銀時と妙(これの数ヶ月前設定)



気付いたときには触れていた。薄目をあけて彼女の顔を見る。そこには黒く輝く見開いたままの瞳があった。ずっと触りたいと心が思っていたのは知っていたけれど、触れてはいけないことも知っていた。だからずっと人ひとり分あけて座っていたのに、いつの間にこんなに近くに来てしまったんだろう。ああ、触れてしまったじゃないか。

(あかい)

紅葉は赤く、燃えるように揺れている。視界の端でそれを確認して、おれは今さっき彼女の言った言葉を思い出していた。

”ねえ、あした焼き芋しませんか?ご近所さんにね、おすそ分けしてもらったの。落ち葉をあつめておきますから、新ちゃんと神楽ちゃんと定春くんと…”

その能天気な声のつつぎは聞けなかった。おれが遮ったからだ。彼女の身体が強張る前に唇を離す。どうしてこんなことをしてしまったのだろう。触れてはいけないことを、なあ、俺は知っていただろう。そうすればすべてが崩れてしまうこと、やっとのことで保ちつづけてきた均衡は水の泡になると、ちゃんとわかっていたはずだろう。彼女は何も言わなかった。いや、あまりに突然のことに何も言えなかったのだろう。顔色は赤くも青くもない。ただ、つるりと白かった。

「…あしたは」

おれの声を頼りに彼女のまるい瞳がこちらを見やる。ぼんやりとした視線だった。知ってる、知ってるよ。彼女の自分に対する好意を。心を預けることの出来る大人の存在は、彼女を不安定にさせただろう。戸惑い、躊躇い、狼狽えただろう。それでよかった。そのままで、確かめ合うこともなく、人ひとり分をあけて俺たちは、ずっとこの距離で。

「あしたは、泊りの仕事だから焼き芋は無理だよ」

そう思っていたのに。そんな顔をするから。期待するような、絶望するような、そんな複雑な瞳をするから。すべてを奪いとってしまいたくなる。暴いて丸裸にして馬鹿げた仮面を剥ぎ取って、そして泣かせてしまいたくなる。そんな狂気じみた俺の感情と、咲きかけた花のような彼女の恋心とでは天と地ほどの差があって、きっと俺たちは分かち合うことなどできない。幻滅されてしまうのは怖い。触れては、いけないのだ。

「…」

なのに、ああだから言ったじゃないか。もう忘れることなどできない。すでにもう触りたい。銀時は彼女と目が合ってしまう前にもう一度それを重ねた。今度は首を左に傾げ、ぴったりと塞ぐように。居心地がいいだとか、しっくりくるだとか、そんなレベルじゃねえんだよ。柔らかい唇を割って舌を入れてしまわないように細心の注意を払う。入ってしまえば最後、出られなくなるのだから。そのとき銀時の瞳からは一粒涙が流れていたが、彼女が気づくことはなかった。唇を無理やりに引き剥がして、無言のままその場を立ち去る。庭の紅葉がいちまい落ちてきた。そしてそれをわざと踏みつける。妙は口付けを酒のせいだと思い込むだろうか。酔っ払いの気まぐれだと、そう、思うのだろうか。おれの涙も知らないままに。

「そう、ですか…」

うしろで彼女の放心したような声が聞こえた。恋を知ってしまった少女のような声色だった。何で、お前はそうなんだよ。舌打ちでもしたい気分だ。赤い秋の紅葉が揺れている。俺はね、お前との差が怖いんだ。そんなものを知るくらいなら、遠くから見ているほうがずっといい。お前がいないなら、きっと紅葉だって赤くない。



こんなにすきでごめんなさい



ニーナ(2015/5/6)


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