土方と妙と坂田


無駄なことだと思っていた。十代そこらで特定の女をつくるなんて面倒だし厄介だし、無駄だ。どうせ学生時代で終わるのだから付き合うなんてこと初めからしないほうがいい。女というものは厄介だ。すぐに勘違いしたがる。どうして自分を省みずに相手にばかり求めるのか。頭の良いと思っていた奴でさえ取り乱しておかしなことを言う。甚だ疑問だ。ただでさえ面倒な奴が俺の周りには多いってのに、幼い優越感のためにそんなリスクは背負いたくない。しかし自分だって健全な男子で、欲がないわけではない。詰まるところ後腐れのない関係がベストだということだ。

(天気わりい…うっとうしいな)

屋上で吸ったタバコの煙が未だに肺でぐるぐると回っているような気がする。灰色の空が煙を連想させているのだろうか。今日はどうにも気分が優れない。朝から苛々しっぱなしだ。煙草なんてクソガキみたいな事いつから覚えたんだっけかと自嘲する。酒には全く依存しないのにどうにもこっちはやめられない。将来は肺ガンだと忠告した声を思い出した。志村妙は聡い女だ。感情に流されず他人に依存する事もない。自分の馬鹿らしい思いつきはあながち間違っていなかったように今は思う。付き合うふりをしないかと言ったのは一年の夏だ。我ながらふざけたことを言った。その時はひどく苛ついていたのだ。口走った戯言に、彼女はうなずいた。提案しておいて何だが俺は面食らった。インスピレーションは大事だ。本当にそう思う。あの時、あそこにいたのが志村でなければそんなこときっと言っていなかっただろう。しかし近藤の惚れた女だったのは誤算だ。しかも相当入れ込んでいたらしい。泣かせるな、と泣きながら言った男に、嘘だなんて言えるわけがなかった。そうやって俺たちの関係はずるずると続いている。二年に進級して今はもう梅雨の季節だ。

「あ、」

頬杖をついて何気なく窓の外を眺めていると渡り廊下で揺れるポニーテールをみつけた。(俺の席は窓側だ。)姿勢の良いその姿はいつだってブレることはない。

「…志村?」

そのはずなのに今日の彼女は何やら危なっかしい足取りだった。よくよく見ると本を何冊か抱えているらしい。結構な数があるように見える。そういえば二年になってから図書委員になってしまったと愚痴っていた。そんなことを考えていると、こちらに気づいたのか彼女と目がかち合った。距離はあるが何とか話のできる程度のものだ。彼女のくちびるが焦ったようにひらく。

「土方くん!ごめん、今日お昼一緒に食べられないの」
「おう。…なんだ、大丈夫か?」
「うん、ちょっと先生に頼まれてさ、図書室の古い本、を、倉庫に移しといて、って…わっ」
「おい!危な…」

彼女のに抱えている本がぐらりとバランスを崩した。教室から見ている俺は咄嗟に助けてやることも出来ずに窓を掴む。と、そのとき彼女のうしろから影が伸びて、その身体ごと受け止めた。

(…あいつ)

へらりと笑った男が志村から本の束を掻っ攫って先を行く。慌てた彼女は何かを言いながら後を追った。一度振り返って、じゃあまたね土方くん。そう言ったが、ちゃんと返事が出来なかった。

「志村さん、可愛いですねィ」
「総悟」
「どうですか。近藤さんの女奪って仲良くやってますかィ」
「人聞き悪いこと言うな。だいたい近藤さんの女じゃねえ」
「まさかあんたがあの人の惚れた女と付き合うなんてねェ」
「しつけえって。知らなかったんだから仕方ねえだろ」
「それもそうですねィ。意外とお似合いだし。まあ、んな事どうでもいいんですけど」

端正な顔がこちらを見やった。いつも無駄に不敵な笑みを浮かべてるくせに今はにこりともしない。

「甘えるだけじゃ愛想つかされますぜ」
「あ?」
「ぼーっとしてると誰かに採られるってことでさァ。たとえば」

くい、とあごをしゃくった。もう去ってしまった二人がいた廊下だ。銀髪のへらへらした男は今年の春転入してきたばかりだが何かと目立っているらしい。しかし初めて見たときから何とも気に食わなかった。おそらく根本的にあいつとは合わない。

「関係ねえよ」




――


(…またあいつかよ)(クソ、変に意識してしまう)(総悟が変なこと言うから)
舌打ちしそうになるのを何とか抑える。部室に向かう途中、今から帰るのであろう志村の姿があった。そしてその向かいにはあの男がいる。坂田は壁にもたれて女に喋りかけていた。とうに俺の存在など確認しているくせにわざと見ないふりをしているのだろう。またあのへらりとした顔で笑った。ああ、気に食わない。やっぱりあいつとは合わない。

「志村」

背を向けていた彼女が振り向く。少し驚いた表情をしていた。

「土方くん、どうしたの?」
「辞書貸してくんねえ。いつでもいいけど」
「あ、じゃあ明日持ってくるね」
「頼む」

だけど、必要としていない辞書を口実に志村の視線を奪い取る俺だってどうかしている。彼女の背後から間延びしたわざとらしい声がした。

「土方くんじゃん。俺のことしってるー?」
「ああ。坂田だろ。人気者じゃねえか」
「んな事ないって。あんたの方が人気じゃん。モテるんでしょ?いいなー、羨ましいわ」
「モテねえよ別に」
「まあ彼女いるからね、今は」
「今は?」
「土方くんくらいならいくらでも可愛い子オトせるっしょ」
「何が言いたいんだよ」

じめじめとした湿気がどんよりと覆っている。吸ったタバコの煙が増幅して身体中を巡っている気がする。ちらりと志村を見た。僅かな困惑がその顔に浮かんでいる。俺の機嫌が悪いことを察しているのだろう。何やってんだ。何あたってんだ。みっともない。だけどどうにもこの苛つきは抑えきれそうにない。

「ずいぶんと仲が良さそうだな」
「あれ、妬いてんの?」
「だれがてめえなんかに」
「つまんねえな。ちょっとは妬けよ土方くん」
「死んだ魚の目した天パにとられる気はしねえよ」
「放置ばっかするニコチンよりは良くない?」
「あ?」
「ちょっと二人とも…」
「つうか本当に付き合ってるわけ?そんな風には見えねえんだけど」
「なに言ってんの坂田く…」
「おい、帰るぞ志村」
「えっ、ちょっ、今日…」

志村の腕をとって廊下をずんずんと進んだ。背中であいつの声がした。油断してるととっちまうよ。気に入らない。気のなさそうなふりして熱をもったあの目が。

「さ、坂田くんさ、女の子にだらしなくて誰かれ構わず口説くんだよ?」

おもしろくない。小走りで必死についてくる足音も、きっと何もないくせに言い訳くさい志村の言葉も。

「ていうか、なんか鋭いよね。わたし気づかれちゃったのかと思った」

しとしとと降り続ける雨も、濡れて踏みつけられた花も、生ぬるい風も、全部。

「ねえ、どこまでいくの?今日、一緒に帰る日じゃないでしょ?それに部活…」
「お前」
「わっ…急に止まらないでよ」

意識せずに進んで、意識せずに止まった場所は渡り廊下だった。そこは俺と彼女の嘘がはじまった場所だ。止まない雨が音もなく降っている。俺は腕を掴んだまま身を翻して志村の正面を向いた。動きについてこれなかった彼女は少し前のめりになり、二人の距離は縮まった。

「…、ねえ」
「お前、あいつに惚れてんのか」
「なっ…」
「やめとけ」
「え?」
「あいつはやめとけ」

おもしろくない。むかつくんだよ。俺にその権利はないはずなのに。耳に残る男の声も、目の前にある困惑した瞳も、その白い腕を掴んで籠った熱も。何に苛ついているかなんてとっくにわかってるくせに見ないふりをする自分の思考も、ぜんぶ。

「なんで…?土方くん、わたしが誰かを好きになったら、協力してくれるって…」
「知らねえよ」
「…」
「わかんねえ」

握りすぎてぎりぎりと腕の骨が鳴っている。放してやらねえと痕が残るだろう。そう思うのに自分の手はぴくりとも開かない。そして生まれた矛盾と醜い思いが煙に混ざって俺の身体を黒く侵していく。


黒く渦巻くたばこの煙

ニーナ(2012/1/10)



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