銀時と妙


「馬鹿みてぇ」

呟いた声がうつむいた妙の額にぶつかった。顔を上げると、彼は頬杖をつきながらこちらを見ている。どうにも面倒くさそうというか、だけどどこか吹っ切れたような、言葉のとおり”馬鹿みたいだ”と言わんばかりの表情だった。

「何ですか?急に」
「いや、ほんとマジでアホらしいよ」
「だからなんの話?」

今日は久しぶりの休みで、だから昼から家の掃除をしていて、やっと一息つこうとしたところにこの男がやって来たのだ。いつもみたいにだらしなく笑いながらわたしの正面に座った。まったく。用もないのにうちに来たりして、これじゃまるで休憩所みたいじゃないの。こちらもまたいつものようにぶつぶつ小言をいくつかぶつけてお茶を出す。お菓子食べるなら自分でやってくださいな。わたしは今いそがしいんですから。と、なかなか読めずにいた本に目を落とした。彼の唐突な言葉が額に当たったのは、そのすぐあとのことだった。

「ほんと馬鹿馬鹿しいよね」

さすがの妙も苛立った。さっきから聞いているのに、なんだかまるで独り言みたいじゃないの。私なんか見えないまま自己完結しているみたいだ。せっかくの休みに、ゆっくり一人の時間を楽しんでいるときに、勝手にやって来ては主語のない言葉を繰り返されるなんて苛つかせたいのだとしか思えない。もういいわ。そうやってずっと馬鹿みたいだとひとりごちていればいいでしょ。どうせあなたは私がいなくてもこの場所があれば、自分の足を休める態の良い場所があれば、それでいいんでしょ。殴る気も起きず、妙は正面の男を無視してまた本に視線を落とした。まともに取り合っては一日が無駄に終わってしまう。が、それは男の手によって奪われてしまった。

「ちょっ…!」
「無視すんなよ」
「何言ってるんです。無視したのはあなたでしょ。ちょっと、返してください」
「人が話してるときは本を読むのをやめましょー」
「てめぇいつもジャンプ読んでんだろーが」
「いでででで!すいません!返すから返すから髪引っ張んないで!」
「もう、何なんですか一体」

あなた今日変ですよ。まさかまだ昼間だっていうのにもう酔っ払ってるんじゃないでしょうね。本を取り返してじろりと男を睨めつけた。

「酒なんか飲んでる金ねえっつの」
「じゃあ何なんですか。さっきから。馬鹿だの阿呆だの」
「うん。気づいちゃったんだよね」
「はあ。何がです」
「色々さ、面倒くさいよなって」
「あなたは事件に巻き込まれる達人ですからね」
「いやそうじゃなくて」
「じゃあ何?」
「だからね、こうやって時間作ってわざわざ茶飲みに来たりさ」

時間が余ったら、の間違いでしょう。と心の中で反論したが、横槍を入れるとまた長くなるので黙って続きを促す。

「帰り道送るために、偶然会ったみたいに装うのもさァ」

…ん?あれ?いま何か変なこと言わなかった?妙は小首を傾げた。しかし銀時はお構いなしに先を続ける。

「一緒に飯食いたいなあって思っても、子供たちがお前を誘うの待つしかないのとかもさァ」

あれ、やっぱり言ってることがよくわからない。さっきからなんの話をしているのだろう、この人。一体だれの話を。彼がつらつらと話している話に妙は検討もつかなかった。

「ぜんぶ馬鹿みてぇ」

最初の、面倒くさそうな、だけどどこか吹っ切れたような複雑な表情をしていた。はあ、と生返事をしながら銀時の顔を見つめる。訳のわからないことを言う人だとは思っていたけれど、今日はひどいみたい。少し心配に思っていると不意に右手が暖かい感触に包まれた。身を乗り出した彼の手が重ねられていたのだ。

「妙」

妙はゆっくりとそれに視線を落とした。近くで比べると、彼の手と私の手は全然違っていた。大きさも、温度も、骨も、皮膚も。彼は男で、私は女だった。またゆっくりと視線を上げて彼の目を見つめる。

「銀さん?」

ひゅっと息をのむ。だって、さっきと全然ちがうのよ。ねえ、どうして笑っているの。いつもの、へらへらとしたデタラメな表情じゃなくて、そうよ言うなら馬鹿みたいに優しい笑顔で。

「好きだよ」

ばさり。
読みかけの本が真っ逆さまに落ちた。


ニーナ(2015/4/19)claplog



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