土方と妙


青い空の真下。フェンス越しに校舎を見下ろすと、どこかの教室でクリーム色のカーテンが気持ち良さげに揺られていた。わたしは正午の昼食をコイビトと屋上で食べる。 いつの青春漫画だろうかと笑ってみせた。

「不良生徒発見」
「…一本だけ。見逃せ」
「今からそんなんじゃ将来は肺がんね」
「疲れるんだよ。総悟やら近藤さんやら相手にしてると」
「そういうもん?」
「そういうもん」

煙をくゆらせて溜め息をついた。その姿は悔しいほど絵にはなるけれど。

「だからお前と昼飯食うときが変に落ち着くよ」

まるで恋人のようなことを言うのね。妙はうつむいた。彼が契約をしようと言ったのは四か月前だ。この学校に入って初めての夏休み初日。
その時わたしは携帯電話を教室に忘れて取りに行っていた。彼は部活動のために学校に来ていたらしい。 その帰り道、渡り廊下で愛の告白シーンを見てしまったのだ。女生徒は赤い顔をして勇気を振り絞っている。彼はそれを心底うんざりした顔で聞いていた。悪いけど、くちびるがそう形作り、女生徒は走り去ってしまった。彼女の後ろ姿から視線を戻すと、男と目が合ってドキリとする。のぞき見を叱られるのではないかと思ったのに、彼はしばらく私を見つめたあと信じられないことを言う。その日はじめて口を聞いた二人は偽りの恋人となったのだ。

あんた、俺と付き合うフリしねえか。

何を言っているのだろう、この男は。だってそうじゃない。わたし達は今日、いま、はじめて会ったというのに。彼は言った。学内の女と付き会う気ねえんだよ、切るの面倒だし。部活に邪魔だし。なんて酷い男だろう。モテるというのも考えものだ。わたしは聞いた。つまり女よけってこと?ああ、そのかわりお前の男よけもしてやる。面倒な男とかいねえ?ギブアンドテイクだ。その言葉に心が揺れた。あたまで蘇るはところ構わず何度も愛を叫ぶゴリラ。一目惚れだと言われた。照れる様子もなく。どこにだって急に現れるのだ。あれではまるでストーカーだ。ゴリラでストーカーだなんて最悪だ。ゴリラというハンデがあるなら人一倍真摯にしなくてはいけないのに。ああ本当にむかつく。思い出して苛立っていると、知らぬ間にうなずいていたらしい。そうして私たちは嘘を共有しはじめた。

「なに笑ってんだ」
「ふふ、近藤先輩の好きな人がわたしだって知った時の土方くんを思い出したの」
「笑い事じゃねえ。焦ったっつうの。一目惚れしただの運命の女見つけただの騒いでたけどまさかお前だとは思わなかったんだよ」
「嘘だとは言えないしね」
「言ったら殺されそうだ」

絶対に妙さんを悲しませるなよトシ!泣きながら言った近藤の顔を思い出す。ふと横を見ると土方は真剣な眼差しでうなずいていた。その時、彼にとってこの人がどれだけ大事なのかを知らされた。

「そう言えば日曜、試合なんだよね?」
「ああ」
「頑張ってよね〜、剣道部のエース。わたしの自慢のカレシさん」
「じゃあ見に来るか?」
「気が向いたらね」

ずいぶん薄情なカノジョだな。笑って煙草を地面に押しつけた。どっちが、と声に出さずにごちてやる。

「ねえわたし、ちゃんと役目果たしてる?女よけ。」
「ああ、お前顔は良いからな」
「あらどういう意味?顔も、でしょう?」

にっこりと笑いかけると彼は顔を引き攣らせた。いつの間にやら私たちは学校公認のカップルになっている。気が強いのと、腕っ節には昔から自信があったもので彼のファンたちのイビリは痛くもかゆくもなかった。最近は体育館裏に呼び出されることもないし、何より私に危害を加えようとする者に彼は冷徹極まりなかった。そこがまた良い、と女子には騒がれていたけれど。喧嘩もしないし、イチャイチャもしない。自分で言うのもなんだが見た目もそれなりに決まっていると思う。もしもベストカップル賞なんてものがあったら三年連続でとれるんじゃないかとすら思う。それもそうだ。私たちは本当の恋人ではないのだから。嫉妬する事もなければ、会えなくて泣く事もない。距離に苛つくことだってないのだ。たまに登下校や昼食をともにするだけ。ほんとうの恋人はこんなにきれいに付き合えない。

「じゃあお弁当持って見に行こうかしら」
「い、いや、それはいい」
「まあ。遠慮する事ないのに。」
「…ははは」

苦笑いをする彼に唇を尖らせた。だけどわたしは知っている。不得意なわたしの料理だって、なんだかんだ言いながら食べてくれるのだ。彼はほんとうはやさしい。たぶん、自分の近くにいる人には。

「ねえ、どうしてわたしだったの?」
「あ?」
「偽装恋人の相手。」
「ああ…、なんでって、志村があの時あそこにいたから」
「それだけ?」
「つうかあんなもん、ダメ元っつーか冗談半分だったし。まあうんざりしてたから口が滑った、みたいな」
「なぁんだ。だれでも良かったんだ」
「まさか」

からかおうと思ったのに、意外に真面目な声が返ってきた。煙が空に上がり、雲と合流して消える。土方くんといるとまるで罪でも犯しているみたいだと、そう思った。

「お前とは合いそうだったから」

いけないことを、しているみたい。そんなふうに思う、いつも。

「インスピレーションは大事だぜ、志村」

滅多に見せない笑みをこぼした。ああ、と心が嘆く。ああ、この笑顔はきっと彼に恋する人間はだれも見れないものだ、と思った。そしてそれが辟易しきったものになるのを考えるとぞっとした。わたしは急に心細くなってそっぽを向く。はやくチャイムが鳴ればいいのに。

「おい。何度も言うが、お前が誰かに惚れたりしたらいつでも言えよ?」
「わかってるよ」
「すぐ辞めるし。できることあるなら協力してやる」
「うん、ありがと。」

一年生が終わるまでこの関係は続いているだろうか。二年生は。三年生は。だけど最後まで続いたってわたしたちには限りがある。卒業しても、なんてことは絶対にない。胸の中で生まれた何かが、そのまま浮上してのどを通って口から出てきそう。 ぎゅっと目をつむり、口を引き結んで、ふるふると頭を振った。出てくるな、もっと、もっと奥に。

「どうした?気分でも悪いのか」
「うん、煙草のけむりで」
「それは悪いな。」
「すこしも悪そうじゃないけど?」

ふと見下ろした視線の先の廊下で友だちが手を振っていた。わたしは咄嗟に笑顔を作って手を振り返す。

(どうか、)

(どうかだれも気づかないで)

切実な祈りを、心の中で繰り返す。
バレてはいけない。わたしと彼が嘘の恋人同士を演じているなんてこと。知られてはいけない。わたしが彼に恋をしているなんてこと、唯一の共犯者にさえ、絶対に。



 こ い び と (仮)

ニーナ(2011/12/6)



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