銀時と妙


「何度言ったら分かるんです」

窘めるような声に銀時は思わず唇を尖らせた。こういうところが子どもみたいだと自分でも思う。目を合わせてないのではっきりとは分からないが、いつも貼り付けているあのお得意の笑顔ではないだろう。きっと硬い表情で彼女は自分を見つめている。いや、睨んでいる。

「…わかってるって」
「わかってません」
「うるせぇな」
「あなたが、」

ああもうまたねちねち説教が始まる。嫌だね、まるで年増女みたいじゃねぇか。余計に口を開けばそんなことばかり言ってしまいそうだ。

「あなたがいないと、新ちゃんと神楽ちゃんが困るっていつも言ってるでしょう?」

わかってるって。しつけーな。毎度毎度同じことばっか言いやがって。だからごめんって言ってるじゃん。あ、言ってないっけ。

「二人はね、こんなに嘘つきで自己中でだらしなくてろくでなしのあなたを本当に頼りにしてるんですよ?なのにいきなりいなくなったりしたら困るのがわからないんですか。本っ当に馬鹿なんですね」

いや合ってるけどさ、ほんとその通りなんだけど、そこまで強調しなくて良くね?さすがに傷つくんだけど。

「それに新ちゃんや神楽ちゃんだけじゃないわ。お登勢さんだって憎まれ口叩いてるけどなんだかんだ言っていつも気にかけてくれてるんですよ。猿飛さんや月詠さんだって本当に心配してるし、九ちゃんや真選組の人達だってきっと同じよ。それを裏切るようなことして心痛まないんですか。あなた一応町の人達に慕われてるんですから。一応ね」

だから何なんだよ。いちいち貶さないと説教も出来ないのかよ。

「まったくいい年して喧嘩ばっかりして」

喧嘩じゃねえよ。事件に巻き込まれてるだけだし。

「依頼主を守りたいとか信念を貫きたいとか一丁前に格好ばっかりつけちゃって」

うるせぇな、色々あるんだよ。こっちにも。

「そのくせ自己犠牲が好きで黙って一人で突っ走って、怪我するのは勝手ですけどあなたがボロボロになったのを看病しなきゃいけない人がいるんですよ」

わかってる。そんなにこんこんと説教しなくたって。厳しい視線に耐えきれなくなって思わず目を合わせると、やはり彼女は自分を睨みつけていた。その目に責められるとまるで母親にでも叱られている子供のように小さくなってしまう。妙は目をつむり、ひとつため息をついた。伏し目がちにぼそりとこぼす。

「…本当に、心配してたのよ。あの子たち」

うぐぐ、と肩を竦めた。そんなふうに静かな声で話しかけられると、もっと小さくなってしまう。

「神楽ちゃん、不安そうだった。新ちゃんだって置いていかれたことショックだったみたい。あの子たち成長してるけどやっぱりまだ子どもなんですよ。頼りにしてる人がいなくなったら怖いし悲しいのは当たり前だわ」

いつもそうだ。そうやって最初にカミナリを落としておいて、あとから真面目な顔をして諭す。わかってるよ。二人のことを思うと胸が痛むし、不安にさせている事を思うと申し訳ない。ババアや街の連中にだって感謝している。でも、しょうがないだろ。男には色々あるの。

「もう少し自分を大切にしてください」

ピリピリと頬が痛んだ。体中に出来た無数の傷の中で、かすっただけの頬が何故だか一番痛い。妙が手当の最後に、ぺち、と軽く叩いたからだろうか。怒られるよりも、そうやって重苦しい顔をされるほうが堪える。いつもそうだ。妙は俺には素直に笑いかけてくれない。

「銀さん」

胡坐をかいた膝に肘をつき、そこに頭をのせて彼女を見た。いつも彼女は怒っている。もしくは悲しんでいる。俺に向ける笑顔といえば般若が後ろにいる恐ろしいものだとか、本音を隠した作り笑いだとか、そんなのばっかりだ。それこそ新八や神楽には優しく笑いかけるし、父の話をしているときだって嬉しそうだし、仕事の友人といる時は楽しそうに話しているというのに。

「…銀さん?」

手を伸ばした。
伸ばしたら彼女の顔に届いてしまった。眉をひそめた不可解そうな顔が俺を見る。申し訳ないと思ってる。いい年してヤンチャばかりしてるのも情けない。心配や迷惑をかけているのもわかってる。わかってるけれど、俺は笑顔が見たい。あいつを怒らせているのも悲しませているのも自分だということはわかってるけど、でも、不公平だ。他の人間にはあんなに朗らかな笑みを与えるくせに俺にだけは許してくれない。

「どうしたの?」

訝しげな瞳がそこにある。無意識に伸ばしてしまった手が彼女の頬を包んだ。どこか痛むんですか。声が少し不安げだった。うん、痛いよ。相変わらず黙ったままで俺は彼女を見つめ返す。折れた腕も斬られた足も、何よりお前が叩いた頬の傷が一番痛い。

「ねえ、」

新八や神楽が困るとかババアや街の連中が心配するとか、彼女が説教の中にそんな言葉を持ち出す度に俺はわずかに期待をしてしまう。その先にお前の名前は出てこないのか。困ったり、寂しがったり、心配したり、恋しがったり、お前はしてくれないの。そんな馬鹿げた期待をして、そしていつも落胆する。ふに、親指と人差し指で妙の頬をつねった。

「ちょ、なにするんです」

頬をつねられたことで喋りにくそうだ。横に引っ張ったり、上に持ち上げたりして妙の顔をもてあそぶ。と、その瞬間、頭部に強い衝撃が襲った。鉄拳が降りてきたのだ。

「い…ってぇ!」
「もうっ!人が真剣に話してるのにふざけてばっかり!銀さんなんて知りません」

布団に倒された角度で妙の方を見ると、既にそこに彼女はいなかった。妙の頬に触れた、折れていない方の手を上げて電気にかざす。あ、やべぇ。さらに怒らせてしまった。ああ失敗だ。また笑ってくれなかった。銀時は小さくため息をつく。あの笑顔が俺はどうしようもなく好きだというのに。




ニーナ(2016/3/20)


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