銀時と妙


傘、持ってくればよかったなあ。お茶を口にしながら妙は窓を見やった。万事屋に差し入れをしたほんの少しの間に降り出した雨はしつこく、わざわざ傘を借りて帰るほど急いでもいないのでそのまま雨宿りをすることにしたのだ。

(10位は蠍座のアナタ。思わぬ足止めを食らうかも!外出するなら万全の準備をしてね。)

頭の中では朝の番組で見た占いが思い出されていた。うーん、当たってるわねえ。何をするでもなく頬に手をのせた。新八は調度買い物に出ており、昨日夜更かししてしまったという神楽は妙の横で眠っている。

「新ちゃん、傘持ってたかしら」

その声に、ソファでジャンプを読んでいる銀時はひとつも反応しなかった。突然の雨降りに癖毛は爆発するし頭痛もしてきた。妙が持ってきた差し入れの饅頭は、自分のぶんをとうに平らげてしまっている。もうちょっと糖分がほしい、と思いかけて今朝見たテレビのアナウンサーの声が浮かんだ。

(11位は天秤座のアナタ。体調が思わしくないかも!食べ過ぎに注意しましょう。)

いつもはただ流し見てるだけのデタラメな占いなのに、微妙に当たると思い出してしまう。妙の目を盗んで子供たちのぶんを食ってしまおうと出しかけた手を引っ込めた。ああ、もう何もする気が起きない。

「…持って行っただろ。雨降りそうとか天気予報がどうとかぶつぶつ言ってたし」
「そう。なら良かった」

一言二言で終わる会話を銀時と妙は何度か繰り返していた。沈黙でも気にならないのが良いところだ。常にむりやり話題を探さなければいけないのは疲れる。静かな部屋にはテレビの音だけが陽気に流れていた。夕方の情報番組だ。

「あ、」
「ん?」
「占い」
「ああ、夕方の番組でも占いなんてするんですね」

もうすぐ一日は終わるというのに。なんとなく二人の視線はテレビへ向けられていく。その番組の占いのテーマは星座でも血液型でもないようだった。

『さて今日の1位は』

ちゃちなアニメの映像とともにアナウンサーの声が流れてくる。誕生月占いだ。

『10月生まれのアナタ!恋が進展するかも。フリーの人は身近な人の存在を意識してみて!ラッキーアイテムはお饅頭でーす』

CMのあとはエンタメニュースです。占いを読み終えたアナウンサーがニコニコと言って、番組はコマーシャルへ入った。

「だってよ」
「ですって」

テレビに視線を向けたまま、銀時と妙は同時に声を出した。偶然にも、二人は同じ誕生月だった。

「良かったじゃねーか。1位だぞ」
「あなたもじゃないですか」
「俺はいちいち占いに左右されない男だからね」
「占いコーナーだって嬉しそうにテレビ見てたの誰です」
「嬉しそうになんかしてねぇだろ」
「恋が進展するかもしれないそうですよ」
「身近な人間らしいな。ついにゴリラの努力が実るか」
「実りません。あなたこそ猿飛さんの良さに気づく時なんじゃないかしら」
「ストーカーとやってく自信はねぇよ」
「このままずっと独り身じゃ孤独死しますよ?そうね、一番身近な人っていうと…え、神楽ちゃん?」
「おい、勝手に想像してドン引きみたいな目すんのやめろや」
「軽蔑しました。ロリコンだったのね。神楽ちゃんはまだ14歳ですよ」
「だから違うって。俺が神楽だったらお前新八よ?」
「何言ってるんですか。新ちゃんは家族ですよ」
「だから似たようなもんだろ。つーかお前も行き遅れるとほんとやばいから適当なところで手を打ったほうがいいってまじで」
「身近にいる男性にまともな人がいないんだもの」
「あーそれは同感だな。俺も身近な女ロクな奴いねえ」

コマーシャルが明けた番組のエンタメニュースのコーナーが始まる。新人ミュージシャンの熱愛がトップニュースらしい。

「店のエロジジイとか、ストーカーゴリラとか、その仲間のチンピラ警察とか、指名手配者とか、私の親友のストーカーとか、その仲間の変人とか、ホントにまともな人がいないわ」
「俺なんかストーカー忍者と、酒乱と、親友命の剣客と、家賃取り立てババアと、猫耳ババアと、からくりくらいしかいねえよ」
「身近な人なんて言ってもねえ」
「普通の奴がいないんじゃしょうがねえよなァ」

ふふふ。ははは。不自然なほどの作り笑いを交しながら二人は同じタイミングで茶を啜る。本当に…と、これまた同じタイミングで二人は思っていた。

(素直じゃねえ奴)
(意地っ張りな人)

10月生まれのラッキーアイテムのはずの饅頭はあまり効果がないみたいだ。やっぱり占いなんか当たらない。その時、ガラガラと万事屋の戸が開き、眠っていた少女が目を覚ました。

「ただいま帰りましたー。あれ?姉上来てたんですか?」
「んぅ〜…ウルサイヨー」

妙は神楽の髪を撫で、新八のほうへと声をかけた。おかえりなさい、お裾分けのお饅頭を持ってきたのよ。雨は大丈夫だった?ありがとうございます。ええ、大丈夫でしたよ。銀時は寝起きの神楽に話しかける。お前、饅頭いらねんなら食ってやろうか?バカ言うなヨ。やるわけねーだロ。銀時と妙の、ふたりだけの空間は弾けて、新八と神楽の元気な気配が混じり合う。夕方の番組は今度は新しく出来たショッピングモールの紹介に移っていた。雨はまだ止みそうもない。占いは呪いだ。身近な人なんて、一人しかいないじゃないか。


ニーナ(2015/4/19)claplog
(2017/6/24修正)



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