銀時と妙


すきだ、という声が耳に届いた。低く、小さな声だった。その後、彼の視線を受けてはじめて私に向けて言っているのだということがわかる。あら何が?聞いてみると彼は苛ついたような顔をした。だってあなたが感情を口にするなんてとても珍しいんだもの。掘り下げたくもなる。好きな事の話を持ち出したくせに、彼は本当に怒った顔をした。一度瞬きをしたその瞳が熱い。おれはお前がすきだっつってんだよ。今度は、はっきりと、だけどやっぱり低い声で言った。二週間前のことだ。雨上がりの、街ぜんぶが洗いたてみたいな日のこと。




「ねえ、それでどうするのよ」
「どうするって」
「何て返事するの」
「何てって」
「ああもう煮え切らないわね」

さっきから興奮しっぱなしの親友が前のめりになって言う。彼女の前に置かれたレモンティーが倒れたりしないか心配だ。あのねえアンタ告白されたのよ。それもスナックの客や通りすがりのナンパや盲目な警察官でもない。

「ええ、そうね。あの人ってそのどれにも当て嵌まらない」
「銀さんはお妙を知ってる」
「そりゃあ、もちろん」
「つまり営業スマイルや外見のしおらしさが通じる相手じゃないってことよ」
「まあ、それって私の内面がしおらしくないみたいじゃない」
「話を逸らさないで。冗談言ってる場合じゃないの、お妙」

冗談なんかじゃないんだけど。私は目の前のチーズケーキにフォークを刺した。ここのカフェは最近オープンしたばかりで女の子やカップルでいっぱいだ。にぎやかな店内に私達もつい声が大きくなる。

「いい?お妙。これは事件よ」

おりょうは興奮を落ち着かせるようにアイスレモンティーを飲んだ。わたしはさっき一口食べたチーズケーキの後味がまだ残っていた。だけどね、わからないのよ、私。だって今までずっと知らなかったから。




―――
――


「この間言ったことは本当ですか?」
「は?」

ちょうど二週間ぶりに会った銀さんは何も変わりなく、いつものあの眠たそうな顔で私を迎えた。何、どうしたの。と言って頭を掻いた。どうしたのって、よく平然と言える。あなたのおかげで私、色々考えるはめになった。親友には説教されるし、何だか損した気分だ。おまけにあの日から全く姿を表さないので、わざわざ出向いてあげたのにその態度は何だ。ムカムカして強引に玄関を上がった。そのまま客間へすすむ。とりあえずお茶をくださいな。喉が乾いたの。そう言うと銀さんはぼやきながら台所へと向かった。かえってきてはボロい机に麦茶を置く。氷が三つ入ってて、とても冷たそう。わたしはそれを一気に飲んだ。そうなの。わたし、ずっと喉が乾いていた。濃厚なチーズケーキとクランベリーのソースの風味が今も口内に残ってる。銀さん、と声をかけると素っ気ない返事がかえってきた。本当にいつも通り。なんにも変わらない。
だから聞いてみたのだ。あの日のことは本当だった?この間あなたが言ったこと。

「忘れたんですか?それともやっぱり私の勘違い?」
「は?勘違い?」
「だってあり得ないんだもの。」
「何が」
「あなたがわたしに愛の告白だなんて」
「…お前、」
「きっと何かの間違いなのね」
「ちょっと黙れ」
「え?」
「頼むからこれ以上イラつかせるな」
「な…」

彼はわたしを見据えた。怒ってるみたいだ。二週間前の、あの時みたいな顔。

「お前、おれがあの時どんな思いで言ったかわかってんのか」
「…どんなって」
「あの時も、その前も、この二週間も、いまも、ずっと」
「銀さん」
「それを勘違いだとかあり得ないとか間違いだとか」
「ねえちょっと」
「いい加減にしてくれや」
「まって、ちかい」

喉が、すごく乾いてる。さっき冷たい麦茶を飲んだばかりなのに。そうだ、わたしずっと、ずっと。

「ふざけんなよマジで」
「ふざけてなんか」
「おれは」
「だって」
「お前がすきなんだよ」

ああダメだ。あつい。喉が乾いてる。壁に追い込まれて距離がちかい。あたま、ぐらぐらする。だって、ねえ、だって。

「つーかさ、普通そんなん言われて男の家来るか?一人で」
「ここ店じゃないですか」
「うるせえ。他に人間いねえだろ」
「他に誰かいてこんな話出来ないじゃない」
「だからって」
「だって銀さんあの日から全然、何の音沙汰もないから」
「は…」
「全然、わかんない事ばっかりだったんだもの」
「何が」
「わかんないわよ、なんにも。だってあなた、いったい私のどこを好きになるっていうの」

わからない。わからない。今までずっと、

「年だって違うし、料理出来ないし、乱暴で横暴だっていつも銀さん言うじゃないですか。バカにしたり、ガキ扱いしたり、いつも、だって、ねえ銀さん」

今までずっと、そんなふうに思ったことなくて。だけどこの二週間ずっと、絶え間なく、わたしは緊張してた。

「どうしてそんな困った顔するの」

お前が好きだと言われて、告白されるのは初めてではないのに、とても焦った。ずっと喉が乾いてる。ずっと彼のことを考えてた。

「本当わかんねえのな」
「な、にが…」
「そんなん、関係ねえよ」

銀さんは一度頭を伏せた。ふわふわの天然パーマが額をかすめる。

「そういうの関係ねえ。たとえばお前がおれより年上だとしても、料理がすげえ上手くても、しおらしい女だったとしても、おれはお前に惚れてたよ」

彼の髪の毛にあたった額がこそばゆい。よく意味がわからない。そうなら私である必要がないじゃないか。

「関係ないの。外見とか内面とかの域じゃねえ」

あなたが知ってるガキで料理下手で乱暴なわたしでなくて良いならどうしてそんなに必死になるの。
わからない、なのに、心臓が痛い。考えが追いつかない。首があつい。喉がかわく。

「お前がもっと年下だったとしても、たとえば男だったとしても、おれはお前を好きになったよ。タイプとか性格とか趣味が合うとか居心地の良さとか何も関係ない。本能だ」
「…」
「ずっと待ってたよ。俺ァお前のこと」
「…それって」
「なァ俺って結構危ねえだろ?」
「好きっていうんですか?」

銀さんは眉を下げてわらった。彼の話す愛は、肯定してるのか否定してるのかよくわからなかった。よくわからなかったけれど何故か納得してしまって、更にわたしはその本能を受け入れてしまってる。たぶん、おんなじ。わたしもあなたが好きなのだと思う。

「うん、死ぬかと思うくらい」

二週間より出会うより生まれるよりずっとずっと前から。


寸分のくるいもなく


ニーナ(2013/9/8)



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