銀時と妙


夢じゃないのか、と思う。

銀時は縁側で仰向けに寝転びながら女を見やった。まどろんだ意識がまぶたを落とそうとする。この世界は夢じゃないのかと思うことがある。いまがそうだ。 たまに見る悪夢や自身の記憶の中の世界の方が現実なんじゃないか、そんなことを本気で思う。思うだけで決して口に出したりしないが。(べつにからかわれるのを憂慮しているわけじゃない)(言ったらほんとうになりそうだから)しかしそうでないと誰が証明できる?こんなに柔らかい空間が自分を包んでいていいものなのか。こんな暖かさの中に自分がいていいものなのか。彼女のような人間を自分の人生に巻き込んで、ほんとうにいいものなのか。いくら戦争や仕事だからと言って人間を殺めたことのある者はきっと似たようなことを考える。鬼だ夜叉だと言われても自分はただの弱い人間だ。誰かを失うのは怖い。震えるほど、怖い。それならば自分が傷ついたほうがずっとマシだ。そしてそれはきっと弱さだ。

(…ずいぶんと機嫌がいいな)

妙はCMかなにかの歌を曖昧に口ずさみながら、せっせと庭で洗濯物を干している。バサリ、と広げた洗濯物から小さな水のつぶが跳ねた。陽の光がそれに反射する。妙に重なって輝く。それだけ。たったそれだけ、だ。これ以上はないのではないかと思う。心にそれが生まれ、あふれ出る。

幸せだ。

そんな使い古された単純な言葉しか名付けられない自分をもどかしく思う。 もっと、もっとこの思いにぴったりな名前があるはずなのに。しかし頭のどこの引き出しを探しても見つからず、最後に残るはやはり『幸せ』だ。
この世界を幸せだと思う。彼女のいるこの世界を愛しく思う。そしてこの想いをどうにかしなければいけないという焦りが生まれ、同時にどうにもできないという事実が襲う。なにを、どうする。伝えたいのにその術を俺は知らない。 人間は欲張りだ。言葉という道具を生みだすだけでは決して飽き足らないのである。

(一体どうすればいい)

あいしてる、なんて言ったらきみはどんな顔をするだろう。はにかんで微笑むだろうか。照れてはぐらかすだろうか。驚いて泣いてしまうだろうか。おねがいだから、と思う。おねがいだから困ったりしないでくれ。できれば笑ってくれ。そうして受け止めて、その柔らかい手のひらで頭を撫でてくれ。ああ、やっぱり人間は欲張りなんだ。
洗剤のにおいが鼻をかすめる。またひかりのつぶが彼女に重なる。世界に光が満ちる。何故か無性に泣きたくなった。ひとは幸せすぎると泣きたくなるのか。絶望に打ちひしがれていたあの頃には涙なんて一滴も流れなかったのに。

(どうか、)

俺はひっそりと祈る。神様なんかにじゃない。どうかこの世界がおわらないように。どうかどうかこの気持ちが途切れぬように。そしてあのひかりの粒に妙が消えてしまわないように。できれば、永遠に。

おれは信じる。彼女を。神様よりも、ずっと。




ハ レ ー シ ョ ン




ニーナ(clap log)



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