銀時と妙


あの人は嘘ばかりついた。
どこにも行かないと言ったそばから出ていくのなんてザラだったし、約束だってまともに守った試しがない。そもそも素性からして怪しかった。あれは本当の名前だったのか。誕生日は。年齢は。そう考えると、わたしは彼の何を知っていたのだろう。だけど、肝心なのはそんなことじゃない。彼が私の人生に参加してきたという事実だ。

『近く戦がはじまるらしいぞ』

だれかが言った。それはふざけた噂ではなかったらしい。街からたくさんの男が去った。桂も、西郷も、あの坂本までも。そしてもちろん真選組も。彼らは敵同士になるのか、はたまた味方になるのか。何と戦い、何を護りたいのか、私は知らなかった。知りたくもなかった。そんな事はどうでも良かった。

「お妙」

最後の言葉が耳元でよみがえる。嘘みたいな優しい声。

「もう待たなくていい」

そしてその妙に落ち着いた声が癪にさわる。まるで覚悟を決めたような声に怒りが生まれる。今までいつだって本当の気持ちははぐらかしていたくせに、どうして最後ばかりそんなことを言うのよ。なんでいつも勝手に決めてしまうのよ。

「俺はたぶん、もうこの街には帰らねえ」

ああ、胃がむかむかする。あの男は身勝手すぎるのだ。自分の道ばかり貫こうとする。じゃあこっちの気持ちはどうなるのよ。聞いてはくれないの。ねえ、私はいったいどうすればいいの。忘れる術は知らないというのに。待つことしか知らないというのに。待つなと、言われたって。

「お妙、」

今も色褪せない、鮮明な声。やさしい瞳。あんなふうに笑う彼をはじめて見た。ねえ、ぎんさんしっていた?わたしずっとずっとあなたのことがすきだったのよ。そしてきっとこれからも。
たった一つの想いすらあなたは伝えさせてくれなかった。


「あいしてる」


あの人は嘘ばかりついた。
働くと言ってはぐうたらして、無茶はしないと約束しては危険に飛び込んでいく。そもそも素性だって怪しい。過去も、家族も、わたしは何も知らない。

だから、

わたしはあなたを信じない
(あいさなくていいから)
(ねえ、かえってきて)

ニーナ(clap log)



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