって仲直りしようかな、とか。そうそう、さっきのケーキもご機嫌とりで、だからあなただけ二つ買ったの。それから…ええと、こんなこと言ったら怒るかしら」

躊躇うように唇を開いては閉じる。そこまで言われたら気になるだろう。

「…なんだよ」
「あのね、わたし、ひどいのよ」
「…何が」
「あなたに素っ気なくされるのはさみしいけど、ヤキモチ妬いてくれるんだって思ったら何だか、ちょっと、嬉しかったの」
「やっ…」
「ちょっとっていうか、すごく嬉しかった」
「ばっ、お前…ヤキモチなんか妬いてねえよ!」
「ね、銀さん」

すっ、と差し出された左手が、つなげと言わんばかりに俺の右手に伸びる。

「一緒にかえりましょう」

黙ったままその手のひらを見つめていると、ぬるい風が頬を撫でた。その手はずっと俺のことを待っている。

「おまえは、」

妬いてないなんて嘘だ。めちゃくちゃ頭に来てる。フリでも何でも、他の奴の隣になんかいくなよ。

「お前は…俺の嫁さんだろ」
「はい」
「お前の隣は俺だろ」
「はい」
「お前に触っていいのは、」

目の前の手をとった。細く小さな手だ。ぎゅう、と痛いくらいに握った。白い手にくっきりと俺の形が付いてしまえばいいのに。

「俺だけ、だろ」

なぜ、夫婦になってまで嫉妬なんて見苦しいことをしなければいけないんだ。それとも夫婦だからそこ、こんなにも開けっぴろげに嫉妬してしまうのだろうか。気持ちを隠していた頃だったら、或いはこんな醜い感情は押し殺していただろうか。手に入れてしまったからこそ独占欲が顔を出すのだろうか。

「はい」
「…」
「だって私が好きなのはあなただけですから」
「なっ…、」
「あら」

妙はまじまじと俺の顔を見つめた。嬉しそうなその瞳に、嫉妬深くてカッコ悪い男が映っている。

「…なんだよ」
「そこで照れるのね」
「はあ?」
「だって、さんざん俺の嫁とか恥ずかしいこと言っておいて」
「うるせーよ!…早く帰るぞ」
「ふふ、はいはい。あなた。」

ぐい、と引っ張ると妻は笑いながら身を寄せてきた。会いたかったのは俺だって同じだ。



ニーナ(2015/8/16 claplog)


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